第十三章 21

 隙を見せるのは一瞬に留めるつもりの真であったが、その一瞬を見事についての蹴撃を受け、真の小さな体が大きく横に揺らぐ。


 そこへ正美の攻撃が続けて放たれる。また銛による突き。

 体勢を崩した所を狙ったが、真は正美の蹴りの衝撃に合わせて、床を蹴る。

 蹴りの衝撃を跳躍に乗せて大きく横に跳び、正美の銛をかわす。少し両者の距離が開く。


(へー、やるじゃん)


 真のその回避の仕方を見て、正美は感心しながら自らも軽く跳んで真に迫り、さらに銛で突く。


 際どい所で銛をかわしながら、真は鋼線を銛に絡める試みを行う。

 銛は細いうえに、突いた直後すぐに引かれるので、相当タイミングがシビアであったが、うまいこと切っ先に引っかかった。


「んん?」


 鋼線をひっかけられた事には気がついていなかったが、手にした銛に異質な感触を覚える正美。


 正美が警戒しつつさらに銛で突く。真は後方に跳んでかわしながら、正美が銛を引くタイミングに合わせて、思いっきり手を引いた。


 鋼線に手繰り寄せられ、正美の銛が前方に引きずられる。それに合わせて正美の体も前のめりにつんのめる。

 正美に生じた隙。真の狙い通りにハマったが、正美の警戒もあって、致命的な隙には至らなかった。


 真が至近距離で銃を二発撃つ。一発が正美の脇腹をえぐり、血が滲む。

 正美は銃撃の衝撃にもほとんどひるまず、真との間合いを詰め、真の銃を持っていない腕めがけて蹴りを放った。すでに鋼線の存在は見抜いていた。


 真の腕を蹴り上げた直後、正美は銛に絡まっていた鋼線が緩んだのを確認し、銛を素早く引いて鋼線を外す。

 真がさらに後方へと跳び、距離を取る。


「へー、意外。結構近接戦闘もできるんだ。見直しちゃったよ」

「何で意外だと思うんだ」


 負傷をものともしない様子で喋る正美に、真は言い返した。


 近接戦闘に関しては、エリックとの数度による戦いで鍛えられた部分が大きい。もちろん日頃の訓練の成果もあるが、その際もエリックを意識することが多かった。もっとも最近ではエリックではなく、バイパーやみどりを仮想敵として意識する事も多いが。


(こないだ会った時より反応速度マジ凄くなってるじゃん。死に物狂いで特訓し続けたっぽいね。感心しちゃう)


 真の一連の動きを見て、正美は自然と笑みがこぼれる。


(ここまでか。みどり、実験の相手としてはうってつけだ。今度こそやるぞ)


 一方真は、正美を見据えたまま、声に出さずに頭の中で呼びかける。


(オッケイ、真兄)


 声無き声と共に、みどりの不敵な笑顔が真の脳裏によぎった。


***


 亜希子は小太刀を腰に構え、じっとジェフリーを凝視していた。


「ああん? 怒っているのか? そいつは」


 ジェフリーはまた小太刀に視線を落として、奇妙なことを口走る。


「どうやらそいつ、俺の本質を見抜いているみたいだ。そして怒っている。ああ……でもこの怒りは……近親憎悪に近いものか?」


 ジェフリーが何を言っているのか、亜希子にはちんぷんかんぷんだったが、小太刀を握る手を通じて、小太刀に宿る火衣の感情が、亜希子にも伝わってきた。確かに怒っている。目の前に男がその怒りの元のようだ。


「俺が殺人鬼だからか? でもそれはお前も同じだろう? いや、その刀に宿った霊の話だからな? おい、刀に宿るゴーストガール。刀を通じて所有者に力を与え、一体どれだけの血を吸った? それは何のためだ? 恨み? ハッ、馬鹿馬鹿しいっ。恨みのために現世にいつまでも未練がましく留まって、みっともないったらありゃしな~い。さっさと成仏しろっての」

「成仏したくてもできないのよ」


 茶化しまくるジェフリーに対して真剣に頭にきて、火衣の名誉を守るニュアンスも込めて、亜希子は短く言い放つ。


「ふん、哀れなこった。怨霊の怨念もいつかは必ず晴れるものだが、人を殺し続けることで、その浄化を早めるなんて、業が深いにも程がある。あの世に地獄があるなら、そいつは成仏できたとしても、確実に地獄行きだぞお?」


 へらへら笑いながらからかい続けるジェフリー。


「あんた……いい加減、うるさい」


 腹を据えかねた亜希子が、短く呟き、駆け出した。

 亜希子が驚くべき速度でジェフリーに迫る。


(速いな。エリックといい勝負か?)


