第九章 24
みどりは部屋を出て、本院の地下へと向かった。
地下の一室には、一人の女性を監禁していた。彼女に用があった。途中に出会った信者達に笑顔で挨拶してまわりながら、彼等の顔も見納めである事を意識、心の中で密かに別れの言葉を告げていた。
「へーい、元気ぃ? 解放の日、無事終了~。誰かさんのおかげであまりうまくいかなかったみたいだけれど、祭りとしては中々楽しかったぜィ。ニュース見てた~? 超面白い見世物だったでしょ~」
部屋の扉を開けるなり、中にいる女性に向かって明るい声でみどりは言う。
中にいた女性――杜風幸子は、座ったまま顔だけをみどりに向け、睨みつける。
「こんなことして、貴女は何とも思わないの?」
静かな口調であったが、その顔には怒りが露わになっていた。
「悪いことをしたとは全然思わないよ。だってあいつらのこと否定したくないもん。あいつらの命も意思も、あたしは絶対否定しない。世界中の誰からも否定されようと、あたしだけは認めてやるんだ。だってあいつらはみどりの信者達だし、みどりはあいつらの教祖様だもん」
笑みを絶やす事無く、みどりは堂々と言ってのける。
「だからこそ、あいつらを死に追いやった責任もとらなくっちゃね。つーわけで~、せめて最期はさっちゃんに殺されてやろうかと思って、ずっと監禁しておいたんだわさ」
みどりが口にしたその言葉に、幸子の顔から怒りが消えた。バイパーが幸子の前で何気なく口にした言葉は、やはりその通りの意味であった。
「それでさっちゃんも指令達成じゃん? 解放の日を発動させちゃったから失敗かもしんないけど、それでも悪の元凶にとどめをさせたなら、ちったあ顔も立つでしょーよ。罪の償いには全然足りないけどさァ、これ以上の償い方、あたしには思いつかないや。あばばば」
「償うなら、こっちも償ってもらおうか」
開けっ放しの扉の前に立つみどりに、廊下から何者かが声をかけた。
「ふぇ? 御先祖様ァ~、何の用で来たのォ~?」
こちらに向かって廊下を歩いている真と累の方を向き、訝るみどり。累は、明らかに容量以上のものを無理に詰め込んだと思われる、ナップザックを背負っていた。真の方は妙に厚い黒いグローブで手をすっぽりと覆っていて、何故か潰れたランドセルなどを背負っている。
「まあ立ち話も何だし、入ろうか~」
みどりが先に部屋に入り、真と累もそれに習う。みどりは中にあった椅子に座ったが、真と累は立ったままであった。
「そっちで話したいことがあれば、先に続けてくれ。ただし、死ぬのはNGだ。こちらにもこちらで、お前に用事があって来たんでね」
淡々と告げる真。
(杏姉の男じゃん……。杏姉に関する用事かな、やっぱ)
相手の心を読めば目的もわかるが、みどりはあえてそれをしない。
「信者の死の責任を取って死ぬくらいなら、初めからこんなことしなければよかったじゃない」
言葉途中に幸子は拳を強く握り締め、歯噛みする。
「何で止めなかったの? 何で止められなかったの?」
幸子にはどうしてもみどりが悪人とは思えなかった。テロを煽った張本人であるというのに、微塵も邪悪さが感じられない。己の罪を自覚し、その責任まで取ろうとしている。だがそれなら何故、このような事を実行したのか? それが全くわからない。
「ふわぁ~……あいつらはああするしか無かったのよ。ああいうのだってさァ、一つの自己表現の形じゃん? この人間社会の中の有りうる事、起こりうる事の一つが、発生しただけの事なんだよ~。あいつらはそれを楽しんだだけ。つまりそういう歴史的イベントだったんですよ。その楽しみの後押しをする事が、倫理的にはよくねー事だなんて重々承知のうえよ。社会につまはじきにされたあいつらに、でかい花火打ち上げさせて、気持ちよくしてやりたかった。みどりの気持ちはただそれだけだよォ? そして――何度も言うけど、みどりはそれを悪とは認めない。何度でも何度でも言ってやる。あいつらのために、みどりだけは肯定してやる」
断言するみどりであったが、実際には彼等の今際の際に、彼等の精神に送り込んだ精神分裂体によって、それを引っくり返すような言動を取っている。多くの信者はそれで納得しながら死んでいったが、何名かは裏切られたと感じて絶望して死んだ。
残酷ではあったが、ただ自爆テロで恨みを果たして死なせるだけではなく、彼等が本心では欲していて得られなかった普通の人生というものを今一度意識させる――それが杏の望みであったし、みどりもそれに応じた。
「そう……。貴女には貴女の信念があったという事ね」
諦めたように息を吐く幸子。そしてこちらの会話はもう終わったというニュアンスを込めて、真の方を見た。
「おい、糞壺の王女様。お前、随分と累をいじめてくれたそうじゃないか。話を聞いて頭にきたからその仕返しにきた」
真もそれを受けて、みどりに声をかける。
「ふえぇ~……何ソレ? 御先祖様ってば、自分でリベンジするんじゃなくて、ビビって代役にやらせようっての?」
全く想像外の用件に、みどりは目を丸くし、扉の方で所在無げに佇む累を揶揄する。
