第十五章 19

 闇タクシーで、放たれ小象のアジトへと向かう、俺とほのか。

 目的地は、絶好町からはそれなりに時間のかかる位置にある。安楽市の南東の端っこだ。


 まだ二人ほど改造されたマウスがいるらしいが、そいつらがどこにいるかは謎のままだ。小金井の近辺を固めているのか、四葉の烏バーに向かわされたか、あるいは俺達を狙っているのか。

 改造されたマウス共が、小金井を守る形で、奴等のアジトにいるのが理想だけどな。おっさん達の所に向かったとしたら、キツいだろう。まあおっさんもかなり腕が立つんだが。


「何で情報組織のオーマイレイプに入ったのか、聞いてもいいか?」


 隣の席で、外の景色を夢中で眺めているほのかに声をかける。


「打算です」

 変な答えが返ってくる。


「ちゃんと意味の通じる答えで頼む」

「打算としか言いようがありません。表通りと一緒です。いい大学を出ればいい会社に就職できてステータスにもなるしお給料も高い。それと同じです。オーマイレイブは裏通りでも最高ランクの組織でしょう? しかも日本だけに留まらず、国際規模の凄い組織です。どうせ組織に属するなら、いい所に入りたいじゃないですか。つまり醜い醜い打算です」


 それを打算だの醜いだのというこいつの感性がわからんし、醜いと承知のうえでそういう選択をしたのかと……


「それよりも次の戦いの話でもしましょう。私の能力は使い方次第では、複数の敵も一度に相手ができると思うのです。ファミレスで御飯食べている最中に、テーブルの下でこっそり試していましたが、自分の体を液状化して四つくらいの肉スライムに分裂させて、それぞれコントロールが出来ました。つまり、四人の敵に同時攻撃が可能です。その気になればもっといけるかもしれませんが、あまり分裂しすぎると、本体でコントロールするのが大変になるかもしれません。いろいろ試したいのですが、その時間も無くて」


 食いながらそんなことしていたのかと、呆れる俺。


「それにしてもひどい改造をされたな。化け物そのものだ」


 遠慮なく思ったことを口にする俺。口にしてからちょっと言い過ぎたと後悔してしまう。


「これ、私が望んだ力ですが……ひどいですか……」


 しょんぼりするほのか。同情したつもりで言ったんだが、同情して損した気分だ。つーか、こいつの感性は一体どうなってるんだ。


「あ……いや、すまん。リクエストとかでなく、純子に勝手にそんな風にされたとばかり思っていたからさ」

 一応謝る俺。


「謝らなくていいのです。私の感性が歪なのでしょう」

 自虐的な口調でほのかは言った。


「どうも私は、人がおぞましいと感じるものに、惹かれる傾向があるようです。B級ホラーも大好きですし。あるいはアンチに回る傾向にあるというか。少年漫画でも敵役ばかり好きになりますし。しかし遼二さんにひどいと言われるのなら、それは仕方ありませんね。人のことを言えない遼二さんの言葉なので、腹も立たなければ傷つきもしません。それどころか嬉しいくらいです。私達、今や同じさだめを背負いし者達ですから」


 女王様に憧れるとかいうのも、そっからきてるのか……


「じゃあ聞くけど、例えば少年漫画の主人公なら、ヒロインが改造するのを偽善たっぷりに止めようとして、ヒロインはそれを振り切って改造って感じだろうが、俺は止めようとしなかった。お前はそれをどう思ってるんだ? もっと真剣に止めて欲しいとは思わなかったか?」


 これもまた、気になっていたが口にできなかったことだ。少年漫画繋がりで聞きにいくってのも変な話だが……


「ちっとも。私が決めたことですよ。むしろ見守ってくれていた遼二さんに、ますます尊敬とホの字が強まった感があります」


 ホの字が強まったって、また怪しい日本語が……


「俺はただの卑怯者かもしれないぞ? 自分一人では手に余りそうな問題だと判断して、計算して、お前が力を得るのを黙ってみていたのかもしれない」

「それは卑怯とは言いません。ただの計算です。いえ、計算することが必ずしも卑怯とは言わないでしょう? 遼二さんは私の覚悟を尊重し、見守ってくれたのです。私をただ守られるだけの能無しお姫様として扱わず、一人の裏の住人として認めてくれたのです。そういう扱いをしてくれたことに、私は深く強い喜びに全身を沈めます」

「お前たまに表現がおかしくなるな。矛盾もあるし。さっきは醜い打算とか言ってたのに、今度は計算することが必ずしも卑怯ではないと言うのか?」

「長いものに巻かれろ的発想は、私の価値観ではわりとダサいですから。でも力はあった方がいいと思うので、大組織に属したのです。それと――」


 言葉途中にほのかは俺から視線を背け、また外の風景を見だす。


「私こそ卑怯者ですよ」

 ぽつりとそんな言葉をこぼすほのか。


「どんな風にだ?」

 何かまた変な答えが返ってきそうな気もするが、聞いてみる。


「昔やっくんが――私といつも一緒だった友達がいじめられていた時、自分もいじめられるのではないかと思って、かばってあげられなかった事があります。これほど卑怯なことはありません。しかもやっくんは自殺してしまいました。私がかばってあげれば、死ななかったかもしれないですよね。これは私が魂に背負う一生の十字架です。保身のために見て見ぬ振りをすることこそ卑怯者です。遼二さんは全然違うじゃないですか」


