第十三章 8
来日中のグリムペニス幹部アンジェリーナ・ハリスは、緊張と不快が入り混じった気分で、電話を取った。
電話の相手はグリムペニスのボス、コルネリス・ヴァンダム。アンジェリーナがこの世で最も嫌悪する人物である。
『スムーズに進んでいないようだが、大丈夫かね?』
『何も問題は有りません』
横柄な口調で確認してくるヴァンダムに、アンジェリーナは極めて事務的な口調で答える。
この男の声を聞くだけで、アンジェリーナは息が詰まりそうになる。嫌悪感だけではない。その冷徹さに、恐怖に近い感情を覚える。
『君に否定的な最高幹部も多い。君のショーに対してだけではない。君が最高幹部の一人であることに、すでに否定的になっている者が多く出ている』
威圧的なヴァンダムの言葉に、アンジェリーナは息を呑む一方で、忌々しい想いでいっぱいになった。
『一番いいのは、君がその危ない橋渡りを改めてくれることだが、一応君も運営権を持つ一人であるからな。ついでに言うと、君の行っている誘拐と悪趣味な虐殺ショーで、大金が入るという理由で見逃している』
「心得ています」
口調こそ神妙であったが、音声だけでのやりとりであるが故に、アンジェリーナは憤怒の形相になっていた。
コルネリス・ヴァンダムはグリムペニスの二代目頭目であり、実利主義者で、冷徹な商売人だった。
表面上はおくびにも出さないが、組織の運営権限を持つ最高幹部達は皆、そのことを知っている。彼にとって、グリムペニスはあくまで商売で行っているものでしかない。そして多くの最高幹部にとっても、それは同じだ。
『バレたとしても、他に責任をなすりつければいいと考えてはいるが、それはそれで手間だぞ? そうなった際はミセス・ハリス――君は確実に切り捨てる。そうでないと示しがつかないからな』
一方的に通告し、ヴァンダムは電話を切った。
「ふざけないでよ! 金の亡者が!」
電話が切れるなり、アンジェリーナはヒステリーを起こして喚き散らした。
「清らかなる心を持つ者達を利用して利を貪る強欲な悪魔共! 地獄に落ちるがいい! いずれ私がこの組織も浄化してやる!」
アンジェリーナはグリムペニスという組織に、いや――組織を牛耳る最高幹部達に、多大な不満と反感を抱いていた。
環境保護を訴え、文明の発展は悪だという潮流を国際規模に蔓延させ、世界中から善意に満ちた賛同者を囲い、たった数十年でグリムペニスは、各国政府に圧力をかける事ができるほどの、巨大組織へと膨れ上がった。
新たに開発される、あらゆる製品や薬品の開発や工業の発展に対して、環境破壊に繋がるか否かという理由で難癖をつけ、人類の文明の発展そのものを停滞させ、実際に環境破壊も食い止めてきた。人類の歴史そのものにまで干渉するに到った。
だがこの組織の実情は、決してクリーンな代物ではない。
各国の政界及び、多くの財団と裏で手を結び、数億ドルの資金援助を受け、懇意にしている企業の出す製品には一切ケチをつけることがないのだ。それどころかグリムペニスの安全保障という太鼓判を押すことによって、販売の促進さえ行う。
それらを調査しようとする者や、公の場でそれらに異を唱えた者や告発した者を、闇へと葬ることも忘れない。グリムペニスの暗部はすでに明るみに出ているが、ゴシップレベルに抑えられている。
特定の国家への生産業への干渉と圧力にも力を注ぐ。
例えばAの国に「A国の過度な漁業は自然破壊」と難癖をつけ、制限を行うように呼びかけて、食料自給力を奪っていく。その一方でグリムペニスと密接に繋がっているBの国が、Aの国へと食料品の輸出を伸ばし、グリムペニスにもその実入りが入る。
そういう意味では、漁業の制限を拒み続け、どんなに叩かれても頑なに抗う日本などは、グリムペニスにとっては最大の天敵であり標的ともいえる。日本さえ崩してしまえば、グリムペニスの圧力に抗う他の国々も雪崩を打って折れるであろうと、内外から見なされている程だ。
メディアの一部を支配し、世論の操作やイメージ戦略には特に力を入れる。元々クリーンなイメージを前面に押し出すことによって、世界中から純粋で善意に満ちた御目出度い頭の愚物達を集めて兵士とし、環境保護という美辞麗句の建前の矛と盾で武装させ、巨大化させてきた組織なのだ。
今回のツアーも、イメージ戦略として重要なものだ。
日本国内にさらにグリムペニスの賛同者を増やし、内側から蚕食するのが狙いである。実際には格安でホエールウォッチングが楽しめるのだから、ただそれを利用するだけ利用するという人ばかりで、グリムペニスの思想に賛同する者はあまりいないのであるが。
一方、アンジェリーナは度の過ぎた人種差別主義者であるが、純粋なエコロジストでもあった。故に、エコロジーを利用して銭儲けをしているボスと幹部達には、強い反感を抱いている。
グリムペニスはボス及び、一部の幹部達のみが組織の運営の決定権限を持ち、彼等は自分達の富と権力を潤すためにのみ、組織の舵取りを行う。
自身も運営権を持つ幹部であるアンジェリーナだが、富も権力も度外視した信念で動く彼女は、幹部達の中でも異端視されていた。
しかしグリムペニスの実情が、環境保護を名目とした銭儲けの組織であろうと、組織の人間は皆自然を愛して守ろうとしているし、環境保護に多大な貢献をしている組織であると、アンジェリーナは信じている。
故にアンジェリーナは組織を裏切れない。故にアンジェリーナは組織の上層部を憎む。
「そうよ……正義は我にある。いずれ私がこの組織を浄化するわ。その後、何もかも浄化してあげる。地球を汚す悪魔達も、薄汚いカラードも、全部ね!」
血走った目で歪んだ笑みを浮かべ、アンジェリーナは天井を仰いで、己の正義の決意を高らかに叫んだ。
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