 ジェフリーはそれを見ても驚くことなく、冷静に対処する。


「黒き水、死を呼ぶ油、喉元から鉄の味、落ちる風景を見て楽しもう……」


 亜希子の小太刀の突きをかわしつつ、呪文を完成させる。激しい運動を行いつつも、精神集中を乱す事無く魔術を行使できるよう、訓練済みのジェフリーである。


 黒い鎌がジェフリーの手に握られる。それを見て亜希子は背筋に冷たいものが走る。途轍もなく嫌な予感。無理して攻撃しようとせず、速攻逃げた方がいいと、何かが本能に訴えてくる。


(火衣の気持ち?)


 小太刀を握り、意識する。この悪寒は、亜希子の経験からくる代物ではなく、妖刀としてこれまで幾度も戦いの場に赴いた火衣が危険を察知し、亜希子へと伝えた。


 ジェフリーが鎌を振るよりも早く、亜希子は動いていた。

 明らかにジェフリーの鎌が届かない位置まで移動した所で、ジェフリーの鎌が振り下ろされる。


 その動きに合わせて、亜希子はさらに動く。ジェフリーの鎌の柄の先と鎌が黒い液体となって宙を飛ぶ。

 亜希子がつい今までいた空間で鎌に戻って、宙を薙ぐ。


 ジェフリーが手にした柄を引くと、鎌の刃がまた黒い水のようになって、ジェフリーの手元へと戻っていき、元の刃の形へと戻る。


「何なのよォ、あれ……」


 亜希子が呻く。今のは運良くかわせたが、ジェフリーの武器の間合いが読みづらいので、あれで何度も攻撃されてかわし続けるというのは、極めて難しいように思える。


 真との戦闘訓練をまた思い出す亜希子。敵の攻撃を凌ぐ際は、横や後ろに移動したり、上体を動かして避けたりするのではなく、思い切って前方に飛び込んで避けつつ、カウンターを狙うという手も有効な局面もあることを、訓練中に知った。


(今が正にそうよね。かわす時は、ギリギリでかわして、しかも前に出てかわした方がいい。後ろに下がったらその分伸びてきそうだし)


 だがそれにはかなりシビアなタイミングが必要であるし、勇気もいる。


 油断無く身構え、ジェフリーを凝視する亜希子。敵の動きに合わせてすぐにこちらも動かないといけない。


 ジェフリーが鎌を振る。その動きと同時に亜希子も動いた。

 だがその直後、ジェフリーの動きが止まった。その口元にいやらしい笑みがこぼれている。


 こちらの意図が読まれて、フェイントをかけられたことを亜希子も理解したが、ここで止まるわけにもいかず、そのままジェフリーめがけて突っこんでいく。


 改めてジェフリーが鎌を振るう。

 それを見て亜希子は速度を速めて敵の攻撃が当たるタイミングをズラそうと試みたが、亜希子の背後に出現した刃は、亜希子の腰に突き刺さり、背中から肩口に至るまで一気に切り裂いた。


 動きを速めた効果はあった。防弾防刃仕様のゴスロリ服をいともたやすく切断し、血肉を切り裂いたものの、傷は内臓にまでは達していない。深刻なダメージには至っていない。

 自分の攻撃が届く範囲にまで一気に飛び込んだ亜希子は、ジェフリーの喉元めがけて小太刀を突き出さんとする。


 ジェフリーが上体をそらしてそれをかわそうとする。その動きを見て、今度は亜希子の方がほくそ笑んだ。

 喉に向かって突こうとした手を止め、そのままさらにもう一歩踏み込み、ジェフリーの下腹部めがけて小太刀を一閃させる。


「ほわっ?」


 一瞬ジェフリーは、自分が何をされたのかわからなかった。


「ノオオオオオッ!!」


 己の性器が服ごと切断され、血を撒き散らしているという事実を受け止め、ジェフリーは絶叫した。

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