第十五章 18

 純子と別れ、俺とほのかはカンドービル内のファミレス『ウォンバット』で腹ごしらえをする。さっさと放たれ小象のアジトに行かないと不味いのはわかっているが、飯を食わないわけにもいかない。すきっ腹じゃ力も出ないしな。もちろん食休みも多少は欲しい。

 戦闘前は飯を食わない主義という奴もいたが、俺は食う。そいつはすきっ腹だと体が軽いとかいう謎理論を言っていたが、俺は身体を常にいつも通りのコンディションに保つ事が、最も力を出せると思っているので、それを崩すような真似はしたくない。


「純子が研究所に帰ったのは、また改造希望者が来るからかもしれないな」


 カルボナーラを食いながら、俺が言った。食事は取るが、食事の内容は意識する。吸収が早い炭水化物がいい。まあ普段からそれは変わらんけど。

 一方ほのかはというと、鯖の味噌煮定食を食べている。質素というか、何となくほのかのイメージと合っているような。


「その可能性は高いでしょう。とはいえ改造には時間がかかりますし、私達が放たれ小象のアジトに向かい、決着をつけるまでに終わるとも思えません」

「それはどうかなー。改造にかかる時間は結構差がある。俺の知り合いのマウスは、一時間で終わったって奴もいたぞ。もっとも一時間で終わるだけあって、能力もショボかったけど。ゆっくりはしていられないが、慌てる必要も無いだろう」


 普通に食事を取り、飯を食い終えたその時だった。


「おっ、ほのかじゃん。男連れとは珍しいな」


 俺の知り合いではないが、知っている顔が二つ現れ、そのうちの女性の方がほのかに声をかけてきた。

 一人はライダースーツに身を包んだ二十代半ばくらいの美人で、ジャケットのポケットに手を入れ、かなりの猫背だ。裏通りでは有名な始末屋――霞銃の麗魅という通り名を持つ神速の早撃ち――樋口麗魅だ。仕事の都合でタスマニアデビルに行った際に、何度か見たことがある。会話したことはないんだが。


 もう一人もタスマニアデビルで見たことのある顔だ。名前は知らないが、いつもピアノを弾いている、金髪緑眼の美少年。パーカーを目深に被り、半ば麗魅の陰に隠れているが、それでも一度見たらその目立つ風貌は忘れようが無い。この世にこんなにも綺麗な顔の子がいるのかと、息を呑むような美貌の持ち主だ。


「お久しぶりです。麗魅さん。こちらは私の父の部下で、フィアンセの遼二さんです」

「いつフィアンセになった」


 臆面もなく紹介するほのかに、突っこむ俺。

 金髪少年以外はそれぞれ自己紹介を済ます。彼だけは、脅えたような眼差しをあらぬ方向にやったまま、麗魅の陰に隠れっぱなしだ。随分と照れ屋のようで。


「ほら、累も自己紹介しろよ」

「恥ずかしがってるなら無理させなくてもいいよ」


 促す麗魅に、俺が言った。

 ほのかが俺の隣に移動し、正面の席に麗魅と、累と呼ばれた少年が座る。食休みがてら、ほのかと麗魅がお喋りしていた。


「杏の奴がいなくなっちまったからなあ、あたしの情報源は最近すっかりオーマイレイプ経由になっちゃったよ」

「御贔屓にしてくださって、どうもありがとうございます。杏さんは私達の組織とも懇意でしたし、私の詩にも理解を示してくださいましたし、私の詩を評価してくれましたし、私の詩をネットで紹介してくれましたし、私の詩をテーマに絵を描いてくれました。麗魅さんが満足のいく仕事をして、草葉の陰の杏さんを安心させたいと存じます」


 ほのかさんさあ……主に自分のことばかりじゃねーか……


「まあ、高い情報はあまり買ってやれなくて悪いけどな。なははは」


 この麗魅という女、随分と人懐こくて愛想がよく、好感が持てる。場を和ませる朗らかさで満ちている。うちのおっさんに近いイメージだ。


「ていうかさあ、ほのか、今オーマイレイプの方に顔出さずに、単独行動でトラブルに巻き込まれてるって聞いたよ? シルヴィアが心配してたぜ?」


 シルヴィアって、もしかしなくても、シルヴィア丹下のことか。

 そいつもまた有名人なんで、どういう奴かは当然知っている。護衛屋の一族『銀嵐館』の当主であり、オーマイレイプの大幹部でもある人物だ。


「もー、シルヴィアさんは情報組織の幹部なのに、ぺらぺらと組織の内情を他人に話すなんて、どうかしていますね」


 冗談めかした口調でほのか。


「最近あたし、シルヴィアとつるんで行動する事が多くてねえ。杏を殺した奴がさ、シルヴィアが追っている奴と同じなんだよ。で、協力して追っているんだけど、中々尻尾見せやしない。自分を蛆虫だとか言う、イカレた殺し屋でさ」

