第十四章 18

「待ちなよ、真兄」


 一方みどりは、部屋を出る真の後を追い、廊下で真の手を掴んで止める。純子も後を追ってきている。


「僕、何か間違ったこと言ったか?」

「いんや、真兄が朽ちにしたことも一応は正論だよぉ? でもさ~、だからこそ悪いんだよぉ~。真兄はもう少し気遣いできる奴だと思ってたんだけどなあ。今のはさァ、正論吐くことが必ずしもいいってこたーないという場面の、見本だったねぇ~」


 みどりの言葉を聞いて、ようやく真も理解できた。同時に怒りも冷める。


「あのさー、真君。余計なこと言った私が発端なのかもしれないけどさー。たまたま関わった人だけを助けるって形で、別にいいんじゃない? それを偽善と考えるのもどうかと思うよー? だったらその目の前にいた可哀想な人を、『君だけ助けるのは偽善だから』っていう理由で助けないのー? その方がずっとおかしいんじゃないかなー?」

「何でお前、さっきと逆のこと言ってるんだよ」


 純子の発言に少し苛立つ真。


「私も真君と似たような疑問を抱いてたけど、まあ冷静に考えれば、たとえ美香ちゃんのクローンだけに限定しても、全部見つけてきて救い出すってのも、しんどい話だなーと思って、すぐに考えを改めたんだよ」

「ころころと考えを変える奴は信用できないものじゃないか?」

「『ブレない自分がカッコイイ』みたいなノリで、同じ考えに固執して頭カチンコチンになるくらいなら、信用無くしてでも、フレキシブルな思考でいきたいものだと、私も思うけどなあ。あ、これ、私から教育的なニュアンスも込めた台詞ね」


 納得する真であったが、何となく癪で、返事もせず相槌もうたなかった。


「つーかあそこまで責めるのがよくわからんのだけど、真兄は何か美香姉の行い、気に入らない部分があったの?」


 みどりが問う。真と精神が直結しているので、直接テレパシーで聞いてもいいが、ここには純子もいるし、口に出して話しあった方がいいと思った。


「僕の言うこと正論だと認めているのに、わからないのか? 何とも思わないのか? 美香は三木谷の家に何人もいたクローンの中から、自分のクローンだけを特別扱いして連れてきたんだ。あの場にいた他のクローンはどうする? さっきは僕も拡大しすぎて、作られたクローン全部とどうこう言ってしまったし、それは言いすぎだとも今は思うけどさ。せめてあの場にいた奴等は助けていいと思うぞ。それなのに美香は、他に目もくれず、自分のクローンだけ連れてきたんだ。他のクローンがあの時どんな気持ちでいたか、気が回らないのか?」

「ああ……そういうことか。ごめん、真兄。あたしもそこまで読んでなかったよ」


 軽く頭を下げるみどり。


「まあ僕も言葉足らずだったうえに、余計なことも口にして悪かった。謝ってくる」

「それには及ばん。聞いていた」


 真が言った直後、美香が部屋の中から現れて静かに告げた。


「すまなかった」

 真が深く頭を下げる。


「いや……私も言い過ぎた。悪かった。それに真の言うとおりだ。高田さんにも今指摘された。私は自分のクローンばかり見ていた。嫌いになったというのも嘘だ。嫌いになれるわけがない。いや、そういう話じゃなくて……。ああ……もうどうでもいい。流してくれ」


 謝罪から変な方向へと脱線していく美香。


「最近僕は格好悪いな……。こないだのタクシーの中といい」

「タクシー?」


 真の言葉を尋ね返す美香。


「ここ最近の僕は、おかしなことを言って、人の神経逆撫でにしてばかりいるらしいって話だ」


 そう言って真は美香の横をすり抜けて、いちはやく部屋へと戻る。みどり、純子、美香もそれに続く形で部屋に戻った。


「あの……私のたメに喧嘩しなイデくだサイ。私が迷惑なラ、出て行きマスカラ」


 クローン美香が今にも泣きそうな表情で、おどおどしながら言う。


(美香ちゃんは絶対作らない表情だねー)

