第十二章 14

 翌日の昼、十夜と晃はイーコ二人組を連れて、絶好町の繁華街へと出かけることになった。


 イーコ二人組は昨夜のうちに買っておいた子供用の服で変装している。人とは明らかに違う目を隠すために、二人揃ってサングラスをしているので、ちょっと目立つ。


「うおおおっ、生まれて初めて服なるものを着ましたが、凄まじい違和感ですっ。人間達はこんなのをいつも着てるんですかっ。あーんびりばぼーっ」

「重いですし、布が肌にからみつく感じですし、体全体を拘束されているような気分です」


 服を着たイーコ二人の反応は芳しくなかった。


「慣れればなんてことないし、どんな服を着ようか選んだりとか、お洒落の楽しみってのもあるんだぜぃ」

 不満げなイーコ達に、晃が言った。


「うぬぬぬぬ、せっかく進めて買っていただいたのですし、その言葉を信じて今日はこれを着て、亜空間の通り道の外で活動してみますっ」


 アリスイが気合いを入れた声をあげる。


「こうして通常空間の街中を歩くというのはとても新鮮な経験です。人々の目に、私達の姿も映って認識されているんですね」


 歩きながらツツジが言う。


「うーん……アリスイやツツジって、人間社会のすぐ側にいても、人前に姿出せないのは可哀想だねー。街で買い物とかも気軽に出来ないし、ゲーセンでも遊べないし、映画も見られないしさ。今後もそうやって変装して歩けばいいのに」

「別に私達は自分を可哀想だなんて思いませんよ。私達の価値観を人間の価値観であてはめて、そんな風に思わないでください。晃さんに私達と同じ生き方をしろと言うのは、無理があるでしょうし、私達も人と同じように生きるのは無理です。そして私達は人間を尊敬してはいますが、同じ生き方をして幸福になれるわけでもありませんよ」


 無遠慮な晃の言葉に、ツツジが反論する。


「う……気を悪くさせちゃったのかなあ? 何でかわからないけど、悪かったみたいだから謝るよ。ごめん」

「何でかわからないって、今のツツジの言葉を理解してないの? 晃の物差しで勝手に相手和はかって決めつけるなってことだよ」

「そ、そっかー。やっとわかった気がする」


 呆れ顔で諭す十夜に、晃は決まり悪そうに苦笑いを浮かべて視線を泳がせる。


「不思議なのはさ、人前に出られないのに携帯をどうやって買ったんだろう……」


 昨夜携帯電話を用いて仲間と連絡を取り合っていたアリスイとツツジのことを思い出し、十夜は疑問を口にした。


「催眠術使えるくらいだから、そういったものの調達は余裕なんじゃない」

 と、晃。


「そんな失礼なことはしませんっ。催眠術で騙して無理矢理操るのは非常時だけです。それに全てのイーコが催眠術を使えるわけでもありませんよっ」

「別に騙して調達したとは思ってないよ。代わりに買ってきてもらったとか考えただけでさ」


 憤慨するアリスイに、晃は笑いながら言った。


「じゃあどうやって買い物するの?」

 十夜が問う。


「催眠術なんてしなくても大丈夫ですっ。何故なら、実は人間の協力者の方達もいるからですっ」

「なるほどー」

「まあ、人前に姿を出さずに人間社会と関わるには、協力者が必要だろうねえ」


 アリスイの答えに納得する晃と十夜。


「今後は僕達を頼ってもいいんだぜぃ」

「もしもの時はそうさせていただくと助かります。もちろん十分なお礼はいたしますので」


 晃の厚意を受け、ツツジが改まった口調で言った。


「それと、さっき可哀想とか言われましたが、僕達は人間社会が生み出す娯楽の数々をそれなりに甘受していますよっ」

「例えばどんな?」


 いささかムキになった感のあるアリスイに、晃が尋ねる。


「ズバリ、ネトゲです! 何故なら顔の見えないネトゲならオイラも人間の振りをできますし、相手もオイラの事を人間として接してくれますから、何も寂しい思いなどせず、気軽に人間達と遊べます。ネトゲこそ人類史上最高の文化! 異論は認めませんよぉーっ!」


