第十二章 15
「おおおお……ちょっとちょっとこれっ、全然取れませんっ。えっと……これって本当に取れるように出来ているんですかあ?」
一方アリスイはクレーンゲームの前で突っ伏し、不満を口にしていた。
「アリスイはどれが欲しいの?」
十夜が代わって操作しだす。
「それはもちろんあれですっ。あの奥にある御立派怪獣マララの人形を……って、十夜さんっ、何であっさり取ってるんですかーっ!?」
注文に従い、指定の人形をとった十夜に、驚きの声をあげるアリスイ。
「すみません。お恥ずかしい所をお見せしまして……」
「いやー、僕は満足だわー。ツツジの面白い一面が見られて」
「ん? ツツジはどうしたのでしょうかねえ」
立体ガンシューティングの巨大筐体の中から、うなだれたツツジと笑顔の晃が出てくるのを見て訝るアリスイ。
「さーて、次はどこに行こっか? どっかお望みの場所とかはないの?」
ゲーセンを楽しんだ後、イーコ二人の方を向いて尋ねる晃。
「あ、それなら私……えっと……古本屋に行ってみたいです。ずっと入りたいなと……思っていた場所でしたから」
ツツジが挙手して、おずおずと躊躇いがちに言う。
「通常、本はネットで買うか、あるいはイーコの協力者達に買ってもらうのですが、自分で本屋に出向いて選ぶということが、出来なくて……。亜空間から本屋の中を眺めてはいたので、雰囲気だけは多少は味わっていましたけれど、実は……ずっと自分の手で取って買うことに憧れていたんです」
人前に姿を現せないイーコならではの悩みと憧れを口にすることに、ツツジは気恥ずかしさで
「おっけー、カンドービルの中に古本屋もあったよね。そこに行こう」
晃が言い、四人は『袋狼堂』という名の古書店へと向かった。
袋狼堂はわりと広めの、個人経営の古書店だった。ツツジが届かない本の方が多くて、十夜が変わりに取ってやる。
「うーん……ツツジには悪いですが、漫画が無いのでオイラには居心地の悪い場所ですっ」
「僕もちょっと合わないかなー。別の店行ってくる。十夜、任せた」
アリスイと晃が古書店を離脱する。
「ツツジは随分と渋い本を読むんだね」
ツツジが立ち読みしている本を見て、十夜が言った。海外の歴史書のようだ。
「私は私が生まれる前の人間の文化にとても興味がありまして……。私、イーコの中では比較的若い方ですから。とは言っても、百年以上は生きていますが」
その後ツツジは七冊ほど歴史書を買い、一人では持ちきれないので十夜に半分持ってもらって古書店を出た。
「次はどこに行く?」
十夜が晃に伺う。未だに十夜と晃の二人となると、晃主導の決定が多い。
「安楽大将の森にあるプラネタリウムに行くってのはどうかな? まあ僕も行ったこと無い場所だけどね。イーコ達は人間の創ったものが好きだっていうから、そういうのも見せてあげたいよ」
中々いい提案をすると十夜は思ったが、懸念もあった。
「静かにしてなくちゃいけない所なんだけど……」
ちらりとアリスイを一瞥する十夜。
「それはアリスイには荷が重そうですね」
ツツジがはっきりと名指しして言った。
「ツツジっ、何を言いますかっ。オイラとて場をわきまえて声をあげずに我慢することぐらいできますっ。今の古本屋でも騒がなかったでしょう!?」
「騒がないかわりに早々と出ていったじゃない」
「うぐっ」
十夜に突っこまれ、アリスイが大きく身をのけぞらせて呻いてみせた。
***
四人が遊びに行っている間、凜は事務所にて、一人で情報収集を行っていた。
「海チワワ幹部にして戦士、ジェフリー・アレン。こいつか……」
世界最高峰とも言われる情報組織オーマイレイプに高い金を支払い、凜は敵の親玉と思われる人物の情報を手に入れた。
「魔術師であることも記されているし、イーコ達の話と照らし合わせても間違いないわね。しかも何この性癖は……」
一体どうやって調べたのかは不明であるが、ジェフリーの生い立ちや殺人性癖に至るまで、買い取った情報には書き記されていた。海チワワの構成員にすら知られていないことである。
(破格の情報量を取るだけはあるな。私も噂には聞いていた。オーマイレイプに調査されると、本人すら知らない情報に至るまで暴かれると)
町田が凜の中で唸る。
「イーコがリッチだからね。全部これも経費に回せるわ」
そう言って傍らに置いてあったコーヒーカップを手に取り、口をつける凜。
(いくらイーコが金持ちでも、依頼料より高い情報料を経費として請求されれば、渋い顔をしそうなものだがな)
オーマイレイプから買い取る情報にも値段のランクがつくが、九桁にも及ぶ最高金額コースの情報を試してみたら、その金額に見合う情報が詳細にびっしりと記されていて、凜を驚かせた。
「何か凄い領域を垣間見た気がする。世界最高の情報組織の名も伊達じゃないね」
(しかし実際その金額に見合うだけの有効な情報はあったのかね?)
