第九章 23

 解放の日は終了した。


 警察の妨害によってテロを達成できなかった者もいれば、無事に達成した者もいたが、祭りとしては上出来だと、みどりは満足している。

 教団本部への強制捜査は不可能と悟ったようで、警察がこれ以上敷地内へと踏み込もうとする気配も無かった。国のお抱えの妖術師及び呪術師達が、束になっても対抗できない程の強力無比な妖術師相手に、常人がどうこうできるはずもない。


 自室で一人、みどりは黄昏ていた。


「楽しかったなァ……私の長い転生の旅路の中で、記憶している中じゃ一番楽しかったぜィ」

 満足そうな笑みを浮かべて、虚空を見上げて呟く。


 目を瞑り、第二の脳と意識を直結させる。中に詰まった膨大な記憶。それは信者達の心と触れた記憶だった。彼等の悲痛も喜悦も、全て詰まっている。彼等の心が砕け散った時の絶望も、彼等の復讐が成就した際の絶頂も、全て詰まっている。みどりはそれらを同時に触れて味わい、楽しむ事ができた。


「皆の心がみどりの中にいて、皆の心の中にみどりがいる。憎むべき屑に血の贖いを。死を。破壊を。絶望というこの世で最も愉快な感情のお返しを。イェア、最高のカタルシスぅ~」


 それらは一度みどりが彼等と共に味わったものだ。ディスクを再生させるかの如く、第二の脳から再度味わって楽しんだ。だがもう三度目は無い。


「終わったよぉ~……杏姉」

 その呟きと同時に、みどりの表情が若干曇る。


「あたし、転生して多くの人と知り合ったけどさァ、沢山の人間の死を看取ったけどさァ、一番あたしの心の中奥深くまで触れたのって、杏姉だったよ。波長もあったし、それに、杏姉は積極的にあたしの心に触れようとしてた。あたしと知り合った人の多くは逆だったのにね~」


 そこまで呟いた所で、再びみどりの口元に微笑が浮かぶ。


「ま、身も蓋も無く言うと、杏姉は好奇心の塊みたいな性格で、なおかつ下世話な所もあったからなんだろうけどね。でもさ……あたしはそれが凄く嬉しかったんだよ……」


 虚空に思い浮かべ描いた杏に向かって、歯を見せて笑いかける。


「この部屋で杏姉と一緒にいた日々、忘れない……って言いたい所だけど、みどりの時間ももうすぐ終わり。思い出に浸る時間もあとわずかってね」


 立ち上がり、部屋を出るみどり。行先もやる事も決まっている。この部屋に戻る事ももう二度と無い。


***


 岩石砂漠にそびえ立つ、アーチ状の岩山。政府の正規軍及び、雇われた傭兵達はそこに拠点を築き、ゲリラを迎え討っていた。

 ゲリラは日本製の安値で機動力と装甲力に優れたバトルクリーチャーを大量に購入し、岩山の拠点に放った。

 溶肉液入りの弾頭やRPGによって、バトルクリーチャーは次々と倒される。所詮は使い捨ての駒。だが無視はできない。むしろ優先的に倒していくことになる。拠点にたどり着かれたら、その尋常でない殺傷力が猛威を振るう事になるからだ。


 バトルクリーチャーに注意と弾頭が向けられる一方で、ゲリラからの銃弾と砲弾が別方向から降り注ぐ。二手からの攻撃のおかげで、正規軍の防衛は散漫になる。


「随分と粘ってくれたな。やっこさんらが根性あるおかげで、こっちは被害甚大だ」


 戦闘が終わった後、黒人の傭兵が微笑みと共に皮肉めいた言葉をこぼす。戦闘は一応こちらの勝利で幕を閉じ、ゲリラは撃退されたが、辛勝だった。

 バトルクリーチャーは拠点まで乗り込んできて正規軍兵士達を蹂躙し、大量の死傷者を出した。混乱している所に、さらに激しい銃撃をあびせられ、死傷者は増えていった。

 拠点に入ったバトルクリーチャーを傭兵達が速やかに始末しなければ、間違いなく全滅していたであろう。


 今からおよそ五年前の話――傭兵になって日の浅い真は、彼等の手並みに舌を巻いていた。

 普段は温和なフランス人の傭兵は銃すら使わず、営利な鋼線でもってバトルクリーチャーを何匹も切断していた。最年長と思しき中国人は超常の力を用いたようで、触れずに獰猛な獣の巨体を一喝で吹き飛ばしていた。臨時で隊長を務めているという黒人兵士は、体術とナイフ一振りだけで、バトルクリーチャーの首を正確に切り裂いた。


「リング上で、ちゃんとルールに則ったうえで、ボクシングで俺と勝負した場合、お前は勝てると思うか?」


 自らが仕留めた生物兵器の骸の上に腰かけ、黒人兵士は愛想のいい笑顔で真に問う。

 彼の名はサイモン。歳は三十代といったところか。筋骨隆々とした肉体の持ち主ではあるが、背は低い。おそらく160センチそこそこであろう。だがその体に秘められた強さを、真はすでに幾度となく目の当たりにしている。


