第十二章 26
ミサゴのいる場所に着くと、ミサゴは満身創痍の姿で戦っていた。
ミサゴと戦っているのは、蛍光ピンクのけばけばしい髪に、黒とピンクの二色で彩られたワイルドなデザインの服を着た二十代と思われる女性だった。左手に銃、右手には銛という奇妙な得物だ。
「あいつは……」
「うっ、嘘でしょうっ。あのミサゴが……」
凜とアリスイが同時に呻く。アリスイはミサゴの状態を見て。凜はアリスイと戦っている人物を見て。
「あれって、鳥山正美か」
女性を見て晃が言った。
同業者の間では名を知らぬ者はいないであろう、有名なフリーの始末屋だ。変わり者ではあるが凄腕の持ち主であり、様々な逸話の持ち主だ。最近では、東京ディクランドで相沢真と月那美香を退け、某国の戦場にて伝説の英雄天野弓男と共にゲリラ鎮圧を行ったなど、その活躍は目覚しい。
「凄い……。あのミサゴと互角に渡りあえる人間がいるなんて」
ツツジが呟く。目に留まらぬ速さで動きまわり猛攻を仕掛けるミサゴに、鳥山正美も銛で応戦している。
「互角とは言えない」
凛が言った。一見、互角のように見えるが、鳥山正美は明らかに余裕をもってかわしている。ミサゴは一方的に攻めているが、攻めきれないことに焦りを感じて、徐々に動きが荒くなっているのが、凛の目にははっきりとわかった。
おそらくどこかで決定的な隙を見せて、カウンターをもらうだろう。そもそもミサゴは傷だらけだが、正美はどう見てもノーダメージだ。
しかしミサゴの驚異的な運動量と敏捷性を前にしては、鳥山正美も簡単には反撃に転じることができない。自分達が加勢すれば、いかに鳥山正美とて撃退できそうだと判断する凜。
そう思った刹那、正美の速度が急に増し、ミサゴの右上腕部を銛が貫いた。
「え? 顔を狙ったのに外れちゃったよ? 思った以上にやるよね、この子」
正美が感心して称賛の言葉を送る。
「開いて」
凜の言葉に応じ、ツツジが亜空間の扉を開き、凜、十夜の二人が続けざまに通常空間に躍り出る。晃は不意打ちのために一時待機だ。
「あ、増えた。敵? 敵だよね? きっと敵だと思います。だって明らかに敵って目つきで私を見てるし、そもそもここに来る人達って、敵だから来るんだろうし、この子みたいにいきなり現れる時点で敵だと思う。どう? 私のこの推察、当たってると思うんだけど。正解だよね? 違っていたら悪いから、一応聞いてみる」
ミサゴと戦いながら喋りまくる正美に対し、凜は床に向かって銃を撃つ。銃弾は下方に作られた亜空間の扉を抜けて、正美の後頭部の斜め頭上に出現する。
「えっ? 何? 今の?」
背後上空からの銃撃をあっさりと回避し、驚いて目をぱちくりさせる正美。
「意味わかんない。今の弾、貴女のよね? 岸部凜。下に撃った弾がワープして上に出るとか、何それ? 銃弾をワープさせる能力? でもそれなら私の体内に直接ワープさせれば、もっとかわしにくいと思うよ? それでもかわせると思うけど」
言いながら正美はミサゴを銛で払う。吹き飛ばされたミサゴが壁に当たり、床に倒れる。
「名前を知ってくれているのは光栄だけど、見くびられるのは腹が立つのよね」
正美を見据え、凜が言い放つ。
「別にそんなつもり無いけど、どの辺でそう思った? どの言葉が気に障った? ねね、よかったら教えて? 後学のために教えて? 以後気をつけるから教えて? 私、他人に嫌われるような言動とか取りたくないしー」
「じゃあ一切喋らなければ?」
冷たい声で言い放つと、凜は左手に味噌を取り、自分の前方へと投げ捨てる。
「みそウォール」
凜が小さく呟くと、正美と凜の間に味噌で出来た壁が出現した。
「え? 何これ?」
訝る正美めがけて味噌ごしに銃を撃ちながら、移動する凜と十夜。これで斃せるとは思えない。何しろ空間転移の銃撃すらかわす相手だ。
