第十三章 13
しばらくしてから、亜希子と零は各々の船室に戻ろうとしたが、純子から呼び出しがあり、純子と真が止まっている部屋へと赴いた。
(二人で同じ部屋に泊まっているのか?)
部屋で待ち受けていた純子と真と、ツインのベッドを見て、零は己がポーカーフェイスであることを意識しながら、そんな疑問を思い浮かべる。
「じゃー、今後の活動の打ち合わせするよー」
「すまんが俺は参加しないぞ。もちろん邪魔もしないよう努めるが。あくまでこいつの行動を見届けるポジションだと理解してくれ」
話を切り出す純子に、零が亜希子を親指で指して断りを入れる。
「……というわけで、この船を仕切っている組織にさらわれた人達が、この船に捕らわれていると思うので、明日から皆で手分けして探しにいくって感じね」
純子の説明を聞き終えたが、亜希子はいまいちピンとこない。
「何でその組織は人さらいなんてしているのー? それをどうして純子が助けようとしているのー? 純子は悪いマッドサイエンティストだって聞いたけど。ひょっとしてそれ、照れ隠しのためのフェイクだったのー?」
「いや、そういうわけじゃ……」
亜希子の質問にたじろぐ純子。
「組織が人さらいしている理由は私にもわからないけど、日本の外に連れ出されちゃう時点で、ろくでもない扱いしか受けないと思うよー。私が助ける理由は、そういう依頼があったってことと、この組織そのものが元々私の敵だから都合がいいっていう理由ね」
「ふーん」
純子の話を聞いて、亜希子は百合のことを考える。
(ママはこの子をすごく嫌っているぽいし、喧嘩売るつもりでいるみたいだけど、どうして嫌っているんだろうねえ。少なくとも私は純子を嫌うことできないから、ママが純子と喧嘩するのは困るなあ……)
そこまで考えて、ふと思い浮かんだ。
(純子は何のかんのいっていい子、ママは悪い人、ママは私への嫌がらせも兼ねて、予め純子と仲良くなるよう仕向けたってことじゃない? うん、そう考えると辻褄があうわ)
実際に確かめたわけではないが、そうに違いないと勝手に決める。
「私達以外にもこの救助作戦に動いている人達もいるんで、相互協力が必要な時は、なるべく助け合って動く感じでいくよー」
「その人達は純子や真の友達?」
尋ねる亜希子。
「うん、そうだよー」
「ふーん」
その純子の友人達がピンチの時に颯爽と自分が駆けつけて助け、それをきっかけに自分と仲良くなるシチュエーションを亜希子は妄想していた。
***
夜、主催者のアンジェリーナ・ハリスの挨拶があるというので、亜希子と零と純子はロビーへ向かった。真は自室で寝ているとのことだ。
ロビーは吹き抜けの二階建てとなっており、大勢の客でごった返している。
様々な店や、中に何があるかわからない施設。イルカが描かれたステンドグラス、シャンデリア、おそらくはイルカが描かれた床、吹き抜けになった二階と一階の間に設けられたステージ、何だかよくわからない変な絵、イルカと美女が戯れる彫像。
全てが眩い世界で、亜希子はその雰囲気に酔いしれ、目を輝かせていた。
どれでもいいから店の中に入ってみたいと亜希子は思い、純子に声をかけようとして振り向くが――
「あれ? 純子は?」
気がつくと純子の姿がない。
「知り合いがいたから声をかけてくると言っていたな」
零が言う。亜希子は周囲の様子に気をとられていて、全く耳に入っていなかった。
「ふーん。それってさー、純子が言ってた、救出作戦に参加する協力者ってことかな」
「おそらくな」
どんな人達が見てみたいと思って亜希子は周囲をきょろきょろと見て純子を探すが、人が多すぎてわからない。
そうこうしているうちに、アンジェリーナがステージに現れ、挨拶を始めたので、亜希子の興味はそちらへと移った。
目を凝らしてアンジェリーナを見ると、黒に近いこげ茶色の不規則に欠けた鋸の刃が、体中を覆っているかのようなヴィジョンが浮かび上がる。
亜希子の目には、凄く悪いイメージと映った。明らかにこれは自分と相性が悪いとわかるし、それ以前にろくでもない人物としか思えない。
「あれが敵のボス? 今ここでやっつけちゃうとか駄目なの?」
「人目を考えろ」
零に睨まれ、くすくすと笑う亜希子。
「冗談で言ってみただけよ。零は何でも真に受けるのね~。でも冗談のつもりだったけど、それも有りだと思わない? ここにいる人達もびっくりして楽しいと思うわ。純子達も驚くかもね」
亜希子にからかわれ、一瞬憮然とした表情になった零だが、すぐに真顔に戻る。
