第十二章 27

 致命的な一撃を受けながらも、十夜は追撃を避けるために床を思い切り蹴って、後方に大きく跳躍した。銛が十夜の体から抜け、十夜は距離を置いて横向けに倒れる。


「十夜ぁッ!」


 晃が思わず叫び、正美めがけて銃を続けざまに撃つが、全てかわされる。

 正美は晃を無視して十夜にとどめを刺すために駆け出そうとしたが、そこにみそゴーレム五体が到着し、立ちふさがる。


(完全に私達の上手をいっている。単純にコンセントでパワーアップしているだけじゃない。あいつは経験も豊富なんだ。これは……明らかにあの相沢さえも越えている。私が今までやりあった中で、ぶっちぎりで最強の敵だわ)


 腹部を押さえ、苦痛に喘ぎながら正美を見据えて、凜はこのまま戦うと全滅すると判断した。


「手を出さないで! 降参して!」


 なおも撃とうとした晃に向かって、凜は叫んだ。


「そいつは噂通りなら、戦意を完全に失った者にとどめを刺すような奴じゃないから!」


 叫びながら自らも戦意が無いことを示すために、銃を床に置いて、両手を軽くあげてみせる凜。

 晃もそれに習い、銃を捨ててフリーズの格好をとった。


「うん、それって賢明な判断ていう奴だよね。早く病院行った方がいいかも。それでも助かるかどうか怪しいかな。あ、ここ船の上だから医療室じゃない? 船の医療室じゃ設備足りてなくてやばくない? ねね、ヤバいよね、絶対」


 二人の反応を見て正美も戦闘態勢を解き、ぺちゃくちゃと喋る。

 凜が銃を拾って懐に収める。晃もそれを見て、正美をちらちらと見て意識しながらも銃を拾う。


「晃はミサゴを」

 みそゴーレム達に十夜を運ばせながら指示を出す。


「開けて」


 ツツジを意識して言う凜。扉が開かれ、凜達は速やかに亜空間トンネルの中へと退避した。


「十夜さん……」

「そんな……十夜さんが……」


 腹部から大量に血を流し、急速に生気が抜けていく十夜を見下ろし、蒼白な表情になるツツジとアリスイ。


「大丈夫。味噌があれば何でもできる。味噌を塗ればこのくらいの傷なら……」


 イーコ二人を安心させるつもりで言うと、凜は十夜の服をはだけさせ、みそゴーレムの体から味噌を抜き取ると、十夜の腹部の傷口を埋めるようにして味噌を塗りたくっていく。


「そ、それで治るんですかあっ!?」


 アリスイが信じられないといった感じで声をあげる。


「次はミサゴよ」

 ミサゴの傷にも同様の処置をしていく凜。


「俺、助かったの……?」


 十夜が身を起こす。自分の腹部についた味噌を払うと、傷口はもう塞がっていた。


「十夜、殺されたかと思ったぜ。よかったあ~」

 晃が十夜に抱きつく。


「何で……味噌であの傷が治るの……」

「僕の傷も完治しておるな」


 みそ妖術の脅威の治癒力に、ツツジとミサゴの二人が面食らっていた。


「血液も多少は補っているけど、体力の低下までは完全に取り戻してないから、無理はしないで。一眠りさえすれぱ、寝ている間に味噌の栄養が回って、すっきり全快するけど、そんな余裕も無いか」


 主にミサゴに向かって忠告する凜。十夜と晃はすでにみそ妖術による回復効能は知っている。


「僕ら、相当鍛錬を積んでレベルアップしたってのに、上には上がいるんだなあ」

「その鍛練のおかげで死なずに済んだと思いなさい」


 悔しがる晃に向かって、優しい声音で励ます凜。


「えっと……これからどうするんです?」

 アリスイが問う。


「ここは撤退するしかないでしょ。私達四人がかりでもかなわない化け物相手じゃあね。ミサゴもそれでいいわね?」

「やむなく承知」


 確認する凜に、ミサゴは明らかに意気消沈している様子でそう答えた。


***


「おおう、どこに行ってたんだーい、エリックぅ」


 息を切らせて廊下を走るジェフリーが、廊下を歩いているエリックを見つけて笑みをこぼしながら声をかける。ジェフリーの右足からは血が流れていた。


「ミャー」


 エリックも嬉しそうな笑顔で鳴き、四つんばいになってジェフリーの足元に擦り寄る。


「今さっき、雪岡純子、相沢真の二名と遭遇したぞ。ミサゴとかいうイーコもいたな。あいつはイーコのくせに人間を殺しまくる中々いい奴だから、殺すのは惜しい気もするがっ」

