第十四章 27

 義久、真、みどり、美香という、いまやすっかりいつもの面々となった四人組は、カンドービル前で待ち合わせを行い、四人揃えばタクシーで移動という定番の流れになっていた。

 今日はいよいよクローン販売事業の元締めである、井土ヶ谷浩三の自宅へと赴く。昨日義久達の前に現れた香に、御丁寧に住所を教えてもらってある。


「昨日はトカゲの尻尾切りと言ったが、わざわざ身内を売り渡すってことは、厄介者という側面もあったのかもな。あるいは私怨か」

「後者ではないか!? 組織としてダメージがでかいと言っていただろう!」

「使えないと判断すると、さっさと切り捨てる組織ではあるが、その処分をわざわざ高田に委ねるっていうのは、いくら高田の知り合いだろうと、どうかしている。罠の可能性もあるな」

「私怨絡みだとすれば、罠を仕掛ける可能性は低かろう! 嫌いな子分を始末して、我々をも同時に始末するという狙いも、無きにしも非ずだがな!」


 香がクローン販売を取り仕切っている幹部の居場所を教えたことに関して、真と美香があれこれ推測する。


「しかしすっげえな、これ。美香姉と十三号のインタビューの再生回数、裏通りのサイトと思えない数字が出てるよぉ~」


 顔の前に投影したディスプレイを見ながら、みどりが言う。

 三木谷邸に突撃取材した様子と、美香と美香クローンのインタビューの動画と記事が、鞭打ち症梟にはアップされており、凄まじい反響を呼んでいた。


「鞭打ち症梟がパンクしそうな勢いだぜィ。感想欄でやらせなんじゃないかと議論が起こっててウケるわ。実際三木谷の死亡はニュースにもなってるのに、そこまで含めてやらせかどうか判断できないのかってーの。あ、それも散々書いてあるけどさァ」

「やらせ云々書いてるのは、複数アカウントを使った雪岡の仕業だ」

「はぁ?」

「え?」


 真が口にした言葉に、みどりと義久はきょとんとする。


「雪岡なりに盛り上げるための協力のつもりなんだろう。あいつはよくそういうことやるんだよ。わざと馬鹿な書き込みをして、炎上狙いをしたり議論を白熱化させたりしてな」

「ふえぇ……純姉ってそういうことするんだァ……」


 引き気味な顔になるみどり。みどりのイメージとしては、そういった行為をするキャラには見えなかった。


「イェアっ、美香姉の評価もうなぎのぼりじゃんよ。こっちは予想通りだけど」

「正直自分では反応を見たくはないな! 言わなくていいぞ!」

「ふわあぁ、美香姉それでもアイドルぅ~? 職業柄そういうのはへっちゃらの鋼鉄のマインドだと思ってたけど」

「アイドルじゃないし、職業柄で評価がへっちゃらになることもないっ!」


 からかうみどりに、むきになって叫ぶ美香。


「そういやよっしー、昨日のダチとのやりとりまで送っちゃったんだぁ~」

「送ったけど、そっちはまだ反映されてないぞ」


 昨日のうちに義久は記事をまとめて動画を編集し、鞭打ち症梟に送っていたが、組織のチェック等があるため、すぐには反映されない。


「高田の幼馴染とやらのやりとりも送るとは、意外だったよ」

 と、真。


「ああ、俺だけ安全圏にいるってのも卑怯だからな。それにあいつとの会話も、話題性は抜群だし、あいつが大幹部だというなら、ホルマリン漬け大統領にそれなりの混乱をきたして、打撃にもなるだろう」

「高田さんは、見た目は体育会系なのに、随分と頭が回りますな」


 いつもの初老髭面のタクシードライバーが茶化す。


「いや、一応記者だしね。こんくらいは計算して当たり前ですから」

 照れ笑いを浮かべる義久。


「これであの鳥仮面は、ホルマリン漬け大統領内での地位もヤバくなりそうだな」


 真が言うものの、本人もそれを覚悟であの場に出てきたのであろうから、相当義久に執着していることもわかる。


「あの鳥仮面に恨まれるようなこと、何かしたのか?」

「マジで全然覚えがないよ。おまけに死んだはずの妹が生きているとか、わけがわからん」


 真に問われ、義久は憮然とした顔になる。


「まあ今日はそっちのことは考えないようにしたいな。クローン販売の件に集中する」


 義久が腕組みして宣言する。昨日の香とのやり取りを考えると、自分のこれまでしてきたこと全てが揺らいでしまい、気力が無くなってしまいそうな気もするので、あえて意識しないことで、己の意志を貫徹したいとする義久であった。