「正直、無いと思う。まあいいネタにはなったでしょ。今後この最高金額コースで買うことは無いわ。多分」
肩をすくめてみせる凜。傍から見れば完全に一人会話だが、凜からすればこれが普通だ。
「おっと、警察からもメールが着てる」
メール内容を見て、凜は眉間にしわを寄せる。警察の中の知己からではあったが、こちらに対しても、事情聴取を任意で行いたいとの内容だ。正直無視したい所である。
誘拐された人達は警察で事情聴取を受けていた。メディアにおいてさらわれた人達が救出されたことは、とっくに話題にあがっていたが、港の倉庫がグリムペニスの名義であったにも関わらず、その関連性は全く取沙汰されていない。
誘拐犯である海チワワの構成員の殺された者達の死体も、警察に発見されていた。
警察は元々誘拐犯達の正体を知っているのだろう。最近では日本の政界と財界にも多大な影響力を持つようになった、グリムペニスという世界最大の環境保護団体の圧力があって、思うように動けないだけだ。彼等が明日出港する豪華客船の中に踏み込んで強制捜査するのは、どう考えても不可能だ。
もちろん警察も何もできず手をこまねいているわけでもない。上からの圧力をはねのけるための画策も行っているはずだ。
裏通りにおける噂によれば、薄幸のメガロドンのテロの際も、圧力を受けながらも警察はしっかり陰で動いて、同時多発テロの大多数は防いでいたという話だ。テレビ局の電波ジャックだけに関しては、普段マスゴミに叩かれている意趣返しとして、意図的に動かなかったという説もあるが。
しかし凜からしてみると、警察の介入はできるだけしてもらいたくないというのが、本音である。
「そもそも私達が引き受けた仕事だから、警察はお呼びじゃないのよね。この仕事は、亜空間の通路を開く私の方がずっと適している。イーコもそれがわかっているから、私の所に来たのだろうし」
イーコ自身も同様の能力は持っているが、人前に出られないイーコの力では限界がある。そのうえ相手はイーコの存在を察知できるという。だからこそ助力を求めたのであろう。
(私は逆の意見だな。警察の助力もあった方がいいんじゃないか? 奴等の力、見くびれんぞ)
少し厳しめな口調で告げた町田の言葉に、凜は考え込む。
「警察云々は置いとくとして、あいつらの戦力はかなりのものだとわかったし、何だか今回は嫌な予感がする」
(魔術師とやらも控えているようだしな。気を引き締めてかかれ)
「私は気を引き締めなかったことなんてないけどね」
頭の中に響く町田の警告に、凜は小さく息を吐く。
「あの二人も一応は気合いを入れて臨んでいるけど、危なっかしいのは相変わらずだし。あ……もしかして町田さん、私があの子ら見ているような目で、未だに私のこと見ているの?」
(いや、今は流石にそこまではないが、十夜と晃の二人と会うまでは、そんなイメージだったな)
「マジで……?」
十夜と晃の面倒を見るようになってから、自分はそんなに変わったのだろうかという疑問と、あの二人と会う前は、あの二人レベルと見なされていたことへの衝撃で、凜は複雑極まりない気分に陥る。
(彼等の世話を焼くようになって、君は人として随分成長したと思うぞ。いいことだ)
「それもう何度も聞いたから、褒められてもありがたみ感じないのよね」
口ではそういう凜であるが、口元には微笑みが浮かんでいた。
(空間が歪む気配だ)
町田の言葉に耳を傾けるまでもなく、凜も察知し、口元の微笑が消えた。
「イーコのそれと同じね。つまり……」
立ち上がり、気配の方へと振り返る凜。警戒する必要性は無いとも感じたが、念のためだ。
空間の扉が開き、現れたのは、昨日倉庫で大立ち回りをしていたイーコならぬワリーコ、ミサゴであった。
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