凜が機械の陰に隠れた時点で味噌の壁を消す。十夜は味噌の壁に隠れて、正美の左側へと回り、そこから一気にダッシュをかけて正美へ近接戦を挑む。
「そうくると思った」
正美が呟き、体を十夜の方へ向けた。
十夜の振るう拳めがけて、銛が突き出される。十夜のスピードを上回る反応速度、そして十夜の膂力でもってしても弾けない一撃が見舞われ、十夜の右手が無残に貫かれた。
「すごく見えすいてる。ひょっとして私のこと馬鹿にしてる? そんなの馬鹿相手にしか通用しないと思うよ? で、私は馬鹿じゃ――」
喋っている間に、ミサゴが復帰して正美に蹴りかかる。そのタイミングを狙って凜が二発撃ったが、正美は二人の同時攻撃に対し、少しも慌てた様子が無く、落ち着いた動作でかわしていく。
「ありませーん」
正美が銛でミサゴの太ももを突き刺す。さらに十夜に向かって銃を撃とうとしたが、それより一瞬早く晃が銃を撃ち、正美はこれをすんでのところでかわした。
「あ、今の不意打ちは中々よかったかも? 私じゃなければ当たってたかも?」
亜空間の扉から出た晃の方を一瞥する正美。
(まだ貴方が出てくるには早いでしょ。十夜が撃たれそうだったとはいえ)
晃を見て思う凜。十夜が危険と察知し、いてもたってもいられなくなったのかもしれないが、それにしても今の場面では、仲間の動きを信用して自分の役割に徹するべきだというのが、凜の考えだ。
「ふーん、四対一かあ。こうなるとちょっと厄介かもしれないし、もう一錠追加しておくかなっと」
コンセントを口に放り込む正美。彼女の規格外の強さの理由が、コンセントを複数服用しても一切副作用が出ない特異体質であることは、凜も知っている。
(四対一とはとても言えないでしょ。どう見たってもうミサゴは戦闘不能だし)
手と足をそれぞれ一本ずつ貫かれて床に伏したミサゴが、これ以上戦えるとは凜には思えない。
「みそゴーレム」
凜が一声発して、新たにみその塊を複数床に落とすと、合計五体のみそゴーレムが凜の左右に出現する。せめて数を増やして相手の意識と手数を分散させる試みだが、正直、うまくいく気もしない。
「それって一体何なの? 本当におみそ? すごく面白いけど、食べ物は粗末にしちゃいけないって習わなかったの?」
凜に向かって正美がしきりに話しかける。凜は相手にせず、みそゴーレムを正美めがけて進ませる。
十夜が再び正美めがけて突っこんだ。
十夜の動きに合わせて凜が上空めがけて銃を撃つ。当然亜空間の扉を開いて撃っている。正美の左側から二発の銃弾が飛来するが、やはり正美は簡単に避けてしまう。
避けた直後のタイミングを狙って晃も二発撃つ。だがそれを正美は読んでいた。晃の銃撃をかわしながら、晃めがけて撃ち、さらに続けざまに凜にも撃つ。
「がはっ」
晃はかわしたが、凜は正美の動きを読みきれず、腹部に銃弾を食らい、空気を吐き出すような呻き声と共に、その場に前のめりに崩れ落ちる。
防弾繊維こそ貫かれなかったものの、衝撃によるダメージで、立っている事ができなかった。呼吸が止まり、苦痛に顔が歪む。
すぐ目の前まで接近した十夜が、無事な方の拳を繰りださんとする。正美はそれを読んで再び銛で突こうとしたが、十夜は寸前で拳を止めた。
フェイントに引っかかり、銛をあらぬ方向に向けて放とうとした正美の胸の中心を狙い、蹴りを放つ十夜。
だが正美はそれすらも読んでいた。フェイントも、ひっかかった振りをしていただけであった。
銛の軌道が変わり、さらには速度が急激に増す。十夜の蹴りよりも速く、正美の銛が十夜の腹部を貫いていた。
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