「ミャー?」


 首をかしげて訝るような一言を発するエリック。


「ん? 何で走ってきたかって? 相沢と雪岡に追われていたからな。二対一でヤバそうだったし。ま、うまく撒けて何よりだ」


 エリックの疑問を理解し、ジェフリーは答えた。


 携帯電話が振動する。部下からだ。きっとろくでもない報告だろうと予感する。


「どしたー?」

『また立て続けに襲撃が行われていますっ。二箇所は兵士達が全滅し、日本人も奪還されました』

「ハッハー、どこの二箇所だかちゃんと言えよなー」

『船尾側の機関室二つです』


 部下の報告を受け、ジェフリーはすぐ横の扉を見やる。今ジェフリーが立つ場所が正に、報告された場所の一つである。


「丁度そこにいるけどね……ワォ!?」


 言いつつ扉を開け、中の惨状を見てジェフリーは目を丸くした。

 黒服兵士達の死体の数々。それらは全て陰部を切断された状態で転がっていた。


「俺のパクリかよ。畜生……許せないぞ。ていうか、マジで俺のパクリ? 俺の性癖知ったうえで俺を追い詰めようとでもいうのか? それともたまたま俺と趣味が一致しているだけなのかねえ。部屋に帰ったら占ってみるか」


 死体の一つ一つをチェックしていきながら、ぶつぶつと呟くジェフリー。


『あの……まだ報告が……』

「え~? もう悪い報告は聞きたくないんだがなー」


 おずおずと口を開く部下に、ジェフリーは冗談めかしたトーンでそう返す。


『いえ、こちらは良い報告です。鳥山正美が担当した場所におきまして、ミサゴというイーコとほころびレジスタンスの三名を撤退させた模様です。仕留めはしなかったようですが、そのうち柴谷十夜とミサゴは、鳥山正美との戦闘の際に重傷を負った模様』

「ワオ、すげえな……うちの私設軍隊相手に無双するような四人を一人で追い払うとか、どんなパワーインフレだよ。やはり只者じゃないな、あの女。過去に雪岡純子を幾度も退け、相沢真を圧倒したという話も本当だったか」


 思わず笑ってしまうジェフリーであった。


『いっそ彼女に護衛を完全に一任してみては? さらってきた日本人を全て鳥山正美に守らせる形で』

「ヘイ、過信は禁物だ。敵の戦力がまだまだ未知数だから、もし鳥山正美が崩れたら、それで全て失う。数は少なくなっても、グリムペニスの船が来るまでの間、少しでも残しておきたい。そうすれば一応ショーはできるだろう。ああ、鳥山正美とさらった奴を移動してくれ。別の場所に隠せば、多少は時間が稼げる。場所は図書室の閉架書庫な。彼女一人に守らせる形でいいだろう」


 指示を送り、ジェフリーは電話を切る。


「んじゃ部屋に戻るか」

「ミャー」


 エリックを伴い、廊下に出たところで、ジェフリーは話題の当人とばったり出くわした。


「何か移動とか言われたんですけど。ていうかこの部屋は何? 死体いっぱいだし、変なところ切られているし、キモくない? キモいよね?」


 ジェフリー越しに室内を見て、正美は顔をしかめた。


「別にキモくはないが、誰の仕業かは俺も聞きたいよ。多分俺がマークしていない奴だと思うんだが」

「うんうん。雪岡純子や相沢真て、こういうことするキャラじゃないと思う。さっき私が戦った人達もね。何かこれ、すごく邪悪な波動というか、恨みっぽい何かを感じちゃうな」

「恨みか」


 正美のその言葉がジェフリーはぽんと手をうつ。その線は考えていなかったが、有りうる話だと。


「いずれにしてもこの殺し方は気になる。うん、俺様はすごく気になるぞ」

「ただキモいだけじゃん。何が気になるのかわかんない。あ、別に知りたくもありませーん。それより私が知りたいのは、貴方達、人さらいとかしちゃってるみたいなんだけど、さらった人達どうするつもりなの? もしよかったら教えて? これは私の勘なんだけど、奴隷とか臓器とかに使うわけでもない気配っぽいよね?」

「それを教える必要は無いなあ」


 ジェフリーは困ったように苦笑いを浮かべる。これまでの鳥山正美という人物の仕事内容を見た限り、依頼人の裏切りが無い限りは、彼女が依頼人を裏切ったケースは一度も無いので、正直に答えても問題は無いとは思うが、正直ジェフリー自身の感情の問題で、あまり口に出したいことではない。


「ま……いいことではないさ。知ってるけど……言いたく無い。人間ていう生き物がいかに糞であるか再確認できる、おぞましいことだからなっ」


 自分も快楽のために殺人を行うくせに、自分以外の他者が快楽のために殺人を犯すのが不快という感情が、ジェフリーの中にはあった。自分でもそれが屈折しているという自覚はある。


「そっか。どうして私の依頼主って変なの多いかな。もう最悪。雪岡純子や岸部凛の方を断然応援したくなっちゃう。普通そうだよね。頑張って捕まっている人達助けてあげてほしい」

「おいおい」


 堂々と依頼人の前で敵を支持する発言をする正美に、思わず笑ってしまうジェフリー。


「でも私も仕事だから手を抜けないし。複雑。でも不幸中の幸い。純子とその愉快な仲間達なら、私相手でも十分立ち回れるから、捕まっている人達も助けられるかもしれないと思うの。現にもう何人も助けているんでしょ? せいぜい気をつけた方がいいよ? もちろん私は依頼を完璧にこなすつもりだけどね。んじゃ」


 一方的に告げると、正美は指定された場所へと向かう。


「そんなさあ、どっちの味方なんだ状態で、完璧にこなすとか言われてもなあ」

「ミャー」


 肩をすくめて手を広げるジェフリーに、エリックも鳴きながら、同じジェスチャーを真似してみせた。

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