第九章 21

 同じ頃、雪岡研究上では、リビングルームで真と累と蔵、それに植木鉢の二人が、伴のテレビジャックを見ていた。


「この人……僕とよく似ていますね。自分とは合わない世を恨み、憎み、世に災厄をばらまいた僕と……」


 ソファーに真と並んで腰掛けた累が、物憂げな表情で言う。


「表通りに――社会にうまく適応できなかった――あるいは迎合できなかったという点では、裏通りの住人は皆こいつと同じだろう。当然、私達も含めてな」


 テーブルの前の椅子に腰かけた蔵が口を開く。


「もしかしたら普通の生き方とは異なる場所で、才華が開いたかもしれない。そういう可能性もあったのかもしれないのに、その発見には至らなかったのかもしれないな。裏通りはそうした者達の受け皿としても存在している。まあ、私にはその才能すら無かったがね」


 軽く自虐の笑みをこぼす蔵。


「そういう意味では、僕は幸運だったのかもしれないな。自分に適した居場所を見つけて、好き放題やって生きているんだから」


 蔵の言葉を受けて、真はふと己を見つめなおす。実際、裏通りに堕ちてからの日々は非常に充実しているし、刺激的で素晴らしい人生だ。だが真には、手放しでそれを受け入れて喜べない理由もある。


「でも僕はやはりこいつらが気にくわないし、認められない。生きる事を放棄して、命を投げ捨てて憂さ晴らしという、安易な道を選んだ奴等だし」


 気にくわない理由はそれだけではないが、言わなかった。


(まるであいつと同じだ。あいつは自分がこの世で最低だと思い込み、その最低の自分が卓袱台返しした事に酔っていた。それを高らかに宣言する所まで同じだ)


 伴のやったこと、放った台詞が、真の中の非常に嫌な記憶を呼び起こしていた。


「そうだな。大袈裟だが、戦う事を放棄して楽な道を選んで逃げたとも言える。苦しみながらでも、みっともなくても、精一杯足掻いて、自分の居場所を掴もうとするのが人間だ。たとえ失敗しようとな」


 蔵が口にすると重みが違うなと、真は思う。

 武器密造密売組織の長であったが、今やその立場を失い、この雪岡研究所で情報処理係とお茶入れ係をする日々を送る彼は、それでもヤケクソになって己を放棄しているわけでもなく、前向きに与えられた役割に取り組んでいる。その先を見ているのか、あるいは今の生活で満足しているかは、伺いしれない。


「俺も同感です。俺だってこんな格好になっても、まだ望みは捨てていませんからねっ」

「そうだよ! せつなも頑張って生きてるもんっ!」


 生首鉢植えの赤城毅とせつながアピールしたが、誰も反応しない。


「美香も周囲の軋轢に苦しんでいたが、アイドルになることで見返したしな」

 と、真。


「アイドルって言うと怒られますよ……」

 累が突っ込む。


「それがあいつなりの仕返しだった。雪岡の力を借りたズルも含まれてるけど。こいつらだって、自分の命を使って復讐なんかするより、好きな生き方をする事で、理想を言うなら成功することで見返す道を選べばよかったのに」

「それは……とても大変な事ですよ……」


 累は簡単に言う真に対してやや否定的だった。累としては、薄幸のメガロドンの信者寄りな心情もある。自身がずっと逃げていたので、弱ってしまった時の辛さをよく知るからだ。


「大変だろうと、命がけで努力する価値はある。こいつらは人生投げ売りという方法で復讐を遂げた。僕は美香をちょっと軽んじて見ていたが、こいつらの屑っぷりを見て見直したよ。全く正反対だし」


 このテロ活動は、自分にそれを気付かせる程度の価値くらいならあったなと、真は皮肉げに思った。


***


 血で染め上げられ、骸が散乱するスタジオが、ほんの数秒、静寂に包まれた。


 警察の抑えや、電波の送信に関して、みどりの力も借りたとはいえ、幕引き以外全て、計画通りに事が運んだ。その事が伴には信じられなかった。

 テレビジャックなんて無理なんじゃないかと不安になっていた部分もあったが、何のトラブルも無く、全て思い通りにいった。そのつもりで臨んで、それがかなってしたまった事が、感無量を通り越して夢でも見ている気分になって、しばし呆けた面をお茶の間に晒し続けた。


