第十六章 13

「えー……こんなライト向けコンテンツも、管理組合の管理下にあるの?」


 偉そうな態度の二人組の言葉を聞いて、ただ純粋に驚く純子。


「最近、大型バージョンアップがあるせいで、復帰組が増えたからな。復帰組と現役が一緒に遊べて、なおかつ占有型の限りあるコンテンツは、ちゃんと予約制にするということで、管理組合で決定したぞ。伝達不測なのかねえ」


 現れた二人組の一人が、溜息交じりに口調で言う。


「すみません。管理組合の予約があるとは知りませんでした」


 リーダーがへこへこと謝罪する。そしてPTメンバーに、この場を離れるように促す。


「迂闊でしたね。管理組合の予約がこんな所にまで及んでいたとは」

「相変わらずムカつく奴等だわー。このゲームの何から何まで支配するつもりかよ」


 交戦場所と離れた所で、決まり悪そうに言うリーダーと、激しく毒づく狩人の小人女。


「とりあえず今回は解散という流れで」

「お疲れ様でした」

「おつかれさままままー」


 解散が決定し、メンバーがそれぞれ転移していったのを見て、ほっとする真。

 ただ一人、白鎧男だけ残り、真と純子の方を見ている。


「本当にすまなかった。久しぶりに復帰した人や新規の人に、嫌な想いをさせてしまって」


 再度謝ると、こちらの言葉も待たずに白鎧男も転移して消えた。


「私達も戻ろ?」

 複雑な顔で佇む真を覗き込み、純子が声をかける。


「正直、たかがネトゲっていう見下した意識でいたけどさ……」

 戻ろうとはせず、その場で話しだす真。


「生々しいな。人と人が集う世界であることに変わりないから、見下したり見くびったりできない。今のやりとりを見て、特に思った」


 最初は挨拶もせず感じの悪い白鎧男が、あんなにしおらしい態度を取っていたことが、ひどく印象に残っていた。


「そもそも今のは、誰が悪かったのかわからない。僕は盾役もしていないし、このゲームに精通してもいない。もしわかっていたなら、あの盾役をかばう発言も出来たかもしれないのに。ただ一つ確かなのは、盾役の肩をもってやりたいと思った事と、他のアタッカー連中はぶん殴ってやりたかったって事だ」


 比較的言いたいことをはっきりと口にする真であるが、自分のよく知らないジャンルで迂闊な肩入れをすると、逆に肩入れした方の立場を悪くすることも有りうる。リアルでそうした失敗も犯したことがあるので、慎重になっていた。


「何も言わなくて正解だったよ。あの盾役の人にミスがあったのは間違いないからねー」


 ゲームに精通している純子が、真の肩に手を置いて言う。真の気持ちも十分に察し、それを微笑ましく思いつつも、真実はちゃんと告げる。


「装備とかは問題無かったと思うよー。私も結構盾役していたからわかるけど、敵のターゲットを自分に向ける努力が、いささか足りないなー、不慣れだなーって、わかっちゃったもん。多分あの狩人の人も盾役熟練者で、それがわかっていたはずだよ」

「あいつがか……」


 一番ムカついたプレイヤーであったが、知識と経験がある故に責めていたというわけだ。その事実が、真の中でさらにムカつきとやるせなさに拍車をかける。


「アドバイスの仕方や、会話の仕方はお粗末だったけどね。ちなみに戦闘が終わってから、私はテルで――あの盾役の人にだけ聴こえるテレパシーみたいな会話で、彼の至らない部分をちゃんとアドバイスしておいたし、彼にも伝わったと思うよー」


 純子の気遣いに、感心と共に尊敬に近い念を抱く真。


「どんな世界でも力と知識は必要か」


 天を仰いで呻くように真。知と力があれば、自分は元より、他者をかばえることもできる。無ければそれもできない。当たり前の事だ。


「ところで、管理組合って何だ? 運営側が、ゲーム内の遊びの予約管理をしているのか?」

「いや、違うよー。プレイヤー側で作られた組織だよ」

「プレイヤーで? じゃあ僕達と対等なはずだろう? 何であんなに偉そうな態度を取れるんだ?」


 まるで権力者のような振る舞いを目の前で見せつけていたので、運営の者かとも思ったが、考えてみればサービス提供側が、あんな態度を取るわけもない。


「このオススメ11初期のコンテンツは、PTやプレイヤー単位で作成されるインスタンスダンジョンじゃなくて、元から存在するエリアや場所を使うコンテンツが多かったの。所謂占有エリアっていう場所に、一つのPTが入っていると、他のPTはそのエリアには入れないんだ。それと、今戦っていたモンスターもそうだけど、私達が戦っていると、当然他のPTは今のモンスターと戦えないよね?」


