第十三章 7
三年前――早坂零がまだ常人だった頃、彼は命がけのゲームに熱を入れていた。
ある時零は、『ホルマリン漬け大統領』が仕切っていた負け残りトーナメント方式のゲームに参加していた。
勝ち抜きは一勝で構わず、早い段階で勝った者ほど大金が得られる。最後まで負け残った者は金を払うルール。参加者の大半が得をするが、敗北すると途方もない金額を支払わねばならないリスクを考えると、そうそう参加できない。参加者のほとんどが一般人で、一回やれば大抵が抜けていく。
ゲームの内容は毎回様々だ。ポーカーやブラックジャックなどの誰もが知る単純なカードゲームであったり、ホルマリン漬け大統領の人間が考えたオリジナルのゲームであったりもする。
しかし零を含め、数名の常連が存在した。ゲームそのものの楽しさと、高確率で大金が得られる美味しさに惹かれて、常連化した者達である。
何の取り柄も無い零も、その一人だった。零にとっては命を賭けた勝負事だけが心の支えである。しかしこのゲーム、慣れてしまえば勝つのは容易いので、零は次第に飽き始めていた。何しろここは人生ドン詰まりになったからこそ挑む者も多く、毎回半数以上は不慣れな初見組ばかりだったからだ。
ある時零は、初見組である一人の少女とゲームをすることになった。十代後半ほどで、ぱっとしない容姿。おどおどしていて、いかにも負けがたたるタイプに見えた。名前を瑞穂と言った。最悪、この子が負け残るように思えた。
零は当然勝利したが、瑞穂の事が気になって、今までのゲームで得た情報や、ここで勝つ方法をレクチャーしてあげた。
零の努力も実らず、瑞穂はその後も順調に負け続けていき、とうとう決勝まで負け進んでいった。
相手は十代半ばほどの美少女。零は瑞穂の対戦相手である少女を一目見て、不審に思った。異様なオーラを発しており、ここまで負けるような人物と思えない。愛らしい顔立ちは、同時に高い知性を伺わせていたからだ。
だが零の人物眼を踏みにじるかのごとく、美少女はぼろ負けして、瑞穂は事無きを得た。
次回のゲームにて、零は前回に出会った二人の少女と再会した。
一人はあの瑞穂だ。決勝まで負けこんだせいで、大した金は得られなかったため、もう一度ゲームに参加する事にしたらしい。父親が背負いこんだ借金の返済のために。二度以上の参加する理由としては、よくあるケースだ。
もう一人が問題だった。前回決勝で負けたあの美少女だったのだ。
勝ち金の全ての金の支払いともなれば、明らかに億単位になる。大抵が払う事が出来ず、おそらくは命と引き換えか、それに近い代価を支払わされる。人体実験の代わりにされるとも、臓器密売されるとも言われている。事実、決勝で負けた者が二度ゲームに参加した事など、今まで零は一度も見たことない。
今回、瑞穂はわりと早い段階で勝ち抜けた。相手はまた、決勝で負けたあの美少女だった。彼女はその後も順調に負け続けていき、決勝で負けた。
そのさらに次のゲームでも瑞穂とあの美少女がいた。瑞穂は借金を全て返せたが、ゲームそのものに病みつきになって常連化する道を選んだようだった。見た目も化粧が濃くなり、服にも金をかけていた。前回でかなりの大金を手にいれたためだ。
それより気になったのは、あの負けてばかりの少女である。彼女はまた負け続けていき、決勝でも負けた。
こうなると頭が痛いのは運営ではないかと零は考える。
実はこのゲームの勝ち負け自体も賭博対象となっており、ゲーム参加者の勝敗に金がかかる。むしろそっちの方が興業のメインである。
常連同士の戦いともなれば相当な金額が動き、ゲームが白熱する。しかし、負け続ける常連がいたのでは、盛り上がりに欠けてしまう。
その後、瑞穂と負け続ける少女は幾度もゲームに参加した。負け続ける少女がいるせいで、全くリスクが無く、参加者は金を取れるゲームとなってしまい、観戦客も白けてしまい、減っていった。
「貴女、いつもわざと負けているよね」
ある日、零や他の参加者達の前で、瑞穂が少女にキツい口調で訊ねた。
「金持ちの道楽? そうでないとここに参加し続けるなんて無理よね。それに、運営側からしたらもう貴女の参加自体を断りたいんじゃないの? なのにそれもできないほどの権力もあるってことじゃない?」
瑞穂の詰問を聞いて、大したものだと零は含み笑いを漏らした。幾度も参加して人が変わったかのようだった。
「んー、大体当たってるけど、一つだけ不正解があるかなー。道楽ってわけじゃないよー」
いつも白衣姿でいつも笑顔を絶やさない真紅の瞳の美少女は、その時もにこにこと笑いながら答えた。
