第十五章 5
放たれ小象のゴミ虫共との茶番極まりない和平会談とやらがあった、その翌日の晩、俺はとあるバーにいた。
タスマニアデビルは中立指定されていて安全だが、うるさい規則も多いので、俺には合わない。暴力沙汰はもちろんのこと、合法ドラッグの持込さえも禁止されている。
酔うと暴れる癖もある俺からすれば面倒なので、中立指定されていない、裏通りの住人が集う酒場に足を運ぶわけだ。
そういう店は、裏通りに片足を突っこんだ程度のチンピラもいれば、どっぷり浸かった者も訪れる。俺と同じように、気性の激しい者も多いので、店で乱闘沙汰などしょっちゅうだ。場合によってはドンパチも起こる。
絶好町の繁華街の片隅にある、褥通りに面した、『バロン』という名の酒場が、俺のお気に入りの店だ。
その日、バロン店内で起こった銃撃戦は、俺が原因だった。
突然の銃声。しかし店員も客も、特に慌てはしない。皆慣れたもんだ。客はその銃弾が自分に向けられたものかを確認するより早く、それぞれが殺気を感じ取ってあちこちに身を隠している。裏通りの非中立地帯の酒場の日常的出来事。
バーテンのいるカウンターに防弾ガラスが下りる。バーテンは全く動じず、防弾ガラスの向こうでグラスを磨いている。店の客達は大き目のテーブルの下にグラスを持って避難し、誰が狙いなのかを知るため、様子を伺っている。
「大島遼二―っ!」
襲撃者の狙いが俺だとわかったのは、御丁寧にも、わざわざ俺を御指名してくれたことだ。まあ、襲撃者にとってもその方が、都合がいい。下手に他の客に手を出してしまい、他の客が加勢に入ろうものなら、面倒極まりないだろうしな。
俺を狙って銃を撃ってきたのが、放たれ小象の連中であることは疑いようがない。店の中になだれこみ、立て続けに拳銃を撃つ。
「まーたお前か」
ボックス席のテーブルの下に避難した俺に、顔見知りの客がグラスを傾けながら笑いかける。
「すぐ終わらすさ」
俺もその客に微笑み返す。
「健闘を祈る」
客がウインクして俺の方に向けてグラスを掲げ、残りをぐびっと一気に呷る。
再生能力がある俺であるが、銃弾に当たると痛いし服がお釈迦になるので、出来るだけ当たりたくは無い。隙を見て銃弾を撃ち、応戦する。
一人の頭を撃ちぬく。敵が何人いるかいまいちわからないが、六人はいるだろう。
「あ、兄貴ぃーっ!?」
襲撃者の一人が悲痛な声をあげる。
「糞野郎が! 兄貴の仇だ!」
頭に血が上った一人が無謀にも、こちらに向かって突撃かましながら、銃を乱射してくる。これは完全に自殺行為だ。
突っ込んできたそいつに対し、俺は余裕をもって喉を撃ち抜く。
「仇を討てない無能な弟分を見て、兄貴も地獄で溜息ついてるだろうよ」
テーブルの下に戻り、銃をリロードしながら俺は呟いた。
しかしどうやら敵はまだ多いようだ。今の馬鹿はともかくとして、結構腕が立つ奴等が揃っている感じでもある。
放たれ小象が虎の子の精鋭でも出してきたのか? それとも外部の組織を雇ったのか? 俺の勘では、何となく後者の気もする。今までの放たれ小象のチンピラ共は、ひどく質が低かったうえに、連携もうまく取れていなかったし、勇敢とも言えなかった。こいつらはわりと連携が取れているし、果敢に攻めてきている。
突然銃撃がやんだ。どうしたものかと頭を覗かせると、一斉に撃ってきそうだが、このタイミングでやむのもおかしい。殺気も満ちている。
「まだ仕留めてはいないか。しぶといな」
聞き覚えのある声。鏡を使ってボックス席の外の様子を見ると、見覚えのある醜悪な顔が二つ。昨日タスマニアデビルで会った、放たれ小象のボスの小金井と幹部の立川だ。よりによってボスとその側近が直々に来ているとは、どういうことだ?