「警備が厳重だが、護衛はいざとなった時、客の命も構わず発砲するだろうな。そうなればツアーはここで潰れる。さらわれた者は船の中だが、誘拐の発覚を恐れて、処分されたうえに海に捨てられるという、最悪のシナリオも考えられる」
「うーん……そうなったら流石に純子にとって都合が悪い展開よねえ。ママは純子の顔が潰れたってことで喜びそうだけど。ということでえ、やっぱりやめーっ。大人しくしていましょ」
そこまで喋った所で、亜希子は見覚えのある人物が、自分の方へ向かってくるのを視界内におさめた。
「あらあら、私と純子の話題をしてましたの? とても興味がありましてよ」
いつもと同じ白ずくめの雨岸百合が、笑顔で亜希子に声をかける。傍らには斉藤白金太郎もいる。
「何よ。ママも乗ってたの……。ていうか、あの距離で私の声聞こえるとか、どんな耳してるのよ」
亜希子が百合の姿を見かけた時は、この喧騒の中ではとても声の届かない位置にいた。
「私がこの船に乗船していることは、純子には内緒にしてくださいな」
「ママは私に物凄い意地悪してくれたから、私もママに意地悪してもいいよねぇ~?」
百合の顔を覗き込み、ニヤニヤと笑いながら言う亜希子。
「どうしても明かしたいのでしたら、お好きになさい。私からすれば、できれば黙っていて欲しい程度ですので。この船でこれから何が起こるか、純子と貴女達が何をしでかすのか、見物するのか私の目的ですわ。そのうち純子に挨拶しにいても構いませんしね」
笑顔を崩すことなく言い放つ百合に、亜希子はつまらなそうな面持ちになって、百合から顔を離す。
「何をするか見物するって、いつも側にいないとできなくない?」
「おおよそ何をしているかわかれば、それでよろしくてよ。貴女達と同じ空間にいて、起こった事を側で実感する、ライブ感とでもいいましょうか」
百合のその答えは、亜希子には全く理解しがたいものだったが、ようするに暇だからちょっかいをかけにきたんだろうと解釈する。
「それにしてもひどい演説ですこと。心にもないことをペラペラと」
アンジェリーナに視線を向け、露骨に蔑みを込めた口調で百合。
「御存知かしら。あの方はひどい差別主義者で、日本人が大嫌いで、イルカやクジラのために日本人を絶滅させろとまで公言されましたのよ」
「知ってるわ。純子から聞いたもん」
実際にはそこまで聞いてはいなかったが、知っていることにしておく亜希子だった。
「アボリジニの虐殺を狩りの一環として楽しんだ人達の子孫が、イルカとクジラは大事とのたまうのですから、全く滑稽ですわ。安楽市市長の毒田切子も似たようなことを仰って、揶揄していましたわね」
「先祖は先祖で、今の者達と関係あるまい。動物の中で格差をつける今の思想も、相当に狂ってはいるが」
零が口を挟む。
「関係無いことはありませんわ。先祖の罪は子孫も引き継ぐものです。少なくとも私はそう考えますわ」
「私も零の意見に賛成~。ママの考えおかしいよ」
百合に対する嫌がらせというわけではなく、本当にそう思う亜希子。
「白金太郎さんはどう思いまして?」
「百合様の言い分が正しいに決まっています! 先祖が罪を犯せば子孫もこれまた罪人!」
話を振ってもらって、白金太郎は嬉しそうに答える。
「あら、それはおかしな返答ですわ。私は亜希子さんと零の意見を聞いて、今考えを改めた所ですのに、貴方は先祖の罪も子孫が受け継ぐと、私の考えとは逆のことを言いつつ、私の言い分が正しいと仰る。とんだ矛盾ですわね。貴方、ひょっとして私のことをおちょくってますの?」
「えっ、えええ~っ!?」
百合の言葉に、白金太郎の顔が引きつる。
「純子に見つかりたくないなら、いつまでも一緒にいない方がいいだろう。行こう、亜希子」
「そうね。じゃあね、ママ」
零に促され、亜希子は零の後を追う形で百合の鯖から離れた。
「彼女はどこかでボロを出すのではないですか?」
二人の後姿を見送りながら、白金太郎が問う。
「それでも別にかまいませんことよ。余計なことを口にした罰をあげますわ」
「あ痛たたたっ。ずみばぜんっ」
百合に義手の指を口の中に突っこまれて、内側から頬を強く引っ張られ、涙目で謝る白金太郎。
その時、百合は携帯電話の振動を感じて、片方の義手を白金太郎の口の中に突っこんだまま、鞄の中から、もう片方の義手の人差し指と中指の間に携帯電話をつまんで取り出す。
相手が非通知だったので、やや訝りながらも電話を繋ぐ。
『あんたが谷口陸の飼い主か?』
かなり流暢ではあるが、わずかに訛りのある喋り方で問われる。
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