 全然変じゃなかった。自分と似たような過去を持つほのかの話に、俺はかなり胸にズキンとくるものがあった。


「ひどい失い方ってのは、そいつのことか」

「はい」

「俺も……似たようなことがあった。同級生がいじめられてて……自殺した。でも俺は、そいつをかばった。かばっても止められなかったぞ。一緒にいじめられて……」


 抵抗すればいじめられなくるなんて嘘だわ。いや、そういうケースもあるかもしれないが、いじめっ子側の人数が多く、しかもクラスごと巻き込んだとあれば、抵抗するのも楽しみのうちになっちまう。


「案外お前にその十字架を背負わせるために、あてつけでやっくんは自殺したのかもな」

「ひどいことを言いますね。いえ、その可能性も無いとは言い切れませんが、私はそうは思いたくありません。苦しんで死んでいったやっくんが、助けてあげなかった卑怯者の私に、死んでなお、そんな風に思われるなんて、哀しすぎますから」

「いじめ自殺の最大の加害者は、いじめられて自殺した子供の親だ。お前が悪いわけじゃない」


 俺の言葉に、ほのかはむっとした顔で俺の方を向いたが、構わず持論を続ける。


「いじめられるような軟弱な餓鬼作ったあげく、自分の子がいじめられていることにも気付かず、救ってやれなかった無能。これこそ最悪の存在だろ。俺が閻魔ならこいつこそ一番罪の重い地獄へと落とすね」

「またひどいことを言いますね。それには激しく反論を述べさせていただきます。子が親に心配をかけたくなくて、黙っていたのかもしれないでしょう? 以上、激しい反論終わり」


 どの辺が激しかったんだ……?


「それなら餓鬼の方が悪いな。心配かけてでも救いを求めるべきだ。しかしいじめで自殺する餓鬼の親は、それを訴えることもできないような奴なんじゃないか? 死ぬほど苦しいいじめを受けていても、なお学校という呪縛から逃れられないようにしてるのは、そいつの親が馬鹿な教育しくさったからじゃねーのか?」

「ひょっとして遼二さんも身に覚えがあるのですか?」

「あるから言ってるんだよ。あまり詳しくは言いたくねーけど」


 頭の悪い親の元に生まれれば、育てられれば、大抵の場合その子供は不幸になる。ま、ありふれた話だがね。

 とはいえ俺は、あの時の俺を不幸だなんて思いたくは無い。俺を育ててくれたあいつは、間違いなく馬鹿だし、体だけはでかくて歳だけくった餓鬼だったし、いろいろと俺に辛くあたったが、俺はあいつのことをほんの少しも恨んでないから。


「勇気を出してかばってあげられなかったから、友達を見殺しにしてしまったから、今の私があるのも事実です。そうでなければ、もっと弱い私だったかもしれません。もう私は一切逃げたくありません。どんなに怖くても、正しいと思ったことを貫きます」


 俺には、ほのかの気持ちがわからない。逃げるという選択をしたことが、今まで無かったからな。

 逃げてしまって背負った十字架の重さは、こいつにしかわかりようがないので、下手な慰めの言葉は口にできない。


「理性は感情を強引にコントロールするためにあります。私、本当は怖がりですし、すぐに自分の得になること損にならないことを計算ばかりする、さもしい人間です。でもそんな自分が嫌ですし、そのせいで失ったものが有るから、理性で自分を縛って、別な自分を創ろうとしているのです」

「ああ、いずれそれは本当の自分になる」


 俺の言葉に、ほのかは目を丸くしていた。こいつは下手な慰めの言葉ではない。俺が本当に思っていることだ。


「俺も人を傷つけるのが嫌だったし、喧嘩なんてしたくなかった。夢に出てくる自分こそ本当の姿だって話、聞いたことないか? 昔見ていた夢の中の自分は、いつも怯えていた。でもいつしか夢の中の自分も、怯えないようになっていた。夢は成長の判定機だ」


 偉そうに話していた俺だったが、もしかして夢で自分の成長判定なんかしているのは、俺だけじゃないかと思うと、今言ったことが凄く恥ずかしい。


「私は……全然というわけではありませんが、あまり過去の辛いことを夢には見ません。男と女の差なのでしょうか? それとも私は自分で思っているほど悔やんでいない、冷たい人間なのでしょうか? 遼二さんが父の言うようにとても優しい人間でずっと悔やんでいるからでしょうか? 真実は果たして何なのでしょうか? ……最後のがちょっとダメですね。果たしてどれが真実なのでしょうか?――が良かったですね」

「そうだな……」


 正直こういう場面でポエムやられると凄く冷める。シラける。話続ける気力も失せる。今度また同じことしたら注意しようと、心に決めた。今はもう気分的に注意もしたくない。

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