第十二章 13
「ふーん、それで倉庫の奴等は皆解放されちゃったと? ふーん、ポリスも来てるの。ふーん」
さらってきた者達を収納していた倉庫が襲撃され、倉庫にいた構成員を皆殺しにされたあげく、さらってきた者が全て解放されたという報告を受けても、ジェフリー・アレンは他人事のような口ぶりであった。
「すでに船に積んでる分もあるんだろ? ならそれでいいじゃんよっと」
それだけ言って一方的に電話を切る。
「ま、イーコとその協力者が船まで乗り込んでくる可能性もあるわけだがね。面白くなってきたな」
言いつつ、テーブルの上に並べたタロットカードを一枚開く。出たのはまたも死神のカード。
「はははは、しつけーな。そんなに俺を殺したいわけか。まったくもって楽しみだね」
おかしそうに笑うジェフリー。
「まあ、神様が存在するなら、そろそろ俺に天罰を下す頃かもしれないなあ。うん」
そう言いながら冷蔵庫を開き、ジェフリーは中に入っている、男性器入りの容器を一本取り出す。中にたたえられた液体は酒だ。
ジェフリー・アレンはシドニーで生まれ育った。十四歳で初めて人を殺し、二十歳から魔術を学び始めた。
最初の殺人は事故として処理された。近所の子供を川に突き落としたのだ。誰も見ていないので、落とした所で平気だろうと思いたち、衝動的に突き落とした。ただ興味本位だけで、殺してみた。
殺人を行い、しかもそれが事故として処理されたことで、ジェフリーは全能感のようなものを覚え、酔いしれた。だが何日かしてすぐに冷静になった。あれはただの偶然のシチュエーションであり、幸運の作用に過ぎないと受け止めた。
魔術の存在に手を出したのは、十年前に世界中で霊とあの世の存在が認められたのがきっかけだ。超常の領域に人も踏み込めるのではないかと思い立ち、必死に探った結果であった。とある魔術教団のイニシエーションを受け、ジェフリーは魔術師となった。
成人してからの修行では時間がかかると言われたが、元々の才能があったおかげで、ジェフリーはわずか二年で一人前の魔術師へと成長した。そのまま力を伸ばしていけば、相当強力な魔術師へともなれたであろうが、ジェフリーには不要なことであった。彼は最低限、殺人を犯しても捕まらない程度の魔術があればよかったのだから。
魔術を習得したジェフリーは、十代前半の少年を狙って殺人を繰り返すようになっていった。殺す際に性器を切断するという行為を行うようになり、切り取った性器は全て酒の中へと漬けて、その酒を飲むようになった。飲み終わった後は生で食した。
殺害する際には、動けなくした犠牲者を酸で溶かした。その殺害方法をジェフリーはいたく気に入っていた。同時に証拠隠滅にもなった。
海チワワの一員となってからは、祖国での殺人はなりをひそめるようになったが、代わりにさらってくる他国人の中に好みの容姿と年齢の少年がいた際、幻影の結界を築いて、その中で弄んで殺すようになった。
ジェフリーは人を殺す際、自分が良い行いをしていると信じて疑わない。人間を悪と断じている彼からすれば、人間の死は善であるからだ。事故や災害のニュースや新聞記事を見る度に、ジェフリーは喜悦を覚える。
人を悪と信ずるきっかけになったのは、幼い頃にグリムペニスのパンフレットを見てからだ。人類が環境破壊を行っている事実をこれでもかと記し、読んだ者に憤りを覚えさせるよう煽った内容。幼いジェフリーはこれにあっさりと感化してしまい、その気持ちが人間イコール悪という単純な価値観へと成長して、彼の心に根ざしてしまったのである。