「まあ想定内だがね。お前が稲城の秘蔵っ子と聞いて、最後の交渉にきた」
しつけえな。うちのボスが交渉失敗したからって、いくら秘蔵っ子とはいえ、俺に交渉するっておかしいだろうがよ。
「抗争はやめて、平和的にやっていこう。そしてお前のボスの娘を私に引き渡せ」
「撃ちまくってきておいて、何が平和的にだ。しかもボスの娘がどーとか、俺に言ってどうするんだ」
あまりに頭の悪い要求に、ついつい口を出してしまう。
「お前が今ここで電話して、説得してくれればいい。さもなければ、この店ごと爆破する」
「ハッタリにしても頭が悪すぎるな。店の中にお前がいるのに、どうやって爆破できる? お前が店から逃げ出す頃には、俺も他の奴も一緒に逃げるぜ? それにいつ爆弾を仕掛ける隙があった?」
俺が尋ねた直後、再び銃声が幾つも鳴った。
おかしい。俺に向けて撃たれた銃ではない。それどころか、俺に向けて放たれた殺気でもない。
「話をして時間稼ぎしている間に、爆弾仕掛けようとしていたぜ」
誰かが声を発した。客のうちの一人だろう。小金井の部下が爆弾を仕掛けようとしているのを見て、撃ち殺したと思われる。
「杜撰な策だ。本当に馬鹿なのか? しかもわざわざボス御大がお出ましで」
「私がわざわざ来たのは、最終通告のためと、四葉の烏バーの最強の兵であるお前に、こちらも最強の兵をぶつけて対処した方が良いと判断したためだ。つまり、私をな」
煽る俺に、小金井が自信に満ちた口調で答えた。なるほど、理屈にかなっている。大将が強兵なら、大将がおっ死んで組織終了のリスクと引き換えでも出し惜しみせず、か。
まあそれで敵を討てれば、部下の無駄死にも避けられるしな。そういう選択が出きるという点で、俺は少し小金井を見直した。
「はっきり言うが、強者の多かった肉殻貝塚の方がよほどやりづらい相手だったぞ。四葉の烏バーはワンマンだからな。大島遼二――お前さえ潰せばいいのだから」
「やってみろよ」
言うなり俺は、ボックス席から飛び出る。再び無数の銃声が立て続けに響く。
俺の体に備わっているのは、再生能力だけではない。もう一つの能力がある。地味だが効果が強く、しかし代償も大きいため、正直あまり使いたくない代物だ。
能力はすでに発動済みだ。弾丸が飛び交う店内を、俺は弾丸の動きをはっきりと捉えながら動く。
コンセントによる集中力増加では、弾道を見切ることは出来ても、弾丸そのものを見ることなど出来るものではない。だが俺は、この能力を発動させると、そこまで見ることができるし、かわすことさえできる。
視力、動体視力、肉体の反応速度、純粋な筋力の超上昇。筋力も敏捷性も極限まで上がっている。所謂火事場の馬鹿力を意識して出せるわけだが、それに加えて肉体の潜在能力の上限も、常人よりはるかに高い。
ただし、この能力も問題があって、再生能力と併用することができない。いや、やろうと思えばできるのだが、それをやってしまうと、その後しばらくの間、再生能力の方が人並になってしまう。
ボックス席から飛び出た後の俺の動きを、襲撃者らは目で追うことすらできていなかった。俺が立て続けに三人始末するまで、誰も反応できていない。一人は銃で殺し、もう二人は手刀で首の骨を折った。
しかしまあ、この火事場の馬鹿力が持続するのは、本当に一瞬だけだ。三秒か四秒といったところか。
先日褥通りで囲まれた時に使わなかったのは、あまり意味が無かったからだ。前後挟まれていた時点で、どちらか片方にしか有効ではない。こけおどしくらいの効果はあったかもしれないが、結局撃たれただろう。
人数を把握する。小金井と立川も含めて七人と。そのうち三人は今殺したので残り四人。いや、それ以前に俺が二人、客が一人始末しているので、襲撃は十人で行ったわけか。
「何だとぉっ!?」
小金井が驚愕しながらも一番早く反応し、撃ってくる。
避けながら二発撃ち返し、そのうちの一発が小金井の脇腹に命中した。明らかに防弾繊維を貫いている。
体勢を崩した俺に、銃弾が振りそそぐ。そのうち一発が左胸に当たったが、防弾繊維に阻まれた。
「おやっさん!」
倒れた小金井に、立川が目を剥いて駆け寄り、盾になるようにして覆いかぶさってかばう。
「退くぞ!」
立川が命ずる。組織で最も強兵であるらしいボス自ら出てきても、いい所無しだったな。
もちろん俺も黙って見逃したりはしなかったが、残りの二人が死に物狂いで銃を乱射している間に、立川は小金井のかなり重そうな体を担ぎ、店の外へと出て行った。
残り二人のうち一人は射殺し、もう一人は逃がした。
血臭と硝煙の臭いであふれ、死体の転がる酒場の中、避難していた客達が元の席に戻る。
「騒がせてすまねえ。全員分奢るわ」
常連客達に謝罪する俺。当然店の修理費も迷惑料として払うことになる。死体の財布から失敬するつもりでいるが、それと足しても、果たして俺の所持金がどれだけマイナスになることか。
「毎日あいつらが来れば、毎日タダ酒が飲めるわけか」
客の一人が笑いながら言い、俺も愛想笑いを返す。
能力の反動で、早くも体のあちこちが痛い。潜在能力のブレーキを外した代償だ。
「あのデブ、去り際に捨て台詞吐いてたけど、聞くか?」
入り口近くで避難していた常連客が、俺に話しかけてきた。
「何て?」
「『雪岡純子のマウスか。いいものを見させてもらったよ』だとさ」
常連客の言葉に、俺は口元に手をあて、押し黙った。
ただの捨て台詞ではないような気がする。俺があの悪名高いマッドサイエンティストのマウスだと見抜くのは、別に不自然でもない。しかし……わざわざそれを口にした意味は……
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