第十三章 20

 純子と真の二人と別れ、亜希子は怪しいと目されている場所の一つへと向かう。


 しばらく歩いていると、廊下の床に血の痕が垂れているのが亜希子の目に留まった。

 血の量はさほど多くもない。亜希子は血痕を追うかのように、廊下を進んでいく。途中の分かれ道も、血痕が続いている方へと向かう。

 負傷者が果たして敵なのか味方なのか不明だが、味方なら助けなくてはならないだろうし、敵であればとどめを刺す好機だ。


 曲がり角をほとんど警戒せずに曲がった所で、目の前に青い炎の玉が現れるのを目の当たりにし、亜希子は慌てて曲がり角をバックして青い火球を回避した。


「火衣を握ってて良かったわ……」


 亜希子が呟く。鞘から抜かずとも、手で握ってさえいれば、火衣は亜希子に力を与えてくれる。


「あー、もう惜しい。つかよ、今のよくかわせたよなあ。わりと堂々と角曲がってきたわりにはよー」


 からかうような声がかかる。今度は警戒しながら、亜希子は曲がり角をゆっくりと進み出た。


 廊下の先にいたのは、占い師じみた格好の男――ジェフリー・アレンであった。血痕は先程の真との戦闘で、足に受けた負傷によるものだ。


「ゴスロリのイカレた格好でショート刀振り回す女の襲撃があったと報告があったが、こいつかー。何だか異様な霊気を感じるぜ」


 亜希子が手に握る小太刀の柄に視線を注ぐジェフリー。


「わりと高レベルの怨霊だなあ。しかも所有者と繋がっているとは、興味深いぜ」

「そこまでわかるの?」


 ジェフリーが自分と火衣の関係まで看破してきたことに、亜希子は少なからず驚いた。


「一応これでも、超常の領域にどっぷり頭のてっぺんまで浸かっている身なんでね。うむうむ。凄く興味があるぞ。お前を殺して、その刀は俺のものにしよう」


 そう宣言するジェフリーに、何か言い返してやりたいと思った亜希子であったが、気の利いた台詞が何も思いつかなかったので、無言で火衣を抜いて構えた。


***


 図書室の近くを通りかかったその時、真は図書室の中から銃声が響くのを確かに聞いた。

 扉を開ける。小さな図書室だが、まだここに誰もいない。人がいるのは――戦闘が行われているのは奥の書庫だ。


 書庫の扉の隙間から中を覗くと、鳥山正美と、柴谷十夜、雲塚晃の三名の姿が映る。さらには拘束された少年の姿があり、晃が亜空間の狭間からその少年を助けようとしていたが、すぐ側にいる正美に悟られてしまっている。


 真は迷わず銃を抜いて撃った。いつもの拳銃ではない。純子が真に合わせて作ったという特製のマシンピストル『じゃじゃ馬馴らし』だ。

 撃ったのとほぼ同時に、正美は動いていた。撃つ直前に正美は真の気配に反応し、入り口の方を一瞥していたのを、真は確かに見た。本棚の本の背表紙が穿たれる。


「ここは僕に任せて、お前達は行け」


 図書室へと続く入り口に立ち、銃を構えたままの格好で真が告げた。


「先輩っ!」

 晃が喜色満面になって、歓喜の声をあげる。


「あ、それでいいや。私は相沢真に足止めされしまたーって事で、言い訳が立つし。ほら、あなた達はさっさとその人助けて、早く行くべき」


 正美の予想外の台詞に、十夜と晃は戸惑っている。


「ここは僕に任せろと言った。そいつも見逃すと言っているし、好都合だ」

 正美を見据えたまま言い放つ真。


「ええっ!? 待ってよ、先輩っ。いくら先輩でもこいつはやべーよっ」

 晃が戸惑いを露わにする。


「お前、僕が負けると思ってるのか? くだらない心配してないで、やることやれ。僕を信じろ」


 いつもの淡々とした喋り方ではなく、あえて自信満々な口調で喋ることで、晃を納得させようとする真であった。


「うん、わかった。気をつけて、先輩」


 晃達はなおも心配そうであったが、それでも真の言葉に素直に従い、捕らわれていた少年を亜空間の中へと引っ張りこみ、そのまま姿を消した。


「久しぶりだな。で、どういう風の吹き回しで見逃してくれたんだ?」

 真が好奇心で尋ねる。


「今言ったでしょ。この仕事嫌だけど、仕事だから仕方なくしてるって」

「この前も似たようなこと言ってたな……。それにしても今回は露骨に仕事放棄になってるけど、いいのか? 僕に足止めされながらでも、晃の――助けようとしていた奴の行動の阻止くらい、お前なら出来たんじゃないのか?」