 サングラスの上からでもわかるほど得意満面になり、胸を張るアリスイ。


「特にオイラが長年ハマっているのは、オススメ11というネトゲなのですが、残念ながらこのゲーム、人口減少しまくりで、大型バージョンアップが五年以上も無いんですよねー」

「そんなこと解説されても、俺も晃もネトゲなんてしないから、よくわからないよ」


 黙っているといくらでもネトゲについて熱く語りそうなアリスイに、十夜が言った。


「この子の言うことは話半分……いや、話十分の一に聞いて欲しいとして、テレビとか読書とか音楽とか、いろいろと楽しんでいますよ。私達イーコは人と違って、娯楽や嗜好物を生み出すことに関してはとても苦手ですからね。これはそう作られたとかではなく、何百年も生きたうえで、創造性が磨かれなかったからなんです。そういう意味でも、私達イーコは人間をとても尊敬していますしね」


 ツツジが気恥ずかしそうに解説する。


「ふーん。僕、ゲームとか全然しないからなー。インドア系の遊び嫌いだし」

「いや、ネトゲはともかくゲームはしてるじゃん。ゲーセン行きまくってるじゃん」


 晃の言葉に十夜が突っこむ。


「いや、ゲーセンのゲームは別だから。あれは俺の中で有り。おっし、じゃあゲーセン行こうぜぃ。イーコはゲーセンでゲームとかしたことないでしょ」

「うおおおっ!? ゲーセンっ! ずっと憧れていた場所です! オイラがゲーセンで遊べる日が来るなんて夢みたいです!」


 晃の決定にアリスイが歓声をあげる。声が大きいので、通行人がいちいち振り返るのを十夜とツツジは意識していた。


「不良が占拠している場所ではないでしょうか……?」


 ポツリと口にしたツツジの疑問に、微妙な空気が流れる。


「ツツジ……それは百年以上前の先入観ですよ。いや、1990年代の時点でその価値観は崩壊していますし、十夜さんや晃さんなんか、何のことかさっぱりわかりませんよっ」

「そ、そうなんですか……」


 アリスイに指摘されて、動揺気味になるツツジ。


 そんなわけで四人はまずゲームセンターへと向かった。


「こ、ここがゲーセン! とうとうオイラはやってきたんだ!」


 四人がカンドービルの一階にあるゲームセンター『クスクス』に着くと、アリスイがまた大袈裟に歓声をあげる。


「結構やかましい場所なんですね。おかげでアリスイの大声も気にならないですけど」

 ツツジがそんな感想を述べる。


 一方でアリスイは早速クレーンゲームへとすっとんでいった。


「せっかくだから、最近流行のこれやればいいのにさ」


 晃が立体ガンシューティングの巨大半球筐体の入り口へと赴く。


「ツツジ、一緒にやってみるー?」

「え? あ、はい」


 晃に手招きされ、ツツジは筐体の中へと晃とともに入る。


「真っ暗ですが……」

「グラサンは外した方がいいぜぃ。はい、これね」


 晃におかしな形状の銃を渡され、一瞬ドキっとするツツジ。晃も銃を構えている。


「じゃ、始めるよー」


 晃が声をかけた直後、暗闇の中に幾つもの、口が大きく開いて牙が並んだ顔だけの化け物の立体映像が浮かび、あらゆる方向から襲い掛かってくる。


「ちょっ、これっ!」

「ほらほら、撃って撃って」


 パニくるツツジに笑いながら促し、晃が化け物めがけて引き金を引く。レーザーのような光が飛び出て化け物に当たると、悲鳴と共に化け物が弾けて消滅する。

 ツツジもそれを見習って、自分に向かってくる化け物に銃を乱射する。が、外す方が圧倒的に多い。そのうちに化け物に触られ、ダメージを受けたことを示す音が鳴り響く。


 すぐにゲームの仕組みを理解したツツジは、夢中になって銃を撃つ。


「この先もう少しすると敵のタイプも変わってく……」

「声をかけないで! 気が散る!」


 説明しようとした晃に、敬語を使わないどころか殺気だった声をあげるツツジ。その後も晃のことなど意識の外で、必死に撃ちまくる。


「ゲームで荒ぶるタイプだったかー」

 おかしそうに笑い、晃はそれ以上何も言わずゲームを続行した。

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