第十二章 5

 ジェフリー・アレンの日課の一つは、毎朝起きたら己の運勢を占うことだ。

 ホテルの一室にて、机の上に並べられたタロットカードのうち、一枚を取る。


「ヘ~イ、まただよ。何を占ってもこれだよ」


 タロットカードの十三番目、髑髏が描かれたカードを掲げ、ジェフリーはニヤニヤと笑う。


 ジェフリーは今年で三十歳になる白人男性だ。オールバックにして、額にはダビデの星のタトゥーを入れている。

 占い師よろしくゆったりとした漆黒のローブをまとっているが、服の上からでも痩身であることがよくわかる。袖から出た手を見てもガリガリだ。目の下の窪みはコーカソイド特有のものだが、彼の窪みはその中でもかなり際立っている。頬もひどくこけ落ちているので、一見して病的なイメージを与える。


「ここまで執拗だと、やっぱり何かあるなこりゃ。ミセス・ハリスに報告……は、いらねえか。俺のことなんだからな。俺の身さえ守ればいい。なあ、エリック」


 室内にはジェフリー以外にもう一人男がいた。こちらは貧相な見た目のジェフリーとは正反対に、バランスのいい体格と引き締まった筋肉の持ち主で、躊躇いなく美男子と呼べる容姿の持ち主である。だが一つ異様な事がある。何故か上半身裸という格好で、直立不動しているのだ。


「ミャー」


 エリックと呼ばれた男が、爽やかな笑みを浮かべてみて、猫が鳴くような声をあげてみせる。それが彼の返答だった。


「うんうん、だよなっ。可能性としては、大規模な事故の結果で俺も死ぬってことも有り得るし、その場合、グリムペニスの奴等も大量に死ぬ可能性もあるけど。どうでもいいな。グリムペニスの幹部と言っても所詮人間だし、死んでもいいわ。うん。あ、お前は違うぞ、エリック。お前は人間じゃなくてにゃんこだからな。死んじゃ駄目だぞ」

「ミャーミャー」


 ジェフリーの言葉に、エリックは両手を顔の横で上下に振りながら、嬉しそうに鳴く。本人は猫が壁をかいている仕草を真似ているのだろうとジェフリーは思ったが、あまりうまいこといっているようには見えない。


「よし、エリック。にゃんこはそんな動きはしないがエリック、お前は許そう。お前はにゃんこだが二足歩行の許されているにゃんこだからな。スペシャルだ。しかしエリック、これはどうなんだ? 手を伸ばしても届かない、空に描いた絵。惑わすために? 欺くために? はたまた想い焦がれるために?」


 人差し指を眼前に立てたジェフリーの口から、呪文のような呟きが漏れる。否、それは呪文そのものだ。

 ジェフリーの人差し指の上に、スイカほどの大きさの青い火球が発生する。


「動物は火を恐れる。エリックもにゃんこだから火が怖いのではないか? それっ」


 ジェフリーが人差し指をエリックの方に傾けると、青い火球が猛スピードでエリックめがけて飛んでいく。


「ミャッ」


 一声鳴くと、エリックは火球めがけて息を吹きかけた。エリックの息に吹き消されたかのように、炎が霧散する。


「ふむ。にゃんこだからこそ、幻術のトリックには引っかからないと言ったところかな」


 笑顔のエリックを満足そうに眺めながらジェフリーが言う。


「このカードは俺の占い結果ではなく、ミセス・ハリスの結果ということにしておきたいところだな。うん。そんななすりつけ、できるわけも無いが」


 机の上の死神のカードに手を置いて言い、ジェフリーは立ち上がると、冷蔵庫へと向かう。

 冷蔵庫が開かれると、中には全く同じ半透明の小さな容器がズラリと並び、中には液体がたたえられている。容器の中には全て同じものが入っていた。それらは全て、小ぶりで包皮を被ったものが多く――明らかに未成年のものと思われる。


「ミセス・ハリスはこう申されている。日本人は人間ではないと」


 容器の一つを取り出しながら、ジェフリーは語る。


「ハッ、俺に言わせればくだらんレイシストの戯言だ。イエローだろうとブラックだろうとホワイトだろうと、人間は人間だ。だからこそ許せない。神より与えられしこの美しい大自然の破壊者、それが人間だ。全ての人間は、傲慢極まりない悪魔なのだ。しかしエリック、お前は違うよな? にゃんこだもんな」