「これは抗争なんだよねー。ゲームを運営しているホルマリン漬け大統領と私とのさ。私がこのゲームに参加し続けるのって、あっちの商売の邪魔にしかならないみたいだし、向こうのお偉いさんを引きずりだそうとしているんだよ」
少女の口から出た答えは、零や瑞穂の想像を超えた代物であった。
「でもいい加減飽きてきたし、ここいらで一つ勝負しない? いつもと逆に、勝ち抜きトーナメントにして、私が優勝したら私の望みを聞いてもらうって感じ。負けたらもう二度とこないよ」
その要求を運営は受け入れた。少女は今までとは別人と化し、ゲームに勝ち進み、決勝で零を相手にしてこれもあっさりと打ち破った。
決勝の後、真紅の瞳の美少女と組織の間で何があったのかはわからない。ただ一つわかったのは、負け抜けゲームはそれ以降、行われなくなったという事だけだ。
零はその少女に心を奪われた。瑞穂も同様だったようで、二人で彼女のことを調べ、そしてあっさりとその正体を突き止め、二人して彼女の元を訪ねた。
***
亜希子が屋敷に戻り、最初に顔を合わせたのが零だった。リビングのソファーに寝転び、読書をしている。
百合は昨日から姿が見えない。彼女はわりとよく家を空ける。
主の不在中でも、この屋敷に出入りする人間が何人かいる。全て百合の食客らしい。
亜希子が知るのは、四人。亜希子の御目付け役である早坂零。最近百合とべったりひっついている斉藤白金太郎は、食客というより小間使いという印象である。自分を蝿だの蛆虫だのと主張する、葉山という気持ち悪い男。そして睦月という名の男装少女だ。
葉山や白金太郎とはそこそこ会話も交わすが、睦月とは挨拶程度しか会話をしたことがない。亜希子が来てすぐに、屋敷で見かけなくなった。百合曰く、退屈凌ぎの一人旅に出たらしい。
「純子が、お前がこっち側の人間だと言ったのは驚いた。俺は逆のイメージだったからな」
零から声をかける。何のことかと亜希子は怪訝な表情になったが、昨日の会話を指していると、すぐに思い出した。
「ただ火遊びがしたいだけか、自暴自棄かのどちらかだと思っていたよ」
「何なのよ、それ。馬鹿にされてる気がするんだけど……」
零の言葉を聞き、ムッとする亜希子。
「いや、そういうつもりで言ったんじゃない。お嬢様の類は、火遊びやチンピラが好きになる傾向があるからな。真剣に裏の住人になるとかではなく、あくまで遊びに留める程度でな。その程度かと思ってた」
「ふ~ん、そうなの?」
「ああ。どうしてそうなるのかは俺にはわからん。いや、推測くらいはできるが、所詮それまでだ。社会的にも人間的にも底辺の屑のような男に、魅力を感じてしまうらしい。しかし……」
零が言葉を切って、本を閉じて身を起こす。
「純子の言葉を真に受けるなら、お前はそんな浅いものではないということだ。もっと業の深い存在ということになる。暗いものや暴力的なものに惹かれるだけではなく、そこでしか生きられない者だ。この屋敷に出入りしている他の連中のようにな」
「別に不思議でも何でもなくなーい? ママだって私に歪んだ部分を見出したから、使い捨ての玩具にする予定だったのを、もう少しいじって遊んでみたくて、捨てずにとっておいたんだからさ~」
自虐的な笑みを広げる亜希子を見て、零は微かに眉をひそめる。
「でも私はママに感謝してるんだ~。私をあの退屈な牢屋から解き放ってくれたのも、ママなんだもん。ま、私をあの豪華な牢屋の中で育てたのもママだけどさ。でもどうしても憎みきれない。不思議よね」
百合の非道さは、亜希子も十分すぎるほどわかっている。だが亜希子がここに来て以来、百合は亜希子を嬲るような真似は一切せず、それどころか百合のために様々な便宜を図ってくれる。あれをしろこれをしろと命令することもあるが、亜希子にとって不快な命令は一切無い。
理屈で悪とわかっていても、相手の接し方が優しければ、それを体感できない。
「今まで知らなかったものを知ることもできるし、いろんな人と知り合える。仲良くなれる。素晴らしいわ。私には絶対かなわないと思ってたのに。この感激、零にわかる? 多分わからないと思うけど、訴えたいよ」
そう言った後、零をじっと見つめる亜希子。力を使っているであろうことは、零にも察せられた。
「私、零のことも友達だと思いたいけど、零は私のことすごく拒んでるよねー? この力で零の壁や光が見える前から、私にはわかってたのよ? どうしてなのかな?」
「俺に友人などいらんよ」
亜希子の問いに、あからさまに憮然とした表情になり、零はそそくさと部屋を出て行った。
「照れてるのかな? クールなポーズも全部照れ隠しだったりしてね」
零が去った後を見つつ、にやにや笑う亜希子だった。
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