第十二章 25
ミサゴに教えてもらった、誘拐された人が囚われているという場所の二つ目を訪れる凜達。様々な機械が密集し、音をたてて稼動している、その機械の役割はさっぱりわからない。そこかしこにある機械のおかげで、スペースは極めて狭い。
武装した黒服達がうろついているので、それだけでもここにさらわれた者がいる事がわかる。
「こんな所に閉じ込められるとか、うるさくてかなわないよね」
「見張る方も嫌だな」
晃と十夜が言い合う。
「それよりも注目すべきことがあるでしょう」
亜空間の中から、通常空間にいる黒服達を見据えて凜が告げる。
「ここにいる連中、さっきの奴等よりもずっと警戒している。襲撃の報をすでに受けているってことよ」
「奇襲してもすぐ対応してくるってわけだね」
凜の言葉を聞いて、十夜は理解していることを伝えるニュアンスを込めて言った。
「行ってくる」
「御武運を」
自分の方を向いて扉を開けるように促す凜に、ツツジは一言そう告げて、亜空間と通常空間を繋ぐ扉を開く。
まず先に十夜が飛び出た。扉はすぐに閉まる。黒服達はすぐに振り返ったが、武器を何も持たない少年の出現に、ほんの一瞬ではあるが戸惑う。だがその少年に明らかに殺気があるのを見てとり、すぐにサブマシンガンを乱射する。
十夜はすぐに機械の陰に隠れた。これで何人かの注意が十夜の方に向いた。そこに出来た隙をついて、別な場所に扉を開いてもらい、晃が通常空間へと躍り出て、即座に銃を撃つ。
黒服達が驚愕した直後、頭部や喉に銃撃をくらい、ほぼ同時に二人が絶命する。晃は無理せずすぐに物陰へと隠れる。
最後に凜が出た。黒服達からは見えず、しかし十夜からは見える場所に出て、短い亜空間トンネルを形成し、十夜に向かって亜空間トンネルの扉を指す。
十夜が一気に扉めがけて移動する。黒服達の目からは、一瞬十夜の姿が見えたかと思ったら、すぐにまたその姿が消えたかのように映った。
その三秒後、凜が作った亜空間トンネルを通った十夜が黒服達数人の背後へと現れ、黒服の背中めがけて正拳突きを放つ。背骨をへし折られ、内臓を潰された黒服が、大量の血反吐を吐き散らして2メートルほど吹き飛び、うつ伏せに倒れた。
あまりの異常事態に、黒服達の視線が自然と十夜へと向く。そのタイミングを狙って凜と晃が物陰から上体を出し、銃を撃ちまくり、黒服達が倒れていく。
洗練されたコンビネーションが見事にハマり、一方的な殺戮が続くかと思われたが――
「フリーズッ!」
部屋の奥で、さらわれた人と思しき日本人男性を盾にして、その頭に銃口をあてた黒服が叫ぶ。
「ヒューマンシールドにするにはサイズが合わないよね」
十夜が呟き、黒服に悟られること無く、右手の袖口の内からパチンコ玉を滑らせて、握った右手の人差し指の上に運び、親指で弾く。
指弾が人質を取った黒服の頭部を穿ち、黒服は仰向けに倒れ、人質とされていた日本人の男は両手で頭を抱えてしゃがみこんだ。
(今のはどうかと思うわ……。いくら一撃で仕留めても、銃の引き金に指が置かれていたし、何かの弾みで引き金を引いて、人質を撃ちかねなかったじゃない)
銃を撃ちながら、十夜の救出の仕方のリスキーさを後で注意しようと、心に決める凜。
「さっきに比べて人数は少なかったね」
全ての黒服を仕留めて、銃をリロードしながら凜が言った。
「ここにいたのは貴方一人?」
未だ頭を抱えてうずくまっている男に尋ねる凜。
「ああ、私一人だ」
恐る恐る頭を上げる男。
「思ったより何箇所にも細かく分けられているみたいね。これはちょっと面倒かも。まあ、次に行きましょう」
男はアリスイが保護して別の亜空間トンネルを作って、さらわれた人達を匿っている部屋へと連れて行き、凜達はツツジと共に、ミサゴに教えてもらったもう一つの場所へと向かう。今度は距離が大して離れていない。
三箇所目は二箇所目と同じく、用途の不明な機械が幾つも密集して稼動している狭い部屋であった。
「何……これ……」
亜空間トンネル内から室内の様子を見て、十夜が呻く。
「酷い……」
「うひゃあ、集団去勢かー。何かのお呪い?」
ツツジが口元を押さえて気分悪そうに一言発する一方で、場にそぐわぬ面白そうな声をあげる晃。
室内では黒服の戦闘員達十数名が、すでに死体となって転がっていた。そのいずれもが、陰部を全て切断されたうえで殺されているという異様な有様だ。
「ていうか……これって誰の仕業だろ? 純子? それともミサゴ?」
「どっちでもないと思うけど……。いくら純子でもこんな悪趣味なことしないだろうし……いや、純子のことだからわかんないけど……いや、純子は生きた実験台が欲しいんだろうから、こんな風に、一部だけを持って帰りはしないでしょ。で、ミサゴはどう見てもそういうキャラじゃないと思う」
十夜の挙げた名を否定する凜。
三人が亜空間から出て、室内を調べる。死体以外には何も無い。争った形跡は有る。あちこちに弾痕があった。
「さらわれた人もすでにいないから、ミサゴの雇った人の仕業だとは思うな。それにしても気持ち悪い真似するね」
「うんうん、見ているだけでこっちの股間も痛くなってきそうだぜぃ。つーか、さらわれた人はもう助けられ済みってこと?」
「多分」
「だったら連絡くらいくれればいいというか、無駄足になるから、救出作戦している者同士で報告しあって連携取ればいいのになあ」
十夜と晃が交互に喋る。晃の言うことはもっともだと凜も思う。
凜の携帯電話が振動する。相手を確認すると、純子だった。
『凛ちゃん、ミサゴ君がピンチみたいなの。凛ちゃん達の方が近いから加勢に行ってあげて。場所は――』
純子から告げられた場所を聞き、凜はミサゴがピンチであることを皆に伝え、移動を開始した。
亜空間内を移動しながら電話を続ける。
「やっぱり協力者って純子じゃない」
『そっちは助けた人どうしてる? こっちは救出用の部屋を借りてそこに隠れてもらっているけど』
「こっちも同じよ。ていうか、悪趣味な殺され方を――」
『ミャー』
会話途中に、奇妙な声が電話の向こうから発せられたのを耳にし、凜は訝る。
(何? 今の声。猫?)
純子が猫を飼っているという話は聞いたことがないし、そもそも何故こんな場所に連れてきているのかという疑問点があるが、特に触れなかった。
『悪趣味な殺し方をしたのは、できたてほやほやのマウスの仕業だと思うよー。ちょっと遊ばせてあげている所なんだ。それより、急いで助けにいってあげてー』
「わかった。ていうかもう向かってるわ。じゃあ」
この場を利用してマウスの実験までしている事に舌を巻きつつ、凜は電話を切った。
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