 正美の答えを聞いて、真は苦笑する自分を頭の中に思い浮かべつつ、さらに尋ねる。


「あのさ、君、空気読めないってよく言われない? 言われるよね? 純子と悪い所がよく似てるよ。そういうことにした方がいいって、私は思ってるの。だからそういうことにしたの。それをわざわざ突っこんでくるとか、マジ白けるんですけどー?」

「じゃあ何でそんな嫌な仕事引き受けたんだ?」

「だってこんな嫌な仕事になるなんて、引き受けてからじゃないとわからなかったし。人さらいの加担させられることになるなんて、頭にきちゃう。マジプンプンだよ」

「予めもっと仕事内容を具体的に確かめるべきだろ。何で確かめないんだよ」


 学習しない奴だと言いたかったが、そこまでは口に出さないでおく真だった。


「面倒だから。ボディーガード募集としか書かれてなかったし、私もそれで何も疑問に思わなかったし。でもこんな連中の仕事だとわかっていたら受けなかったよ。でも受けちゃったからもうどうしょうもないよね。仕事は途中で投げ出せませーん。でも頭にきちゃう。どういう組織かもちゃんと最初に知らせておいてほしい」


 こいつは絶対に説明書を読まないタイプだなと、真は思う。


「依頼者の素性さえ書かれていない仕事を受ける事が、そもそも間違ってるだろ」

「うん、私も今そう思いはじめてきた。一つ学習できた。一つ私は賢くなった。新たな輝きを得た私。てなわけで、相沢真。貴方にお願いがあるんだけど。何とかして私をやっつけて、ここに捕らわれている人達、他のも全員助けてあげてくれないかな。私はもう仕事を受けちゃったから、そうもいかないしね」


 冗談ではなく本気で言っている様子の正美の言葉に、真は何故か熱いものがこみあげてくる。


(こいつはできれば殺したくはないな。でも絶対に手加減できる相手でもない。困ったもんだ)


 頭の中で皮肉げに笑う自分を想像する真。


「大丈夫だ。助けるのはあいつらが担当している。あいつらに任せておけばいい」

「そっか。よかった。じゃあこれで安心してあなたをぶちのめせるよね。倒してくれなんてお願いして損しちゃった気分。どっちにしても、わざと負けるとか、そんなことしませんけどー」


(こっちこそ殺したくないなんて思って、損した気分だ)

 頭の中で溜息をつく真。


「あの時の僕とは違うぞ」

 嘯くものの、真の体は微かに震えている。


(こうして対峙しているだけで明らかにわかるんだ。こいつが僕よりもずっと強いって事はな)

(確かにそうみたい~。真兄、最初から実験してもいいんじゃな~い?)


 真の視点で正美を見たみどりが、真の頭の中で尋ねる。


(もう少し後でいい。まず僕とあいつの差がどれだけ縮まったか、まだどれだけ開きがあるか、確認したいしな)

(上っ等ッ。頑張れ~)


 みどりが声援をかけた直後、真から仕掛けた。マシンピストルから五発の弾丸が続けざまに吐きだされる。

 正美はそのうちの二発を銛で弾きつつ、左右に高速でステップを踏みながら、銃は用いようとせずに、真めがけて接近してくる。


(銃は火力の違いで不利と判断して、接近戦を挑みにきたのか?)


 そう勘繰りながらも、真は銃を撃つのをすぐにやめ、接近戦に備える構えを取った。


 正美は自分のアタックレンジにまで踏み込むなり、真の胸めがけて銛を突き出す。


 真は体を横にそらしてかわしながら、真の方からもカウンター気味に正美に迫り、銃把で殴りかかる。


 背が低くリーチも短い真は、肉弾戦の際は全身のバネをフルに使って、攻撃を当てにいかなくてはならない。

 正美はそれを見越していた。スウェーバックでもって、頭部を狙って振りかぶった真の攻撃をかわすと、真の全身が伸びきったタイミングを見計らい、真の胴体に思いっきり蹴りを食らわした。

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