「ミャー」


 何度もしつこく確認するジェフリーに、エリックは愛想のいい笑顔で鳴いて返事を返す。

 容器の蓋を開き、ジェフリーは中の水色の液体を口にする。


「日本産も悪くない。日本滞在中にできるだけ多く集めてから、帰国したいね」


 容器を目の前でかざし、中にある物をまじまじと見つめながらジェフリーは言った。


「形、大きさ、味の違いはあれど、ペニスもまさしく人間のそれだよ。ミセス・ハリスの価値観はまさに戯言――」


 喋っている途中に電話が鳴る。


「俺だ」

『ボス、大変です……』

 明らかに脅えた声が受話器の向こうから発せられ、ジェフリーは満面に笑みをひろげた。


「おっ、失態の報告か? こいつは楽しみだなあ。どんな失態だ? ん~?」

 露骨に楽しそうな口調で問う。


『我々の班がさらってきたジャップの半分近くを失いました。さらう現場も目撃し、俺達の後を尾行してきて、隙をついて逃がした連中がいまして……』

「うっひょおおおおおーーーっ!! ほーーーおおおうぅぅ! グッレエエエェェェト! そいつはすげえ! ものすげえ大失態だ! お前最高! 超最高―――っ!」


 笑顔のまま大声で喚きたてるジェフリー。


「おいっ、お前今びびってんだろ? この俺に失態の報告して、俺からどんな制裁受けるかわからねーとびびりまくりだよなぁーっ!? 溶かすか? 溶かされちまうかーっ!? 可愛いぜユーッ! お前の恐怖がびんびん伝わってきて、勃起しちまったじゃねーかよ!」


 ハイテンションに喚きたてたところで、急にジェフリーの顔から笑みが消える。


「しかし待て、その逃がした奴等ってのは何者なんだ? ポリスか? それにしちゃ話がおかしい気がするぞ。先にポリスって言いそうなもんだし、隙をついて逃がすってのも変だ」

『ポリスではありません。その……言いにくいことですが、ジャバニーズモンスターの……いわゆる妖怪という奴です。イーコという……。御存じありませんか?』

「知らんが、そいつはネットで検索すれば出てくんのか?」


 言いながらジェフリーは空中にディスプレイを投影し、イーコとうって検索を始める。


『はい』

「おっ、見-っけ。ふむふむ……」


 イーコなるものを調べているうちに、ジェフリーの顔が険しくなっていく。


「人間を守護する妖怪だとおっ! ガッデーーーーム!」

 憤怒の形相で怒鳴る。


「そんな奴等が介入してくるとか、楽しくなってきたじゃねーかよ! はっはぁーっ! 残りを奪われないように厳重に警戒しろよーっ!」

『しかしボス……奴等はボスと同様にサイキックの使い手のようで……』

「サイキックって言うなあっ! 俺様はイニシエーションを経て、修行を積んだ正当なるウィザードだぞ! なんちゃって超能力者とはわけが違うんだよぉ!」

『ボスの力が必要です。我々には対処できません。奴等、透明になるのか瞬間移動するのかわかりませんが、いきなり現れたかとおもっらた姿を消し、さらったジャップ共も皆かき消されるように連れ去られて……』

「おっけー。おっけーだ。すぐ行く。マスかきながら待ってろ」


 大きく息を吐いて電話を切ると、手にした容器の中身を飲み干すジェフリー。


「おい、エリック、出かけるぞ。今日は朝から俺は機嫌がいいんで、こいつは特別にお前にやろうっ」


 そう言ってジェフリーは容器の中に残った物を取り出すと、エリックの方へと放り投げる。


「ミャー……」


 エリックは笑みを消し、沈んだ声で鳴くと、投げられた物をひょいっとかわす。


「こらこら、好き嫌いはよくないぞっ、エリック。まあいい、むぐむぐ……ひくほ(行くぞ)」


 床に落ちた物を拾い上げて己の口の中に放り込むと、ジェフリーは部屋を出た。

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