 それを見ておかしく感じ、小さく笑う純子。


「出て行くことなど許さん! この先、お前の面倒は私がみると決めた!」

「は、はイっ」


 美香に一喝され、ますます泣き顔になるクローン美香。


「『恐怖の大王後援会』に頼んで、他のクローン達もここに連れてきてもらおう。純子、よろしく頼む」


 美香が純子の方を見て頼む。


「わかった。今回は空気に免じてタダで面倒みてあげるよー」

「美香にでも真にでもなく、空気に免じてかーいっ」


 義久が突っこむ。


「だって面倒だろうと、明らかに断れそうに無い空気なんだもん」


 軽く肩をすくめ、微苦笑をこぼす純子。


「クローン達は警察が保護している。僕が芦屋に連絡して事情を話したからな。ここに連れてくるように連絡するなら、恐怖の大王後援会ではなく、そっちだな」

 真が言った。


「気を回してくれてたのか! そうとも知らずに私は君を罵って……!」


 つい今しがた真に向かってキレたことを、美香は猛烈に恥じ入る。


「真、私を一発殴れ! 少し愚かな自分に制裁を与えたい!」

「メロスかよ」

「顔面グーパンチでもいいのか? 鼻っ柱が折れるくらいのキツい奴で」


 美香の言葉に義久が突っこみ、真は本気とも冗談ともつかぬ台詞を口にする。


「構わん! やれ!」

 真を真っ直ぐ見据えて言い放つ美香。


「いや、構わなくないから。真、やめろよ?」

「オリジナルにヒドイことしナイでくだサイ」

「冗談に決まってるだろ」


 義久とクローン美香が制止するが、真が感情を交えない声で言った。


「冗談言ってるような雰囲気に感じないんだよなあ。喋り方をもっとそれらしくしないとさ」

 と、義久。


「私はできるだけ今後も売られたクローンを助けていきたい。自分の力が及ぶ限り」


 叫ぶような喋りではなく、しかしそれでも十分に強い決意を込めた声で、美香が宣言する。


「助けてきたクローンは、純子……頼む!」

 体ごと純子の方を向き、美香は深々と頭を下げる。


「空気に負けて頑張るよー」

「実験台にするルールも、空気には勝てないか」


 淡々とした口調で軽く皮肉る真。


「まあ、一応打算もあるんだけどねー。美香ちゃんが連れてきたクローンの中には、実験台になることを志願して、力を欲しがる子も出てくるかもしれないっていう期待の打算ね」


 そう言ってにっこりと笑う純子。

 それに関しては、美香は止めるつもりは無い。自身も望んで純子から力を手に入れたのだから。


(僕が余計なことを言ったせいで、僕の望まない展開に、こいつはこぎつけてしまったのか)


 一方で、純子が人体実験をする事をもやめさせたいと常々思っている真は、それを聞いて不服を覚えていた。


(全く計算高いというか……。まあ、僕の考えが足りなかったのもあるが、他に選択肢も無いな)


 助けたクローンは、寿命を延ばすためにはどうしてもここに連れてくるしかない。そもそも純子の言葉も希望的観測によるものだから、深く考えることではないと、真は思った。


「でも一応警察にも詳しい内容を話して、相談した方がよさそうだねー、この件は。改造手術で助けるのはともかくとして、その後の扱いだってあるしさー」

「この子は私が保護すると決めたが、他の面倒は正直勘弁してほしいしな!」


 純子の言葉に乗る形で美香はきっぱりと言うと、義久を見上げた。


「本当に報道の正義とやらをあんたが信じているなら、この事実を是非暴露して世に知らしめてくれ! 命を、心を弄んだ輩を全て突き止めて明るみにしてくれ! ペンの力とやらを見せてくれ! 消えていったクローンの命に報いるためにも! 今まさに進行形で弄ばれているクローンを救い出すためにも!」


 懇願するような痛切な口調で訴える美香に、義久は胸を打たれる。


「君は本当に熱いんだな。オッケーだ。お兄さん頑張っちゃうよー。俺も熱いのは大好きだからな」


 にやりと笑い、ドンと強く胸を叩く義久。


「ペンの力ってのは心の力だからな。心を動かす力だ。今こそそいつを証明してやるさ」

「あんたも十分熱い! 頼むぞ! そして頼るぞ!」


 美香が義久に向かって笑顔で手を差し出し、義久はその手を握り締めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る