 自分の解説でわかっているかどうかの確認をする純子に、真は通じているというニュアンスで頷く。


「だから特定のモンスターや占有エリアを巡って、プレイヤー同士で取り合いや衝突が起こるってわけ。そこで結成されたのが、そうした占有エリアや数少ない敵を管理して、事前予約して順番回しして遊ぶための組織――管理組合なんだ」

「それって、プレイヤーだけが勝手に取り決めしている組織なんだろ? 全てがその組織に従っているのか?」


 不思議に思う真。理念そのものは良い組織だとは思うが、そんな組織があったとしても、全てのプレイヤーが管理組合に同調していなければ、無意味では無いかと思う。組織に従わない者が出たら、機能しているとは言い難い。


「全員が従っているわけでもないけど、私が現役の時は大多数が従っていた感じだね。その方が便利だもの。それに加えて、組合の勢力自体が物凄く強いし、従わないプイレヤーは徹底的に叩かれて村八分にされるから、従わざるをえないっていう面もあったしね。ただ、一部のプレイヤーは徹底的に背を向けているよー。有名なニャントン君とかその筆頭だねえ」

「ようするに列に並びましょうという効率とモラルの概念を、しっかりと組織化して管理しているってだけか。それに反骨心抱く奴は幼稚扱いと?」

「うん、そんな感じ。真君はどう思う? 私はその組織に従っていた方がいいと思う派だけどねー」


 純子が体制側だというのは、ちょっと意外に思えたが――


「僕もその管理組合についた方がいいと思えるな。さっきのあの態度は、頭に来るが。それより、自分で決めたルール以外は、どんなルールも踏みにじるカオスが心情なお前のことだから、管理組合に背を向けているかと思ったら、お前も管理組合側か」

「んー、メリットの方が圧倒的に大きいもん。組合を無視して好き勝手やって、コンテンツや敵を取り合いしようとする方が、結局遊べる機会も少なくなるし、何より余計な神経使うからね。ついでに言うとPTプレイ必須なこのゲームで、管理組合への賛同者も多いのに、背を向けて好き放題しようとしても、他の人がついてこないんだよね」


 体制側が格好悪い、反体制は格好いいと、イメージだけで無条件に決め付けている者も世の中にはいるが、純子はちゃんと理念と計算のうえで、どちらにつくか決めるようだと、真は見てとった。


「おまけに決定的なのは、管理組合の長は輝明君だしさ。組合をまとめるのに相当苦労していたのを私も傍で見ていたし、彼にいろいろ協力もしたから、どうしても私は組合側になっちゃうかなー」


 ついでにしがらみも有りかと、真は納得する。適度に人付き合いも大事にする純子からすると、そちらの比重も結構大きい気がする。


「輝明が管理組合の長とか、合わないな」


 真の目から見ると輝明という人物は、そんな秩序を守るような組織とは全く逆の性質を持つ者なので、純子以上に意外であった。


「今はどうか知らないけど……昔はね、表立っては逆らわなくても、管理組合に反感を抱く人も多かったよ。管理組合を引き合いにして、横柄な態度を取る人も結構いたからさー。あと、単純に反体制や反権力が染み付いちゃっているタイプの人はもちろん、管理組合みたいな組織は大嫌いだろうしね」

「今の連中は確かに横柄だったな」


 さっきの場所で、人数も揃い、巨大兎と戦闘を始めるPTを見やり、微苦笑をこぼす真。あんな言い方では反発されるのも頷ける。


「リアルの縮図的にいろいろあるのは面白いが、ゲームの戦闘そのものはつまらないな」

「んー、今のはたまたまつまらない部類であって、面白いのもちゃんとあるんだよ。まあいろいろやっていれば、そのうち面白いのも見つかるよー」


 率直な感想に、このゲームを擁護するかのような口ぶりの純子であったが、正直真は、純子への付き合いでもない限り、進んでやりたい気分にはならない。

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