「無理だ」

 即答する真。


「その通りだ。まずガタイが違う。これだけでお前に勝てる見込みは限りなく無い。ラッキーパンチも、お前のそのちっこい体で、しかもグローブのはめられた手では、当たった所でどうにもならない」


 真の回答に満足するような響きを越えに混ぜて、サイモンは笑顔で語る。純子と同様に、いつもにこにこと明るい笑みを浮かべて、場を和ませる男だった。


「だがリング上で、素手でルール無しだったらどうだ? 少しはお前が勝つ可能性も上がるぞ。まあ、ほんの少しだがな。さらにナイフを与えられたら、また少しだけ上がる。ゲーム的に言うなら、攻撃の命中度はともかく、当たった時のダメージは跳ねあがる。会心の一撃が出れば、文字通りのクリティカルヒットだ。うん、おかしな言い方だが、言いたい事はわかるな?」


 無言で頷く真。


「で、ナイフを与えられ、四角いリングですらなく――そうだな……森がある無人島でサバイバルしながら、相手を見つけだして殺せと言われたら、さらに確率は上がる。罠も張れるし、不意打ちもできる。俺の言いたいこと、もうわかっただろう? 俺はスポーツって奴が大嫌いだって話だよ。スポーツでの勝負なんてのは、身体能力の差だけで概ね決まっちまう。俺も体が小さいからスポーツじゃ何やってもトップに立てなかった。でもな、ルール無用の殺し合いとなれば、どんな相手でも負けやしないぜ? どんなにデカい奴だろうと、スポーツ万能な奴だろうと、得物の携帯が可能で、相手を殺せばそれでいいってんなら、ありとあらゆる方法を考えて、勝負に臨める。そう、生まれつきの才能やらガタイだけで決まっちまうような、スポーツなんかより、ずっと幅のある勝負ができる。リングの上でバトルクリーチャーと素手で戦えと言っても無理だが、何でもありなら、バトルクリーチャーだろうが、サイキックだろうが、得物と手段を考えれば、勝負になるし勝利もできる」


 彼がその時に言った言葉と、全く同じような言葉を純子からも聞かされた。相手が何者であろうと、どんなに強大な力を持っていようが、何でもありならば、絶対に勝てないなどということはない。その考えは、真の中に骨の髄まで身に染みついている。


「ルール無用の世界だからこそ生きられる奴、輝ける奴ってのはいる。あるいはそこでしか生きられない奴もな」


 そう言ってサイモンは、岩盤の上でにたにた笑いながら口の端から涎を垂らし、居眠りしている白人を一瞥した。一体どんな夢を見ているんだと、真は頭の中で微笑みを零す自分を思い浮かべる。


「あいつの鋼線もそうだ。あいつはとびきりの馬鹿だから、餓鬼の頃に漫画の影響受けて、鋼線を武器にしようと本気で考えて、その訓練を自力でやっていた。他にもいろんな漫画の技を習得しようとしたらしい。馬鹿の思い込みパワーってのは怖いもんだ。本当に実践レベルまで練り上げ、しかもそれを役立てるために戦場に飛び込みやがった。ルール無用の世界でしか、あいつが編み出した技術は役に立たないからな」


 後に真にこの鋼線の扱いを教えたのは、間抜け面で居眠りをしている彼だった。


***


(あの時のサイモンの言葉が、これほど力強く響く時が来るとはな)


 薄幸のメガロドン本部建物前に再び訪れた真は、かつての仲間が語った持論を思い起こし、強く噛みしめていた。


「思い直しません……か? 何度も言いますが、とても無理です。相手は……人の範疇を越えた者なんですから」


(一方、こいつときたら……)


 後ろを歩く累の後ろ向きな発言に、真は苛立ちを覚えずにはいられない。


(こっちのやる気を削ぐ発言ばかりして。こいつに頼るのはこれっきりにしよう。いや、そこまで突き放すのも可哀想か。でも、できるだけやめておこう。本当鬱陶しい)


 累は累なりに真を案じてくれているのであろうが、頭から無理と決めつけて水をかけるような真似には、いい加減うんざりしていた。


(いや、こいつにもわからせてやる。実際に勝ってみせて証明してやる。それもただ勝つんじゃない)


 今や累の仇討ちは半ば口実に過ぎない。己の頭の中に描いたプランの実現――それこそが真の本当の目的である。それは累にも教えていない。


(杏の死があってこそ、思いついた事だけどな。あいつの死を無駄にしないためにも、やり遂げないと。でも……)


 決意する一方で、不思議な感覚が真の中にあった。


(失敗する気がしないんだ。必ず成功する気がする)


 真の中にある確信の予感。その根拠が何であるかというと、先日会った麗魅との会話によるものであった。あの時、真は麗魅からある情報を聞き出していた。

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