「ええ、その人なら私も存じあげています。裏通りでは成果を上げた人や腕の立つ人物は、すぐに有名になるものですが、その人は不思議とあまり話題にならないようですね」

「ついこないだ、雪岡純子にも会って蛆虫男の話を聞いたけど、純子とも交戦して、二発もお見舞いしたっていうからとんでもねーわ」


 純子に二発お見舞いするような強者がいるのか……。

 純子がどれだけの戦闘力があるかは不明だが、実験台となるマウス達よりは強いということはわかる。そうでなければ、自分の手がけたマウスに殺されるだろうしな。まあ少なくとも俺よりは上だ。接していてわかる。その純子とまともに戦える奴って相当なもんだぞ。


「ほのかがどんなトラブルに巻き込まれてるのか知らないけど、強そうなフィアンセもついていることだし、安心だね」


 麗魅がからかうように言う。フィアンセじゃないと何度も否定するのも面倒なので、もう言わせておく。


「私はただ守られるだけのヒロインになりたくありません。自らも鞭を取って戦う戦士になりたいんです」

「なははは、剣を取るとか銃を取るならともかく、何で鞭なのさ」


 凛然たる面持ちで宣言するほのかに、麗魅がおかしそうに笑う。


「SMの女王様に憧れるんですよねえ。別にサドっ気もマゾっ気も無いですけど、あの服装とか振る舞いとか、凄く強く惹かれるのです」


 そういや悪の女幹部になりたいとか何とか言ってたっけか。黒光りするボンテージ姿のほのか……。うーん……想像してみたが、やっぱり全く似合わん。


 それからしばらくの間、ほのかと麗魅で他愛無い会話が交わされ、男二人組は黙って二人の会話を聞きながら時間が過ぎていった。


「ほのか、すまないがそろそろ時間だ」


 休息も十分にとったし、ほのか達には悪いが、これ以上ここでこうしているわけにはいかない。


「おっと、そろそろこっちも仕事だ。引き止めて悪かったね。じゃあな」

 麗魅も立ち上がる。


 四人で揃ってウォンバットを出たところで、俺達は麗魅と累の二人と別れた。


「単独行動しているうえに、狙われていることまで知れわたっているのか。いや、少なくともお前の組織内では知られていて、それが組織のメンバーの知り合いにまで噂として知れ渡っているんだな」

「何を仰りたいのですか?」


 俺の言葉に、少し怒ったような目で俺を見上げるほのか。


「組織に迷惑かけたくないだの、力を借りずに解決したいだのと言っている方が、組織にとって迷惑なんじゃないか? 仲間なら困ったときは頼りにしあうものだぞ」


 今まで思っていて口にしなかったことを口にする。やっぱりこれははっきりと言っておいた方がいい。

 ほのかだって利発で思慮深いのだから、それがわからぬ道理ではないと思うんだ。あるいは何か事情があるのかもしれないし、単純に理性より感情が勝っているのかもしれないが。


「理屈ではわかっています。意地を張っているわけではないのです。いや……意地を張っているのかもしれませんが、とにかくその話はもういいです。組織は今忙しいのも確かですし、それで迷惑かけたくないという気持ちを持つのもいけないことですか?」


 挑みかかるような口調。知り合ってまだ数日だが、ここまで感情的になるほのかは初めて見る。


「それだけなのか?」

 俺も引かない。徹底的に聞き出すことにする。


「オーマイレイプにもいろんな人がいます。大幹部以上の人達は信用できるのですが、新人の私がわりと期待視されていることをやっかむ人もいるのですよ。力の証明をしないといけないという面もあるのです。これで納得していただけましたか?」

「そういうことか。問い詰めて不快にさせたのはすまなかった。でもちゃんと聞いておいてよかったよ」


 そう言って俺が微笑みかけると、ほのかも相好を崩す。


「いいえ、聞きにくいこともあえて突っこんで確認してくださった事により、私は遼二さんという人物に信頼の念が強まりました」


 何だか怪しい日本語が……

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