***


 井土ヶ谷浩三の自宅は、広い庭付きの豪華な屋敷だった。高い塀の上には、露骨に大量の監視カメラが配備されている。


「君らは潜入もお手の物かもしれないが、俺にも可能な潜入方法を頼むよ」

 真と美香の方を見て言う義久。


「僕は泥棒が本職じゃないから、そんな言われ方してもな。もちろん今までに潜入は何度もしてきたけど」

 と、真。


「そもそも何の目的できたって話だよ。クローン販売を取り仕切っている井土ヶ谷という男に、直接インタビューするのに、潜入なんて必要なのか?」

「いやー、会ってくれない気がするし、それなら忍び込んで、脅迫半分の取材とかどうかなーと考えていた」


 真に問われ、義久は頭をかきながら笑顔でそう答える。


「そういう行き当たりばったりのノリは嫌いじゃない。なら正面から入っても問題無いだろう。潜入とか面倒臭いし」


 言うなり真が門のほうへと歩いていき、美香とみどりも当たり前のようにその後に続く。


「いや、そこまで極端から極端に走っても……。うちらが来たってことで逃げ出すかもしれないだろうに……」

「そうなっても逃がさないよ。というか、入り口を押さえたら逃げられないだろ? 脱出用地下通路でもあるのなら話は別だけどな」


 後を追う形で義久が意見したが、真はそう返して、門のベルを押す。


「えー、押して呼び出すのかよ……。地下通路は無くても、裏口から逃げるかもだろ。裏口があればだけどさ」


 真の行動に、義久は半笑いを浮かべながら言う。


「よく考えたら、こないだ僕等がタクシーで撤収する時、一人で追いかけてきて銃を撃ってくるような奴だから、こそこそ逃げるような真似はせず、むしろ向かってくる気がする」

「なるほど」


 真にそう言われ、義久は納得する。


『遅かったな。入れ』

 インターホンから声がして、扉が開く。


「今の台詞からすると、すでによっしーのダチから、あたしらの来訪は連絡済みってことなんだねぇ」


 みどりがにやにや笑いながら言う。


(美香ちゃんが何か、すげーヤバい雰囲気だな)


 義久が美香を一瞥する。タクシーを降りてからは無言で、素人同然の義久にもはっきりとわかるくらい、明瞭な殺気が放たれている。


(クローンアイドル製造販売に、一番腹立ててるのが美香ちゃんだからな。悪事の首魁とも言うべき奴と御対面とあれば……)


 一波乱有りそうな雰囲気であるが、だからこそいい場面が撮れそうだと、期待してしまう義久である。


 家にあがると、テレビやグラビアでよく見かける顔の美少女がにっこりと笑って、丁寧にお辞儀をする。義久だけつられて会釈する。三木谷邸のクローンとは違い、普通の服装だ。


「どうぞ、こちらへ」


 クローンに連れられて、四人は家の奥へと向かい、リビングへと通される。


 リビングには七人の美少女が、一人の中年男を取り囲むようにして座っていた。

 男は不細工ではあるが、同時にふてぶてしい面構えでもあった。少なくとも三木谷や香なんかよりは余程男らしいと、義久は感じた。


「井土ヶ谷浩三。お前達が追いまわしているクローンスレイブ事業のまとめ役だ」

「記事を編集している高田義久です」


 堂々たる口調で名乗る井土ヶ谷に、義久も名乗り返し、互いに視線をぶつける。

 一方でクローン達は、不安そうな顔で井土ヶ谷を見て、不審と警戒の眼差しを四人に向けている。


「お前達は下がっていろ」

「でも……」

「大丈夫だ。下がれ」


 不安げな面持ちのクローン達を手で払う仕草で、井土ヶ谷はリビングから追い出す。


「月那美香に相沢真はわかるが、もう一人は?」


 みどりに視線を向け、井土ヶ谷が尋ねる。


「あばばばば、あたしは雪岡純子。全てを滅ぼし、食らいつくし、また生み出す、深淵より出ずる魔性の女。家の中だと白衣の下はすっぽんぽんの狂乱のビッチ」

「嘘はいかんし、ふざける場面でもないから。まあこの子はこう見えてもボディーガードみたいなもんだ」


 みどりの頭にぽんと手を置き、義久が言った。


「せくはらじゃーっ。者共出会えーっ」

「で、どうする?」


 なおもおちゃらけるみどりを無視して、井土ヶ谷は義久の方に向き直り、問う。


「じゃ、インタビュー開始してもいいですかね?」

「構わんぞ。何でも答えてやる。隠さなくてはいけないことなど何も無いからな」


 若干へりくだった口調で確認する義久に、顔だけではなく態度までふてぶてしさ全開で、井土ヶ谷は告げた。


「じゃあ、貴方は何でこのビジネスを始めようとしたんですか?」


 カメラを回しながら質問を開始する。


「つまらん質問だな。それで視聴者は喜ぶのか?――と、言いたい所だが、わりと面白い答えをくれてやれるな。俺は自己顕示欲の塊みたいな、人前に出てチヤホヤされたがる女が大嫌いだった」


 井土ヶ谷の答えに、元々不機嫌そうであった美香の顔が、露骨に険悪なものになるのをみどりは横目で見た。真も美香の殺気が膨らむのを見て、それを確認する。


「別れた妻もアナウンサーで、まさにそんな感じだったからな。互いにステータス目当て、アクセサリー代わりの結婚だったから、俺もあまり強くは言えないがな。そういう思いあがった女を服従させて、可愛く躾けたいという欲求が俺にはあったし、俺にあるのだから他にも需要があるだろうと考えた。まあ、そんな所だな。需要という面では、もっと単純に憧れのアイドルや女優を性奴隷にしたいと思うような、そんなストレートな欲求を持つ男も多いだろうから、クローンを作るのが可能なら、こうした産業ができるのも不思議ではない。むしろよく今まで誰もやらなかったと思うくらいだ」


 最初は尊大な態度だった井土ヶ谷が、語っているうちに真摯な口調になっていた。


「ホルマリン漬け大統領の独占でしたか」

「他にやっている所は聞かない。それにホルマリン漬け大統領という大組織が手をつけたのだから、他の組織が迂闊にこの商売を始めるわけにもいかないだろう。技術面でも難しいだろうしな。それと――」


 井土ヶ谷はここで間を置き、思案する。口にすべきかどうか迷っていたが、全て打ち明けることにした。


「動機は今喋った通りのものだが、今の俺の姿勢はもう別物になっている。今見たとおり、俺にもクローンのパートナーが何人もいるが、あいつらと接していると、あの扱いこそが、女という生き物に相応と思えてならないんだ。女が増長しきっている昨今だが、それが女にとって幸福とは思えん。女は男に奉仕する設計で創られてある生き物だ。体力も筋力も知力も男に劣り、脳の構造が左脳と右脳で交じり合っているがために容易くヒステリーに陥り、極めて即物的で打算的でデリカシーに欠け、そのくせ欲だけは強い、欠陥だらけの存在だ。子を造ることと、男の欲望を満たすという以外に価値は無い生き物だ」


(消費者として優秀だと思うけどな。あと創作面においても、男とは別の感性で表現する。何より女が担当した方が和むし安心するという役割もある。受付嬢とか。男には無い、女ならではの優れた部分や価値はいっぱいあると思うけど)


 そう思う真であったが、インタビューの邪魔にならないよう黙っておいた。


(ここにいる女の子二人が、今のを聞いてどう思ってるか……)


 それが気がかりだった義久であるが、カメラも意識も井土ヶ谷のほうに集中しておく。


「女を本来の相応の扱いに戻したことで、男は支配する満足感、女は奉仕する悦び、また男女共に心から安堵できる癒しにありつける。これこそが正しい姿だ。正しい構図だ。俺はこの商売を始めたことで、その正しい構図を取り戻したと自負している。そして共に幸福になれる」


 井土ヶ谷の声に段々と熱が帯びてくる。瞳にも強い輝きが宿り、表情は真剣そのものだ。


(是非はともかくとして、こいつは理想と信念の元にクローン販売をしているってことか)


 義久はそう受け取った。そういう人間に対して、義久は無条件で一目置いてしまう。主義主張を認められるかどうかはまた別として。

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