第十四章 19

 与えられた客室へと戻り、義久はベッドの上に寝そべって、今日のことを振り返っていろいろと考え込んでいた。

 次はどう動くかも考えなくてはならないが、それ以前に今日の出来事をどんな形で記事にするかの方が重要だ。


 撮影してきた内容をそのまま流していいものか悩む。美香は有りのまま全て流していいと許可をくれたし、それはとても有り難い事ではあるが、それでも悩む。

 話題性としては申し分ない絵が撮れた。かつての新聞社の社会部の記者達であれば、何の躊躇も無く撮影したビデオをあげただろう。だが義久は躊躇してしまう。三木谷邸での美香の振る舞いが、見世物扱いされてしまうことが。


『そんなんだから、お前は記者に向かないんだよ』


 自分に目をかけてくれた副部長の、冗談交じりの笑い声が脳裏で響く。記事の出来よりも人への気遣いを優先させる自分は、ジャーナリストとしては失格らしい。


(元々芸能人でもあるんだし、何より本人に覚悟があるんだ。それに報いないとな。俺が迷ってどうするんだよ。情けない)


 自分に渇を入れ、記事を書き出したその時、ノックの音がした。


「へーい、邪魔しちゃった?」


 ドアを開けると、そこにいたのはみどりだった。にかっと歯を見せて笑う。


「ちょっとお願いがあって来たんだけどさァ。今日撮ってきたビデオ、できればみどりは映らないように編集して欲しいんだわさ」

「ああ、別にいいけど」


 実際、みどりはほとんど映ってもいないため、その部分は編集しても何も問題無いし、むしろみどりが映っても、「誰これ? この子供は何者? 何でついてきたの?」というややこしい話になりそうだから、消した方が義久にとっても都合がいい。


「みどりの存在自体、できる限り裏通りでは秘匿しておきたいんだよぉ~。まあ、雪岡研究所に出入りしている謎の可愛い女の子ってことで、もしかしたらもう知られているかもしんないけどね~」

「自分で言うなよ」


 可愛いのは事実だけど――と言葉にせず付け足す義久。


「秘密にしておきたい理由は何なんだ?」


 興味に思ったことをついつい聞いてしまう義久。どう看てもみどりは、人前に自分の姿を晒したくないと、気にかけるタイプではない。何か事情がありそうな気がした。


「あたしのためじゃないの。まあ、詳しくは秘密~」

「真のためか?」


 義久が口にした言葉に、みどりは目を丸くして驚いた。


「よっしー、わりと勘がいいんだね。あたしはおくびにも出してなかったのに」

「わずかな挙動で、その場にいる複数の人間の中で、誰が誰を一番意識しているのか、少し観察すると、俺にはわりとわかるんだよ。みどりはいつも真を意識している。真もな。あの子は表情こそ見せないけど、感情を隠すのはうまくないな。真は純子がいる場では純子とみどりをよく意識していて、純子がいなくてみどりのいる場では、みどりを意識していたな」

「なるほどねえ。言葉や視線以外でも、そういうのって、わかる人にはわかるもんなんだね」

「君は真のことが好きなのか?」


 義久のストレートな質問に、みどりは笑う。


「あぶぶぶ、運命共同体であることは確かだけどさァ、恋愛感情の有無ってのは微妙だわ~。あ、今の台詞は誰にも言わんでね~。よっしーは口堅そうだから大丈夫だと思うけど」

「俺は男女の友情信じない派だけどな」

「真兄が何かのはずみであたしの体求めてきても、あたしはお断りだよぉ~。H自体面倒くさいからやりたくないんだよね。キスとか抱擁とかおっぱい揉む程度ならともかくさァ。みどりに揉めるほどのおっぱい無いけど」

「それでも十分すぎるくらいHだって」


 思わず二人の絡みを想像してしまう義久。


「みどりの所だけ編集して、あとはそのまま上げるか」

「へーい、みどりに提案があるんだけど、聞く~?」

「何だね、言ってみたまえ」


 横柄な口調でふざけてみせる義久。


「美香姉とそのクローンのインタビューも載せるんだよ。クローンがどんな扱いを受けていたのか、美香姉の思いのたけや、美香姉が自分のクローンを今後どう扱うかも、全部話してもらうんだ。多分美香姉は受け入れると思うよぉ~」

「それは……」


 今日撮ってきた映像をそのまま載せるだけでも躊躇っていた義久だが、みどりの提案はそれ以上の代物だった。だが美香のことだから、間違いなく応じるであろう。


「確かにインパクトあるな。うん」


 覚悟を決め、明日にでも美香に確認を取ることにする。


(もっと冷酷に、記事のことだけ計算しきれるようにならなくちゃ、駄目なのか。もちろん、人を傷つけない範疇で、だ。俺が怖気づいてどうする。俺のこのビビリを……新聞社の同僚達は笑っていた面もあるかもな)


 今頃になって気付くのも滑稽だと思い、義久は微笑んだ。


「よっしー、今の発想はよっしー以外ならすぐに思いつくことだぜィ?」

「そ、そうなのか?」


 みどりの指摘に、義久はたじろぐ。


「よっしーは悪い意味で善人なんだね。もっとしたたかに、狡猾に、冷酷にならないといかんよ」

「同じことを丁度考えていた所さ。善人であることが悪か……」

「ま、悪いことばかりじゃないよ。ワルばっかりな裏通りだからこそ、よっしーみたいな善人は、余計に人を惹きつけるって部分もあるさァ。何のかんの言って、善い奴は好かれるもんなんだよぉ~」

「む、むう……わかるようなわからんような理屈だ」


 照れくさそうに義久は頭をかきながら、義久は呻いた。善人善人と呼ばれるのは、それが良いことではないと言われつつも、やはり嬉しい部分があった。


***


 高田義久の人生が大きく変わったのは、高校一年生の時の出来事だった。


 当時中二の妹の吹雪が、失踪した。何の前触れも無しにいなくなった。

 警察に捜索届けも出したが、家に帰らなかった日は学校にも行ってないというので、登校までのわずかな時間に何かあったのではないかという話になった。


 犯罪防止のため、町のあちこちに監視カメラが設置されている御時勢だ。もちろんあらゆる場所を隙間無く設置されているわけではない。高田家から学校までの通学路という限定された場所にあるカメラに、通学時間に何かしら失踪の手がかりが映ってないか、調べられた。

 手がかりは映っていた。かなり小さく、注意して見ないと見落とすほどであったが、吹雪がスモークの張られた車に乗る映像があった。


「映像を見た限り、何者かに無理矢理連れ込まれているというより、自分の意志で乗ったように見えます」


 高田家の面々を前にして、警察官は映像を見せつつ言った。


「御家族の方々は、この車に覚えは……ありますか?」


 警官は聞きづらそうに尋ねた。あるわけがない、という返事が返ってくるのもわかったうえで、しかし確認はとらなくてはならないので尋ねていることが、義久にもわかった。


 結局吹雪が車に乗った映像だけで、その後の手がかりは見つからないまま、数日が過ぎた。


『吹雪を見つけた』


 ある日、幼馴染で親友の秋野香が電話でそう告げた際、義久は歓喜を覚えたが、すぐに歓喜は絶望と嘆きに変わった。

 香に指定されたサイトに、吹雪が映っていると言われ、香から教わったIDとパスワードを入力して覗いてみると、そこは裏通りの組織が運営するサイトだった。高い金をまきあげて残虐ショーを配信するという、悪趣味極まりないサイトであったため、不安と疑念に駆られる。


「何でお前、こんなサイトを知っているんだ?」

『警察じゃあてにならないから、裏通りの始末屋に頼んで探してもらったんだよ。そしたらこのサイトを教えてくれた』


 覇気の無い、淡々とした声で答える香。


『『猛獣と娘』というタイトルを開いてみろ』


 香の指定に従い、タイトルを探しあてた時点でサムネイル画像に吹雪の顔が映っていたのを見て驚き、さらなる不安に駆られる。

 正直この時点で、吹雪が殺される映像なのだろうとかなり予想がついていた。だがそれを信じたくないという気持ちの方が強く働き、祈るような想いでサムネイルをクリックする。


 動画の中でいきなり素っ裸の吹雪の姿が映る。それだけで義久は眩暈がしそうになる。

 吹雪がいるのは、床がすり鉢状になった円形の部屋だった。いや、部屋というより広間だ。動画が進むとすり鉢の上は壁で囲まれ、さらにその壁の上には仮面を被った老若男女が椅子に座り、すり鉢の下の吹雪をニヤニヤ笑いながら、見下ろしている。


 壁の扉が開き、狼が三匹現れる。観客達が拍手と声援を送る。

 狼を見て脅える吹雪。妹のこんな表情自体、義久は始めて見る。

 狼達はその吹雪に向かって迷う事無く向かっていき、最初の一匹が吹雪の足に噛み付いて転倒させ、次の一匹が吹雪の首に噛み付き、血が噴水のようにほとばしった。


 義久はそれ以上見ることができなくて、動画を閉じた。


『見たか? そういうことだ』

「わかんねーよ……どういうことか……」


 掠れ声で呻く義久。


『吹雪は裏通りの組織に殺された。人を殺してみせることを娯楽化して、商売している組織にだ。つまり、そういうことだ』


 全く感情のこもっていない声で、香が解説した。香が吹雪に惚れていたのは義久も知っていたので、これを見て感覚がおかしくなってしまったのだろうと、義久は後で判断した。


 義久はこの映像を親にも見せ、警察にも見せた。

 だが警察は組織を突き止めようとしてくれなかった。会員制のサイトをわざわざこしらえ、スナッフ映像を流しているような組織が実在するというのに、一切何もしてくれていないのが、高田家の者にも伝わった。


 その後、義久は独力でいろいろと調べ上げ、ホルマリン漬け大統領という組織に顧客が政界財界の大物が多いために、圧力をかけられて警察も干渉しにくいという事を知る。


 大学時代、ラクビー部の先輩が新聞記者になるということを聞き、義久も記者になる事を決めた。警察があてにならないのなら、自分が力を身につけて、吹雪を殺した組織の悪を暴き、吹雪の仇をとるために。

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