第十三章 27
純子はミサゴの亜空間トンネルの中でアンジェリーナを拘束し、どこからか見つけてきた台車の上に乗せて、片腕のミサゴの体でも人間を運びやすくするよう配慮したうえで、通常空間へと戻り、ミサゴと別れた。
自室へと戻る最中、真と亜希子の二人と合流する。
「アンジェリーナさんはげっとしたよー。あとはジェフリー君だねー」
「ジェフリーとエリックは死んだそうだ。十夜と岸部が斃したそうだ」
笑顔で告げる純子に向かって、心なしか浮かない顔で真が言う。
「ライバルが知らない所で死んだのは寂しい?」
真の肩に手を置いて、慰めるように声をかける純子。
「まあな。腐れ外道のジェフリーはともかく、エリックはな……。何度もやりあった仲だし、いい勝負もしたし、危なかったこともある。あいつと何度もじゃれあったおかげで、僕自身の近接戦闘の技術も向上した。僕の手で引導を渡してやりたかったが。しかしよく十夜達はあいつらを倒せたもんだ」
いつも愛想よく朗らかで猫の鳴き声をあげていたエリックのことを思い浮かべ、真は心の中でそっと黙祷を捧げる。
(やっぱりそうだな。ダチみたいなもんだったんだな。何度も遊んで、互いに気心知れた仲だったわけだから)
そんなことを考えながら、珍しく他者の死に感傷的になっていることを意識し、気恥ずかしさを覚える。
「じゃあ、海上保安庁の船も来てることだし、あとは脱出するだけかなー。助けた人は黒斗君に任せればいいし」
そう言って純子が先頭を切って歩き出す。
「ん? もう船旅終わりなの?」
亜希子が残念そうな顔で尋ねる。
「優雅で刺激的な船旅は終わりだけど、別の船に乗り換えて、陸に向かう船旅がまだ残ってるよー」
「いずれにしても終わりなのよね。もうちょっと楽しみたかったのに。ホエールウォッチングもできなかったし、せめてその後で救助作戦とかすればよかったんじゃない?」
「そうすると、捕まってた人が別の船に移されちゃって、面倒なことになる可能性もあったからさー」
意見する亜希子に、純子が答える。
「その別の船に移す時を狙って襲撃すれば、全員一度に助けられたんじゃないか? この船の中でばらばらに捕らわれているのを、こっちも分散して救助よりいいと思うんだが」
真が疑問を口にする。
「どうかなあ。別の船に援軍もいることを考えると、厳しくなる可能性もあったし、なるべく早いうちに、この船の中で先に済ましておく方が、安全だったと私は思うよー」
などと会話を交わしながら三人は甲板に出る。他の客の多くもすでに甲板に出ていて、二列に並んで海上保安庁の船に少しずつ移っている。
「あ、零がいた」
列に並ばずに一人離れた所で立っている零を発見し、亜希子が指差す。
「あなた、どこで何してたの?」
亜希子が近づいて問う。
「特に何もしてない」
零の言葉に嘘は無かった。船の中でくつろいでいたら、勝手に話が進んで終わっていた。
「零も参加すればよかったのに。暇じゃなかったの?」
「そうなると人殺しもしなくてはならなくなる。俺の本職は殺し屋だが、誰かに依頼されたわけでもない。お前の御目付け役は、あいつとのしがらみで仕方なくやっている事だ。仕事以外で人殺しなんてしたくないんだよ」
若干顔をしかめて答える零。今の言葉にも嘘は無い。
零は純子の改造後に裏通りに堕ちてから、女性専門の殺し屋になった。
無益な殺生は好まないのは本当だし、女性が憎いわけでもない。
零は女が死ぬ瞬間に悪を見出している。女とは守られるべきものであり守るべきものであり、弱きものであり美しきものでありときめくものであるという強い思い込みがあり、その命が人の手によって消えるという事は最大の悪と見なしている。
だからこそその悪をあえて背負う。恋人を守れなかった過去があるが故、死んだ恋人への償いのために、逆に女を殺すようになった。あくまで仕事という線引きによる免罪符を得たうえでの殺しということで、罪悪感を紛らわせている。