「いや、神様が人間の味方とも限らんか。神様が人間を悪魔とちゃんと認めているのなら、そろそろ世界を滅ぼして、俺だけは天国に連れて行ってくれるかもしれないな。うん」
酒に酔いながらそんなことを呟いたその時、扉の方からガリガリと妙な音がする。
「入れ」
「ミャー」
ノック代わりに扉を引っかいていたエリック・テイラーが、猫を真似た鳴き声と共に扉を開き、部屋に入ってきた。相変わらず上半身裸のままだ。
「んん~? 寂しくなって遊びにきたのかー? よーし、遊んでやろう。ほーれほれほれ」
紐のついた鼠の玩具を取り出し、床に放り投げるジェフリー。
「ミャー、ミャー」
猫になりきった仕草と動きで、鼠の玩具にじゃれるエリック。ジェフリーは紐を右に左にと動かし、エリックと遊ぶ。
ジェフリーはエリックを人と見なさない。だからこそエリックには心を開ける。
「あのイーコも、お前の遊び道具にくれてやればよかったなあ」
エリックを見ながら思案顔になってジェフリーは言った。
「俺が嬲り殺しにしちゃったけどなあ。腹の中に詰まってた餓鬼は傑作だったなあ。ああ、こないだお前にあげたあの変わった肉がそれな。俺が調理したんだ。美味かったろう?」
「ミャミャー」
ジェフリーの言葉を理解しているのかいないのか、笑顔で頷くエリック。
「イーコか。かなり手強いようだ。それに人間の協力者までいるとはね」
倉庫が襲撃された際、構成員の一人が死んだ振りをして生き延び、倉庫の襲撃者達を目撃して報告していた。
「俺とエリックと船にいる連中だけでも十分だと思うけど、一応念には念を入れておくか」
紐を離し、空中にディスプレイを投影する。裏通りにおける、始末屋や殺し屋のリストが載っているサイトを開く。
「値は張るが実績は大したもんだ。こいつにしよう」
その中でも特に優秀と思われた始末屋を一人選び、雇うことを決めた。
***
「想像以上に厄介ね。私設軍隊まであるとは」
車を運転しながら凜が言う。凜達五人は車で夜の高速道路を走り、安楽市へと帰る途中であった。
先程の倉庫での戦闘も、結構ハラハラした凛である。敵の数、火力、練度、全てが脅威と感じられた。凛が能力を駆使し、さらにミサゴの援助があったから勝てたようなものの――
(この子ら二人だけじゃ間違いなく死んでたって事は、後でちゃんと伝えておかないとね)
そう思って、凛はこっそりとため息をつく。凛としては十夜と晃をヘコますようなことばかり言いたくはないが、保護者ポジションとしては言わざるを得ない。
「コウ達から連絡がありました」
携帯電話を片手にツツジが口を開く。
「クルーズツアーを行う彼等の豪華客船は、侵入者感知の結界が張られていて、迂闊に潜入できないとのことです。グリムペニスの一人を催眠術にかけて尋問した所、やはり船の中に誘拐された人達が運び込まれたそうです。倉庫にいた人達も、それ以前に私達が救出した人達も、さらわれた人は全て、ツアーの豪華客船へと運ばれる手筈だったそうです」
「イーコって催眠術なんてかけることもできるんだー」
ツツジの報告に、晃が感心したような声をあげる。
(町田さん、侵入者感知の結界ってどんなものかわかる?)
