第十四章 20

 警察をも封じることができるほどの力を持つ組織にも、ペンの力なら対抗できるかもしれないと考えて、新聞社に入社した昔の自分は、相当愚かだったと今になって思う。

 そこまでの力を持つ組織に、表通りの新聞社程度がどうこうできるわけがない。それどころか裏通りそのものを扱う記事すらも、中々書かせてもらえなかったくらいだ。ゴシップ誌の方が余程頑張っていた。


 だが今や、義久はその組織を脅かす立場となっている。脅かし、打撃になるほどのペンの力を振るっている。フリーな立場になった今になって、それが可能となっているというのは、何とも滑稽かつ痛快な話だと、義久はほくそ笑む。


 昨日三木谷邸で収めた映像の編集と、記事の執筆はほぼ完了した。後は美香とクローン美香のインタビュー待ちだ。

 朝、美香に連絡してインタビューの旨を伝えた所、二つ返事で快諾され、雪岡研究所に来る運びになった。


「来たぞ!」

「こンにちは」


 昼食を取り終えた辺りで、気合いたっぷりの美香と、昨日よりは幾分か落ち着いた感じのクローン美香が、雪岡研究所を訪れた。


「声が小さい! 挨拶は元気よくだ!」

「こンにちはあっ!」


 オリジナルにやり直しを要求され、慌てて大声で挨拶する美香クローン。


「覚悟はいいか!?」

「はいっ!」


 気合いを入れて叫びあう同じ顔の二人。しかし同じ作りの顔でも、表情の作り方はやはり全然違う。性格の違いがよく出ているので、見分け方は簡単だ。

 インタビューは和室にて行われることとなった。今回は純子、真、みどり、蔵といういつもの四名に加え、食事の際以外は義久の前に顔を出さない累も、興味を覚えて見物しにきていた。


「じゃあ、始めるよー。カメラ回すよー」

「笑顔でダブルピースだ!」

「はいっ!」


 美香に促され、緊張を押し殺しきれないまま精一杯の作り笑いを浮かべ、ピースする美香クローン。美香も営業用スマイルでピースしている。


「いや、そういうのはいいから……」

「何故だ!? 出だしでこれの方が絶対にインパクトあるぞ!」


 カメラを回しかけて止める義久に、美香が抗議する。


「真面目なインタビューにしたいから、そういうノリはやめて」

「そのつもりなら先に言え!」


 かなり誤解していた美香が、恥ずかしげに叫ぶ。


「な? 僕の言った通りだろう。本人は頑なにアイドル否定しているけど、ああいうノリからして立派にアイドルだ」

「確かにな。染み付いている感はある」

「聞こえてるぞ!」


 義久の後方で喋る真と蔵に、美香が怒鳴る。


「では改めてカメラ回すよ……。まず、御自身のクローンを見た時、月那さんはどう思われましたか?」

「あんびりーばぼーっ! だったな!」


 美香の答えを聞いて、真面目にやりたりと言った自分の言葉を聞いてなかったのだろうかと、義久は頭が痛くなったが、美香は完全に真顔であるし、こういうキャラだから仕方ないと自分に言い聞かせ、続行する。


「えっとクローンさんの方は、オリジナルと出会って、どう思われましたか?」

「十三号と呼ンでくだサイ。私はトテもショックでしタ。おリじナルにはとても憧れていまシタし、そのこぴーでシかなイ、奴隷の私の姿がオリじナルに見ラレたということが、とテもとテも恥ずかシかったデス。惨めな気分でイッパイでした」


 うつむき加減になり、辛そうな面持ちで語るクローン美香改め美香十三号。


「でも今はオリジナルの月那さんと、共にいるのですよね? それに対して抵抗はありませんか?」

「テーコー? どウいうことでしょうか?」


 顔を上げ、きょとんとした顔で義久を見る十三号。それを聞いて、教育も最低限しか受けていないという話を義久は思い出した。


「つまり、今オリジナルと一緒にいて、嫌だなーとか、居心地が悪いなーとか、そんな風には思いませんか?」


 言葉を選んで義久が尋ねると、十三号は顔色を変えた。


「思うワケがないデス! 昨夜は夜遅くまでいッぱイイっぱい沢山沢山お喋リしました! これかラいろンナなこと教えてヤるって、喋ル時の発音も直してやるって、歌も教エてやルって、そノうち絶対一緒にライブで歌おウって、オりジナる美香様は私に言っテくれまシタ! 生まレてきて一番楽シい日でシタ! 夜寝る時はオリじナルが私をぎゅっと抱きしメてくレて……」

「こら馬鹿やめろ! それ以上言うな! 言っていいことと悪いことの区別はつけろ!」

「ご、ごめンなサイ……」


 狼狽して必死の形相で制止をかける美香に、十三号はしゅんとして謝罪する。


「今のは当然オフレコだからな!」

「いや、流すよ。今のは絶対流そう。恥ずかしがっちゃ駄目だ」


 義久はカメラを止め、美香の要求を強い口調でつっぱねる。


「ぐぬぬぬ……わかった! 続けろ!」


 釈然としない面持ちで美香は唸る。


「三木谷稔氏の元で奴隷だった時は、君含めてクローン達はどんな扱いを受けていました?」


 聞くのが酷な質問であることは義久もわかっているが、これだけは絶対に避けて通れない。


「私も含メて、皆よく怒鳴ラレ、殴ラレていまシタ。スクらっプにされてシマッた子も多いデス。私の前ニも何人かツクナミカクローンはいまシタが、スクラッぷにさレたソウデス。オリジナるが私の前ニ現レた時、クローンだと思いまシタ。そして、私もモうイラナイ子としてスクらップにさレルのかト思いマシタ」