正直な所、零は自分でも何をやっているのかわからない。どうしてそうなってしまったのかもわからない。己が決めた道を進んでいるいつもりで、おかしな迷路に迷い込んでしまったような感覚さえある。
「仕事もいっそやめたらどうだ?」
少し遅れてやってきた真が、冷たい声で言った。真は零の仕事も知っていたし、零の葛藤すらも見抜いていた。
「余計なお世話だ」
真を一瞥し、不快そうに吐き捨てる零。
真はそれ以上構わず、列に並びに行く。その横に純子が並んだのを見て、零はますます不快な気分になる。
「ほら、零も並ぼうよ。私達のこと待っていてくれたんでしょ?」
零の腕を取って無理矢理列へと連れて行く亜希子。零は拒みこそしなかったが、渋面になってそっぽを向きながら歩く。
四人は船に乗り込み、敷布が敷かれた床の上に、他の乗客達と共に腰を下ろしてくつろぐ。
お茶や弁当などもちゃんと予め用意され、配当があった。黒斗の手配により、ドリーム・ポーパス号が出航する前から、船客全員の救助も予め念頭に入れ、準備してあったようだ。
「あの大きなオカマ刑事は、純子が爆発騒ぎ起こすことも予想していたのかな?」
亜希子が純子の方を向いて尋ねる。
「いやー……そこまでは考えてなくても、あの船にそのまま乗せておくわけにもいかなかったでしょー。船員もグリムペニスの手にかかっているし、いざとなったらヤケを起こして、乗客道連れで船を沈没とかもしかねないしさー。たとえそんなことしなくても、証拠品の押収のために警察が船の調査とかもするだろうしねえ」
純子がそこまで喋った所で、凜と晃が純子達の元に訪れる。
(うわー、この人すごい。真っ黒い剣みたいなのがいっぱい見える。黒い逆さの十字架っぽいのも見えるし、何か凄く素敵)
凜を見上げて目を凝らし、そのオーラをヴィジョン化して見て、亜希子は感嘆の吐息を漏らしていた。
***
晃と凜との会話の後、真は船の中をうろついていた。
乗客が乗せられているのは一つの部屋だけではない。他の部屋にもかなりの数の乗客がいると聞いて、ある人物を探していた。
(複数の船に保護されたっていうから、この船ではないかもしれないけど)
そう思いながらも、乗客の乗っている全ての部屋を巡り、最後の部屋で目当ての人物を発見する。
「あ、相沢真。さっきはどうも。何だか恥ずかしい助けられ方しちゃったよね。変な意識とかしてない? 何かすごく意識しちゃう」
他の乗客同様に、敷布の上に座っていた正美が顔を上げ、声をかけてくる。
他の客の前では話しにくいので、人差し指を動かしてこちらにくるように真が促すと、正美は素直に従い、二人して狭い廊下に出る。
「感謝しているのなら、僕のしたことは誰にも言わないでくれ。特に雪岡には」
「はー? 意味がわかりませーん。あ、わかった。突然わかっちゃった。きっとあれだよ、純子と喧嘩中なんだよ。だからさっきのことを純子に知られると、余計に誤解されちゃうわけだ。これはきっと図星。私の中の煌く閃きだから、間違いないよね?」
「ずっと喧嘩中というか、僕は必ずしもあいつの味方をしているわけじゃない。あいつのやることに反感を抱くことも多い」
またこの説明かと、面倒に思う真。
「だからあいつに手の内を見せたくない。お前相手だとまともに戦っても勝てないから、奥の手を出したけどな」
「わかったよ。うん、私にはわかる。純子ってマッドサイエンティストだから、ちょっと悪い子だってずっと思ってたし、それを改心させてようとしているんでしょ? どう? 当たってるよね?」
突然図星を突かれて、真は驚きを禁じえなかった。まさかよりによって正美が、瞬時にそれを見抜くとは思ってもみなかった。
「あなた基本的にいい子っぽいしね。何で純子と組んでいるのかわけわかんないって、ずっと思ってたけどさ。私のことだってさっき助けてくれたしー、絶対いい子、超いい子だよ。うん、私が決めた。いい子いい子」
「助けたのは、お前に貸しを作っておきたいという打算もあった。味方にすれば心強いしな」
照れ隠しではなく、本当にそのつもりで助けた面もある。