声に出さすに頭の中で問う凜。
(どのようなものか、ある程度は予測がつく。船に入り込もうとした者が、感知される仕組みであろう。もしも敵意や悪意を持つ侵入者だけを選りすぐって感知できるのならば脅威であるし、侵入は困難になるだろう。だがそのような術を扱える者など、そうそうおらんよ)
(つまり、客として入り口から堂々と入り込めばいいわけね。さもなきゃグリムペニスの構成員に化けるか)
町田の答えを聞いて、凜の中でこれからの方針が大体決まった。
「ツアーは明後日からでしょう? 私達は参加客として乗船して忍び込めるけど、イーコがその際に同乗してもバレちゃう?」
「聞いてみます」
凜に尋ねられ、携帯電話にメールをうつツツジ。
「件の魔術師とやらに接近すると察知されるそうです。しかしそれ以外は不明だと」
返信を読み、ツツジが報告した。接近して察知されるようになったのは、殺されたライラックというイーコが察知されたからなのではないかと、凜は推測する。
(感知の能力を特定の条件の者に絞るなど、相当に稀有な能力の持ち主でないかぎり有り得ん。もちろん、いないこともないがな)
町田が言った。
「ていうかさ、船にあがったイーコが問答無用で察知されるのなら、さっきのミサゴって子も危ないじゃん。でも彼は、船の中も知ってそうな口ぶりだったじゃない」
「ああ……言われてみればそうね」
十夜の指摘を受け、凜は己の頭の回らなさを恥じる。
「明後日まで君達はどうする? よかったら事務所に泊まっていく?」
晃がイーコ二名の方を向いて声をかける。
「いえ、そこまでしてもら……」
「うおおおっ、いいのですか? それでは甘えさせていただきます。一宿一番の恩義、忘れませんよぉーっ」
ツツジが遠慮しかけたが、アリスイの声によってかき消された。
「アリスイが楽しい奴だから、夜はにぎやかになりそうだね」
微笑む晃。
「明日が空くなら、明日は息抜きも兼ねてちょっと遊びに行かない? イーコ達も連れてさ」
十夜がそう提案した。
「ねえ、凜さん。駄目かな?」
「あのねえ……ほころびレジスタンスのボスは晃だっていつも言ってるでしょ」
お伺いをたててくる十夜に、苦笑混じりな声で凜が言った。
「ボスっ、許可をくださいっ」
「うむ、許してつかわす」
笑いながら許可をねだる十夜に、腕組みをして口をへの字にして偉ぶった口調で晃は許可した。
「オイラ達を連れてって……イーコは原則的に人前に姿を現しちゃいけないんですよっ」
「姿を見られたら不味いんでしょ? それなら変装すればいいじゃない。せっかくだし一緒に遊ぼうよ」
不安げな表情になるアリスイに、晃があっさりとした口調で言う。
「よし、帰りに変装グッズを買おう。それで人間に変装すれば一緒に街も歩けるよね」
「そんなことでお金を使わせても……悪いですし」
どんどん話を進める晃に、ツツジも遠慮するが――
「じゃあ早速明日のために服屋に行こうぜ。ツツジちゃんとアリスイは、服屋に入る時は亜空間トンネル通って、次元の穴から覗いて、どの服がいいか遠慮せず言ってよね。凜さん、高速下りたら服屋にGOね」
「はいはい」
晃は耳を貸さず、どんどん話を進める。
「ツツジさん、晃は凜さん以外の言うことに耳貸さず、自分のやりたいことやり通すから、諦めた方がいい」
「そうなんですか」
十夜が笑いながら言い、ツツジもおかしそうに微笑んだ。
「うんうん、僕はそういう男なんだぜぃ。って、今ツツジちゃん初めて笑ってなかった?」
「ええっ!? 本当ですか! イーコ界きってクールビューティーのツツジが笑うなんてっ!」
晃の指摘に驚いたようにアリスイがツツジを覗き込んだが、すでにツツジは笑みを消していた。
「あ、ちなみに私はパスね。ガキンチョ組だけで遊びに行ってらっしゃい。調べものがあるの」
凜が言う。
「えー、凜さんも一緒に行こうよー。よし、ここでボスの命令発動だあ。凜さんも一緒に来るようにっ」
「行かないと言ったら行かない」
おどけた口調で言う晃だったが、つっけんどんに断る凜。
「やっぱりここのボスは凜さんじゃん……。ねえ?」
晃が肩をすくめ、十夜もイーコ二人組も言葉には出さずに同意した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます