第九章 22

 テロ鎮圧も夕方に入って一段落の兆しが見えてきた。先程のワイドショージャック及び、公開処刑生放送を境に、警察にはテロの報告は入ってきていない。


「おーおー、ネットの反応やべえ。さっきの放送に絶賛の声ばかりだぜ」


 複数のディスプレイを空間に投影し、梅津はそれらを見比べながらにやついていた。


「電波ジャックの殺人鬼が見事に英雄扱いだわ。百万人殺せば英雄なんて言葉があったが、数人で十分だったな。皆刺激に飢えてるんだなー。スカっとしただのざまーみろだの、人が殺されている様を見て、よー言うわ。これが人間の本性なんだな。公開処刑とか未だにやっている国が野蛮とか非難されるが、人間の本性から目を背けず認めていると考えれば、そういう国の方が正しいとも言えなくも無いな」


 梅津も梅津で、興奮して饒舌になっている。


「何でテレビ局に警察は行かなかったって書き込みも多いですが……」


 松本も目の前に画像を投影し、ネットを閲覧しながら訝る。


「やっばりあれですか? 薄幸のメガロドン本部の周辺同様、テレビ局に向かった警官は、教祖の超常の力で精神やられちゃった系ですかね?」

「いいや、違うよ」


 梅津が松本の方を向いて、歪んだ笑みを見せる。


「俺、マスゴミが大嫌いだから放っておいた。つーか正確には、あっちはうちらが担当するから行かなくていいって、他の連中に伝達したうえで、放っておいた。昔、マスゴミには捜査の邪魔をされたり、警察が悪者みたいな報道されたりと、散々だったからな。悪因悪果って奴だな。ざまあみろだわ。ま、それ以外の人間も結構殺されてたが、あの伴とかいう幹部の演説聞いてたら、放っておいて正解な気がしてきたわ」

「ちょっとちょっと、そんなんでいいんですか」

「いいんじゃね?」


 梅津は目を細め、松本から視線を外した。


「前にも言ったが、俺は別にテロを完全否定してるわけじゃねーしな。あんまり追い詰めすぎると社会の底辺だろうが本気で牙を剥くって事がわかれば、ないがしろにはできなくなる。あいつのド派手なテロ行為のおかげで、少しは優しい社会になるかもしれないぞ? 犯罪や自殺も減ったりしてなー」

「警察的には問題発言すぎますよ、それ」

「俺は元々裏通りの住人だしな。社会派じゃねーんだよ」


 松本の言葉に対し、嘲りを込めて梅津は言い放った。


「それが何で警察官になったからって言えば、かつて自分が犯した悪事への罪滅ぼしであったり、単純に困っている人間を助けたいという照れくさい正義感であったり、元裏通りの住人だしあいつらの気持ちもわかるから裏通り班配属が適していると思ったりと、そういう理由でだ。社会の秩序を保つ事が、必ずしも良い事だなんて思わんなー。その秩序の犠牲になって、他人の幸福の下敷きになっている奴だって沢山いるわけだからよ」

「社会の枠組みから外れた者への風当たりが余計にきつくなって、弱者の人権剥奪とかなりそうじゃないですかね」


 そう言い返した松本の言葉を受けて、梅津は少し思案した。有り得ない話でもない。


「社会の枠組みに収まらない奴のために裏通りがあるし、そっちでもっと拾い上げてくれるようになりゃいいな」


 希望的観測な答えでもって、お茶を濁す梅津だった。


***


 救急車で病院へと向かう途中、エリカは酸素マスクの下でずっと呪いの言葉を呟き続けていた。


「プリンセス……土壇場で私を否定するなんて。もう何も信じられない……」


 自殺用の薬を服用した直後、エリカの精神の中に現れたみどりは、これまでとはまるで逆のことを口にした。世界の肯定。人生の肯定。薄幸のメガロドンの否定。実際にはみどりは薄幸のメガロドンの否定まではしていないが、エリカはそう受け取っていた。


 みどりからすれば、死の間際であるが故に、厭世的な信者達にみどりの楽天的な思想を説く事ができると思っていたし、それらは大体成功した。

 破滅的な思想と楽天的な人生観を両立させているのがみどりであるとも理解できたし、多くの信者達は元々みどりを好いていたし、みどりが自分達を本当に大事に思っているからこそ、最期に世界の素晴らしさを説きもしたのだと、受け入れる事ができた。


 だがエリカには逆効果だった。彼女の呪いと恨みは、みどりへの信奉よりも、みどりの信者達へ対する慈愛よりも強かった。


「お前は生まれる前に死ぬ……悪魔の子……いや、いっそ本当に悪魔の子として生まれて……この腐った世に、さらなる災いをもたらせばいい……」

 腹部を意識してそう呟き、力なく笑う。


 信じていた者を呪い、腹の中の子を呪い、人生を呪い、この世の全てを呪いながら、エリカは息を引き取った。


 その後、病院の中へと運ばれたエリカの体より摘出された胎児は、素早く培養液で満たされた人工子宮のカプセルに入れられた。

 もうかなり昔に中絶児対策として作られたこの人工子宮は、カプセルの中が胎内と同じ状態で保たれ、胎児は生命を維持する事ができる。摘出段階では心肺停止していたエリカの胎児であったが、カプセルの中で蘇生した。


「助かったか。随分と生命力の強い子だ。母親は薄幸のメガロドンの信者なんだって?」


 胎児を入れたカプセルの前で、医師が看護師に訊ねる。


「ええ、爆破テロを試みて失敗し、自殺したそうです」

「成功したら産むつもりだったのが、失敗したからお腹の赤ちゃんごと自殺しようとしたのか」

「こんなこと言ったら不謹慎ですが、赤ちゃんだけ助かってよかった気もします」

「何を言ってるんだね。親も助かった方がいいに決まってる。たとえ犯罪者だろうが狂信者だろうがな」

「すみません」

「ただ、こう思わずにはいられんね。母親のようにはならず、心も逞しく育って欲しいものだと……」


 医師と看護師の会話は、カプセルの中まで届いていたし、胎児の耳にも届いていた。胎児がその言葉を理解する事はできなかったが、記憶として残る可能性は――

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