「ていうかー、それなら仕事として依頼していくれるのが一番ありがたいし、私も心から頑張れるし輝けるんだけど、タダ働きしなくちゃいけないほど貧乏なわけ?」
「そういうわけじゃないけど、時として仕事を超越して何か頼みたいということだって、あるじゃないか」
自分でもよくわからないことを言っていると真は思ったが、上手い伝え方がわからない。
「わかる。それすごくわかる。なるほど、最初からそう言われれば納得できたのに。あるいは、御縁を作っておくって感じだよね? でもそれ言うのが恥ずかしかったとか? テレ屋さんなのはわかったけど、ちょっと君、回りくどくなーい?」
しかしちゃんと伝わったようで、正美は納得していた。同時に、それで伝わったという事実に、真は釈然としない部分もあった。
(まあいい。利用できるものはなるべく利用していく。得られる力はできるだけ取っておく。だが何でもいいというわけでもない。僕の美学の許す範疇内で、だ)
声に出さずに決意する真。目的のために手段を選ばずに――とまではいかない。節操無く何でもするような真似をする事は許せない。自分の許容できるラインは守らなくてはならない。
***
真が正美を廊下へ呼び出していた時、黒斗も純子を廊下へと呼び出していた。
「確かに真は随分と成長したさ。でも納得いかない。今回の鳥山正美に勝ったこと。それに何より、あの谷口陸を倒した事がね」
前置きはほとんど無しに、黒斗はいきなり本題から入る。
「谷口陸は警察の精鋭も裏通りの腕自慢も、尽く斃してきた。流石に俺には及ばんが、逆に言えば俺以外ならほぼ無敵なほどの強者だった。その俺にもどうしても捕まえられなかったしね。少なくとも真ではどうやっても勝てないくらい、両者に絶対的な力の差があったはずだ」
「私が真君に何かしたとでも言いたいのかなあ?」
真剣な面持ちで語る黒斗に対し、困ったような顔で純子が問う。
「それは真が許さないから有り得ないだろう。つまり俺が言いたいことはさ、真はどこかで何か得体の知れない力を身に着けたんじゃないかってことだよ? 純子は心当たりないのか?」
「んー……私の知らない所で何かしている可能性はもちろんあるけど、そこまで把握していないし、管理も監視もする気はないからさあ」
軽く肩をすくめて言う純子を見て、黒斗は眉をひそめる。
「あいつはさ、日頃から純子の改造手術も否定的だったし、超常の力に対しても否定的だったが、あれらは全部フェイクなんじゃないか? 口先では自分で鍛えた脳筋パワーしか認めないと言う一方で、実はちゃっかり超常の力を身につけておいて、それを隠しておくって感じでさ」
黒斗の疑念に、純子は微笑を浮かべる。
「それなら私、ずっとそう思ってたよー。すごくわかりやすいじゃなーい。大体冷静に考えて、私をいつか徹底的に打ち負かして改心させるっていうのなら、手段なんて選んでいられないし、真君だってそれがわからないはずないよ」
「そうかあ……? あいつは手段選ばず何でもするって奴でもないだろ。ある意味純子と同じで、自分のルール――いや、越えちゃいけないラインを自分で定めて、そこは決して跨がない奴だったろう。でも俺は、あいつがそれを跨いでしまったんじゃないかと心配なんだ」
「なるほどねー。言いたいことはわかったよー。確かに真君は、目的のために手段を選ばないというほどではないね。でも、今黒斗君が言ったように、超常の力に否定する言動が最初からフェイクで、こっそり力を得るくらいのことはすると思うけどなあ。で、私は真君が自分の身を滅ぼしかねないような、そんな力を得るとは思わないし、その辺は信じてるよー」
最後の台詞と共に、純子は満面にいつもの屈託の無い笑みを広げてみせた。
純子の言葉を聞いて、黒斗はこれ以上言うこともないと判断する一方、真に対しての警戒も解かない方がいいとも思った。
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