第十章 9
「噂通りの腐れ外道だな」
真が背後を向いて立ち上がる。珍しく殺気は抑えている。普段なら殺気全開で臨むが、今回はアドバンテージを取るために、あえて抑えていた。
(真!? 来たか!)
真のその姿を見て、美香も警戒した。だが歌うのはやめない。歌いながらも、いつでも銃を抜けるように心構えをしておく。
真が銃を抜き様に撃つ。銃声は音楽にかき消されたが、真が銃を撃つ姿は、周囲の観客も、ステージ上の演奏者達もしっかり目撃した。
総立ちの客と客の間を抜けて飛来した銃弾は、陸のいた空間を通り過ぎて、スタンドの壁を穿つ。
(情報通りだったか。しかしあのメールの主は何者なんだか)
銃撃を回避した陸を見つめながら、真は考える。
一方で銃撃をかわした陸は、携帯電話を取り出す。
「子供が銃を撃ってきた。あいつ誰だかわかる?」
電話の相手はもちろん由紀枝だ。スタンド席にいて、双眼鏡で様子を伺っている。
「相沢真て人。雪岡純子の殺し屋。陸と同じ有名人だよ」
ネットを見る事ができない陸に代わって、裏通りの知識を仕入れている由紀枝が、双眼鏡で真の顔を見て、電話越しに答えた。
「ああ、サイモンの弟分か。随分と早くエンカウントしたもんだ」
嬉しそうに微笑み、陸は真の方に顔を向けた。
陸のその双眸は閉じられたままであったが、真は確かにその瞬間、相手に見られた感覚を覚えた。
真が片手を勢いよく上げる。美香への合図だ。美香もそれを確認し、曲を中断する。演奏者達も一斉に演奏をやめて、足早にステージ裏へと移動する。突然の出来事に観客達が鎮まり、きょとんとした表情でステージを見ていたが、美香が懐から銃を取りだして天に向かって撃ったのを見て、驚愕した。
「全員死にたくなければ逃げろ! 後方に向かって逃げるな! 左右に逃げろ!」
マイクに向かって放たれた怒号。さらにもう一発の銃声。そして銃口を観客席へと向ける美香。ただならぬ気配を察知し、観客達は恐怖よりも戸惑いの表情を浮かべて避難を開始する。
「つくなみかが現れた。攻撃、銃、腹部、胸部、つくなみか」
陸も銃を抜き、二発撃とうとしたその時――
「不運の後払い!」
美香が叫び、運命操作術を発動させる。身にかかる如何なる不運も一日に一度だけ回避し、後々小さな不運へと変換して支払う能力である。
逃げる観客の一人が躓き、そのはずみでバッグが吹っ飛ぶ。そのバッグが意図された偶然によって、陸の持つ銃めがけて飛ぶ。その動きを美香はちゃんと見ていた。バッグが銃に当たってひるんだその隙をついて、美香は陸めがけて撃つつもりでいた。
普通ならこのような全く予測不可能な偶然の飛来を回避などできない。しかし、驚くべきことに、陸はまるでそれをわかっていたかのようにバッグを避け、平然と銃口を美香に向けなおしたのである。
引き金に力をこめようとした刹那、陸はその行動を中断した。真が三発続け様に撃ってきたからだ。
いつの間にか、真は舞台の上へ上がっていた。そして素早く美香の傍らへと移動する。すでにいつも通り――いや、いつも以上に強烈な殺気を放っている。護衛対象の美香ですら息を呑むほどの。
「何や! ワレら何しとんのや! ライブはどうなっとんねん!」
最前席にいた丸眼鏡をかけた痩せた中年男が、逃げずに関西弁で喚く。
「早く逃げろ! ここは危険だ!」
それを見て美香が鋭い声で叫んだが、
「嫌やわ! ワイは金払ってライブ見に来とんねんで! 払った金の分、しっかり歌聴くまで帰らへんわ!」
銃撃戦を目の当りにしてもなお、丸眼鏡の関西人は全く引こうとしなかった。
「この人、どこかで……」
その丸眼鏡の男に、蔵は見覚えがあった。しかしどこの誰であるか思い出せない。
「取りあえず私の後ろに隠れていた方がいい」
「そうでっか。すんまへんな」
蔵が丸眼鏡の男に声をかけると男は素直に従った。
すでに客は大半が逃げ出している。残って隅の方に隠れつつカメラを回している者も数名いたが、客席はほぼガラガラの状態である。グラウンド上の客席には、両目を閉じた男が一人佇んでいるだけだ。
「粋がよさそうだし、実験台に使ってやるよ」
陸を見据えたままそんな言葉を発する真。
(実験台?)