 十三号の話を聞いて、美香は心臓が締め付けられる思いを味わう。十三号は己の死を予感しながら、美香に向かってあのような台詞を吐いたのかと考える。


「死ぬことに常に脅えていた? それとも諦めていた?」

 義久がなおも問う。


「両方ありまシタ」

 小さく微笑み、十三号は答える。


「私達クローンは長生きできナイ、人権もナイ、人に劣る家畜ダト、繰り返し繰り返し御主人様には言ワレテいまシタから、私達もそれを受けイレて、諦メテいた感じです」

「それに関しては大丈夫だ! ここにいる純子が何とかしてくれる! 全てのクローンの寿命も延ばしてくれる! そう約束してくれたからな! なあ純子!」

「あ、はい」


 美香が口を挟んできたうえに、純子に話を振る。義久がカメラを純子の方に向けると、カメラの中で純子は曖昧な笑みを浮かべながら、か細い声で返事をする。


(カメラの前で確約させるわけか。やるな、美香。高田もだが)

 そのやりとりを見て、感心する真。


「そんなわけで、私は売られたクローンも救助に行く! 買い取った人間は首を洗って待っていろ! 今のうちに解放して私に預けた方が身のためだぞ!」

(あ、やっぱ駄目だ、こいつ……)


 カメラに向かって指差して意気揚々と宣言する美香に、真は心底呆れた。


「ふわぁぁ……美香姉……。それを宣言しちゃったらさ、今クローン囲っている客はどうすると思う? クローンの隠滅を図る可能性大だよぉ~?」

「何だと!? カットカーット! 今のは無し! 断じて今の所は放送不許可!」


 みどりの指摘を受け、美香は慌ててカメラの前で両手をバツの字にする。


「わかったよ……。もう少し発言は気をつけて」

 溜息をつく義久。


「このインタビューを流した時点で……証拠隠滅を図る人、出るんじゃないですか……?」

 累が口を開く。


「累の言うとおりだ。客が買い取ったクローンの回収もしたいなら、このインタビューを流すのと同時に、その手も考えた方がいい」

 蔵が累に同意し、忠告する。


「それなら私にいい案があるよー。顧客リストも手に入れたうえで、クローンは必ず回収するから、それまでの間にクローンを大事に扱って保管しておかない人は殺すって脅しとけばいいんだよー」

「あばばばば、流石は純姉だわ。悪知恵働かせたら右に出る奴ぁいないよね~」


 純子の提案を聞いて、奇怪な声をあげておかしそうに笑うみどり。


「力で脅迫か。まあそれが一番手っ取り早い気もするけど。三木谷のようにすでに殺害している客はどうするんだって話だ」

 と、義久。


「それは不問でいいんじゃなーい? ていうかさあ、せっかく大金はたいて、予約に時間もかけて買ったクローンを、苛立ち紛れに殺しちゃう人って、そうそういないと思うんだよねー。昨日訪問した人が特別ひどかったレアケースなんじゃないかなあ?」

「言われてみればそうだな! よし! 純子の言った路線でいこう! もう一度宣言するからカメラを回してくれ!」


 純子の意見に納得し、美香が義久を促す。


「はいはい」


 笑いながらカメラを回す義久。今後どうするかは、美香に聞きたかった質問の一つであったが、先に美香の方から言われて手間が省ける形となった。

 その後もインタビューは続いたが、当たり障りの内容で終わったので、編集としては、美香が今後クローン達を救っていく宣言と、客への警告の部分をラストに持っていこうと、義久は決めた。最後にその部分があった方が、しまりがいい。


「お疲れ様、二人共」


 義久がカメラをしまい、美香と十三号にねぎらいの言葉をかける。


「美香姉、たとえ裏通りへの公表でも、今のインタビューは美香姉が築いてきた地位も揺るがしかねないってこと、わかってるんだよねえ?」

「無論!」


 みどりの確認に、美香は胸を張って答えた。


「これまでの月那美香が揺らいでも、崩れることはない! いや、崩れたとしても、新しい月那美香を生めばいい! それだけの話だ! 十三号と共にな!」


 力強い口調で言い放つと、美香は十三号の手の甲を握り締める。十三号は戸惑いと悦びが混じったような顔で、美香を見ていた。


(その姿勢と決意、俺は素直に尊敬するよ)


 美香のような熱いノリは義久の好む所だった。美香ほどストレートではないが、義久も今まで情熱と信念を支えに生きてきたという自負がある。


 その後、義久はインタビューの編集も行ったうえで、昨日の三木谷邸の映像と、インタビューの映像、そして義久自身が執筆した記事を、鞭打ち症梟のサイトへと送った。


「明日は、クローンの調教施設に潜入したい」

 夕食時、雪岡研究所の面々を前にして、義久は言った。


「できれば夜がいいな」

「何でだ?」


 真の言葉に、義久は疑問をぶつける。


「ホルマリン漬け大統領のクローン関連の施設はねー、昨日からずっと厳重警戒態勢にあると思うんだよー。それは明日も変わらないだろうけど、時間が経てば経つほど、警戒も緩んでいくし、夜の方が潜入しやすいからねー」


 真に代わって純子が答える。


「むー、昼に潜入して、調教の様子とか見たかったけどな」


 夜にもやっているかもしれないが、やはり高確率で昼の方が当たりだと義久は思う。しかし真や純子が夜の方がいいと言うのだから、合わせるしかない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る