「正確にはヘタレて怖気づいたうえに、あっさり敗北認めて、そのくせお前に傷つけられたって事で僕に泣きついて甘えて、同門だし自分が弱くて負けたんだからリベンジなんかしない、やられっぱなしで構わないとか、どーしょーもないチキンぶり見せたから、僕もいろんな意味でムカっ腹立って、こうして余計なおせっかい焼いて代わりに仕返ししてやりにきたんだ」
「そこまで言わなくても……いいと……思いますが」
真の容赦無い物言いに、累が一層へこむ。
「イェアー、あたしゃてっきり、BLな間柄か何かかと思っただよー。雫野の伝承だと、そこにいる開祖たるご先祖様は、そういう趣味だって話だし」
「そんなことが伝承にまで伝わってるって、いろんな意味で終わってるな……。僕にはそういう趣味無いし、例えそんな性癖があっても、グダグダウジウジしてる情けない奴は、男でも女でも嫌いなんだ。だからそういう関係になるなんて有り得ないな」
「ひ、ひどい……」
言いたい放題の真に、累は眩暈すら覚えた。
「あたしよりあんたの方がご御先祖様を傷つけてる気がしてならないんだけど」
にやにやと笑うみどり。
「見た目に誤魔化されないで、相沢真。一皮剥けばそいつは化け物よ」
真摯な口調で幸子が警告する。
「化け物には見えないけれどね。まあ、かませ犬御苦労様」
「ひどいこと言ってくれるわね」
真の返した言葉に、幸子は顔をしかめる。
「つーか、あんたわかってんのォ? あたしは御先祖様と同じオーバーライフなんだよォ? 御先祖様ァ、この坊やにちゃんとそのこと教えたの~?」
「いや……貴女は……力はともかく、挌としてはステップ1ですよ。歴史と共に歴史の影から世界に干渉し続けてきた超越者達たる……僕達ステップ2と同列では……ありません。力だけなら同列ですけれどね……」
呆れ気味なみどりに、累は横道にズレた話をしだす。
「ふわぁ……みどりは御先祖様みたく、闇の歴史に名を刻むような派手なことはしてないからね。ひたすら自分のことしか興味なくって、大人にならずにすぐに転生しちゃってるしさァ。影響力の基準からしてみると格は下よね」
「その転生の話を聞いて思ったが、例え死んでも記憶や力を損なう事なく転生するのなら、死にそこまで重みも無いように感じられるな。死んで責任を取るというにも軽い」
真の指摘に、みどりの微笑みが寂しそうな色を帯びた。
「だよね。だからあたしの長い転生の旅も今日で終わり~。あいつらを死地に追いやって、みどりだけ記憶をもって転生とかアンフェアじゃんよ。もう記憶や力を持って生まれ変わるのはおしまいにするよぉ~。普通に死ぬ。これは麗魅姉やバイパーにも言ってないけどね」
「杏を代わりに死なせておきながら死ぬだと? つくづくふざけてるな、この糞壺姫は」
真の淡々とした物言いは、いつもとは異なり、微かに怒気が滲んでいるかのような響きがあった。少なくとも隣で聞いていた累にはそう感じられた。
(杏姉はあたしの身替りに死んだわけじゃないけど……そう思われても仕方ないか)
真実を教えた方がいいとは思うみどりであったが、それも正直面倒な気がする。真実を知れば、目の前の少年は復讐を考えるであろう。身替りで死んだ事にしておけば、みどりを恨むだけに留めるかもしれない。あるいは、現時点でも復讐するつもりなのかもしれないが。
「だーかーらー、あたしはこの教団の教祖なんだってば。あたしの教義で信者達を死なせて、あたしだけのーのーと生きているなんてできないって!」
「そういう考え方は嫌いではない。でも無意味だ」
声を荒げるみどりに、真は身も蓋も無く否定する。
「気持ちはわかる。でも、一緒に死ぬってのはただの自己満足だろう。死ぬことはない。お前のやったことは確かにとんでもない悪事だが、不思議と蔑む気にも咎める気にもなれない。他の奴がやったら別なんだろうけどさ。たとえば雪岡や累が同じことをしたら、腹が立つし咎めるがな」
「僕や純子が、みどりと……同じことをした場合……信者達の事をただ利用して使い捨てる程度の認識で臨むから……でしょうね。面倒を見るのも、あくまで趣味の領域で留めます。一方で、みどりは最期をも共にあろうと……している……。これは大きな違いです」
真の言葉を受けて、累が自己分析もしたうえで付け加える。
「真も少し矛盾してますね。みどりのしようとしていることを……無意味と断ずる一方で、みどりのことを認められるのは、みどりが……信者達と最期を共にしようとする人間だから……です」
「そんな屁理屈はどうでもいい」
累の指摘を、あっさりと一蹴する真。
「とにかくお前は僕と勝負しろ。累を可愛がってくれた礼をする。そしてお前を死なせもしない。杏を死なせた代価も払ってもらう」
「ふえぇ~……何だかよくわかんないけど、受けましょー」
歯を見せてにかっと笑ってみせるみどり。
(何を企んでいるのか、そいつを見ておかないまま死ぬってのも心残りだしね。杏姉の男じゃ、無下にもできないし)
累の敵討ち云々はともかくとして、杏を死なせた代価とやらが何であるかに興味を抱き、みどりは真の申し出を承けた。
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