その言葉に反応し、美香は訝る。
(別に声に出さなくてもいいのにー)
一方でみどりは苦笑している。
真が左に数歩移動した。
陸が銃を撃つ。真がそれまでいた空間を銃弾が通り過ぎていく。
美香が二発撃つ。それとはタイミングをずらして真も一発撃つ。陸はあっさりとそれをかわし、さらにまた真を狙って撃った。
(明らかに僕の方を狙っているな。先に邪魔な方を片付ける算段か)
真が思う。二発目は危うい所でかわしていた。ズボンをかすめていき、一部ちぎれている。
美香が二発撃つ。やや遅れて真が一発撃つ。先程同様にタイミングをズラしている。真のやろうとしている事を美香は即座に看破した。以前東京ディックランドでやった事を、美香との連携を交えて行おうとしているのであろうと。
陸は無駄の無い動きでかわし、また真を狙って撃つ。真も最低限の動きでかわし、避けざまに、今度は美香より先んじて一発撃った。
「悪意への支援アンド不運の譲渡!」
それを機と見て、二つの運命操作術を同時に発動させながら撃つ美香。不運の譲渡が、先程の不運の後払いとの重ね技でもあるから、三つの力が働いているとも言える。これによって不運の後払いによって生じるであろう、未来の不運のツケもキャンセルし、相手に押し付ける事ができる。さらに悪意への支援が重なっている。
陸が真の銃撃をかわし、さらに美香の銃撃もかわそうとしたその時、あろうことかスタンドからボールが飛んできて、陸の後頭部めがけて落ちてきた。
だが陸はそれも見えていたかのように、美香の銃撃共々回避した。
それを見て美香はもちろん、真ですらも驚きを禁じ得なかった。
わずかな攻防で、かなりの使い手であることを実感できた。銃撃の速さもさることながら、撃ってくるタイミングも読みづらい。みどりの言葉通り、気配をほとんど感じさせない。だがそれよりも驚いたのは、美香と真の二人がかりの銃撃に対しての反応速度と、純粋な回避行動の速さだ。特に、背後からのボールを避けた動きは、どう考えても有り得ない。
真を狙ってさらに銃口を向ける陸。まるで美香ではなく自分を殺しにきたかのようだと、真は思ってしまう。
(それは無いよぉ~。一応こいつの目的は美香姉の殺害だ。そういう指令を受けているね)
(指令?)
みどりの言葉に反応した直後、陸の弾丸が真の左肩に当たり、真は大きく体勢を崩した。
防弾繊維は貫かなかったが、衝撃にひるみ、次の攻撃に動けないうえに、大きく隙を見せてしまっている。陸が立て続けに撃とうとしたが、先に美香の銃撃に晒されて、回避に回る。
美香がいなければ危ない所だった。陸の攻撃が次第に正確さを増し、自分の動きに合わせられているのが、真にははっきりとわかった。まるでコンピューターにターゲッティングされて、銃口が自動追尾してきているかのような気分だ。
「あいつ……」
と、体勢を立て直して銃撃しようとした真の手が止まり、呻く。美香も同様に手が止まる。自分達の前方、そして陸の後方に現れたある人物の存在に、二人の目は釘付けになった。
(さっきのボールもひょっとしてあいつが投げたのか!)
運命操作術の偶然が必然と重なったのではないかと、美香は勘繰る。
「おいおい、ここでおでましかよ。メインクエストの最中だぞ」
振り返らずとも、陸はその人物が誰なのかわかって、忌々しげに吐き捨てた。
長身の女性が、速足で席の間の道を歩いてくる。いや、長身どころの騒ぎでは無い。陸よりも二回りは背が高い。ぱっと見だけでも明らかに2メートル越えているのがわかる。それでいてスタイルは整っていて、脚がとんでもなく長い。
歳は二十代半ばか後半と思われる。もしかしたら三十代かもしれないが、それなら相当若く見える方であろう。少し怒気を帯びた表情ではあるが、面長で鼻筋の通った美女である。紺と白の柄のスカーフを巻き、白いスーツとタイトスカートに、ベージュのタイツという格好だ。
「谷口陸、何をトチ狂ってこんな目立つ場所で暴れてんだ? 俺から逃げ回って、コソコソとゴキブリみたいに這いずって生きているお前らしくもないじゃないか。ええ?」
だが、その口から発せられた口調も声も、女性のものではない。低く渋い男の声だった。
「何やあのめっちゃでかい女!」
「芦屋黒斗……」
丸眼鏡関西人が超長身の美女――ではなく、女装した男性を指して叫び、ほぼ同時に、蔵がその人物の名を口にした。
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