 だが、やがて達成感と喜悦がじわじわと沸いてきて、一気に爆発した。叫びたい衝動に駆られ、実際に叫んだ。


「どうだーっ! 何をやってもうまくいかなかった俺が、最後の最後にうまくいったぞ!」


 カメラに向かって両手でガッツポーズをし、これでもかというくらいに得意満面になる。芸能人の営業用スマイルとは違う、明るく輝いた実に良い笑顔が全国にアップで流れた。


「さて……これから我々がどうなるか、テレビの前の愚民の諸君はこう考えてないか? そろそろ警察がやってきて、お縄に頂戴だと。あるいはその前に急いで逃げ出すものだと」


 満面の笑みをひそめ、代わりに嫌らしいにやけ笑いを張り付かせて、伴は再び語りだす。


「我々の力だけで警察から逃げおおせるとは思っていない。偉大なるプリンセスの加護があれば話は別であるが、そこまで手間をかけさせるつもりもない。いや、これだけのことをして命可愛さに、無様に逃げ回ろうとも思わぬ! 幕引きはより美しくスマートに! 誇り高き薄幸のメガロドンの一員として、またプリンセスに対し、恥じない結末が必要である! だがな、糞虫の法で裁かれる事など良しとせぬ!」


 高らかに宣言した後、表情を引き締め、信者一同をぐるりと見渡すと、伴は深々と頭を下げた。信者達もガスマスクを脱ぎ、素顔を露わにして頭を下げる。


 それから伴はさらにカメラの方に向き、お茶の間に向けて最期の言葉を発した。


「俺は、俺の知らない所で勝手に作った法などで裁かれはせん! 拒否する! 俺の命はあくまで俺の好きにする! さらばだ! 人の姿形をした糞虫共よ!」


 叫ぶなり、伴は口の中に仕込んだ毒薬入りカプセルを噛む。信者全員にみどりから配布されたものだ。それに習って信者達も自決していく。


(終わった……最期に幸せな人生の幕引きができた。プリンセス……いや、みどり、全て貴女のおかげだ。貴女と会えてよかったと心から思う。ありがとう)


 血を吐きながら倒れた伴は、スタジオの天井を仰ぎながら、頭の中で感謝の言葉を述べる。


「イェアー、そりゃどーも。こっちも見てて楽しかったよォ~」


 突然現れて自分を覗き込むみどりの顔を見て、伴は驚愕に目を見開く。


「プリンセス!? どうしてここに!」

「残念、実物じゃないんですねー、これが。死ぬ時にお別れを言うために、信者全員の心にみどりの精神分裂体を植えつけておいたの~」


 伴が顔を横に向けて見ると、他の信者達も同様に驚いている。何かを喋っている者もいる。伴と同様に、自分だけが見えるみどりが見え、それぞれ会話をしているようだ。


「最期に言いたいことがあってね。伴さんは否定していたけれど、世の中うまいものや気持ちいいものや面白いことがいっぱいなんよ」


 みどりの口から発せられた予期せぬ寄らぬ言葉に、伴は絶句した。


「自分で探せばさァ、そういうものはいくらでも見つけられたはずだよォ。伴さんは嫌なことしか見ることができずに、こんなことになっちゃったけれど。てかね、嫌なことがあるから、いいことも引き立つわけでさ」

「そんな説教を言いにきたのか? せっかく事を成していい気分でいる俺に」


 これまで世界に否定され拒絶され、世界を否定し拒絶した自分達に、それも最期にこんな台詞を吐くなど、信じられなかった。


「全てやり終えてからじゃねーと、伴さん達みたいなお馬鹿さんには伝わらないと思ってましたから~。だから自殺する時は、ゆっくり死ねる薬を渡したんだわさ。皆が最期にみどりとお話できるようにね~」


 伴を見下ろし、歯を見せて悪戯っぽく笑うみどり。


「社会があんたの罪を裁くのは簡単だけれどさァ、最期にあんたをいっちゃんいい形で救う事は、あたしにしかできないと思ってたのよ。伴さんだけじゃないよ。あたしの信者全員ね。だからあたしはその役目を果たすよう、皆の精神にあたしの精神分裂体をセットししておいたんだよ。ま、解放の日の前にそれができずに、死んでから即座に霊魂があっちに飛んでっちゃった信者も多いけれどね。それで今回は少し時間を置いて死ねるような自決の薬を渡してたおいたんだわさ。信者に殺された連中は殺され損だけど、あたしの知ったことじゃありませーん。みどりの信者を救うのが、みどりの務めだもん」

「そこまで考えていたとは……」


 みどりの慈愛と思慮に伴は敬服し、感涙する。


「それともあたし、来ない方がよかった? みどりのこのシナリオ、気に食わね? みどりの言うこと、気に入らない?」

「いいや」


 涙を流しながら、伴は小さく笑った。


「俺は生まれてからさ、ずっと嫌なことばかり、不幸ばかりだったが……ふふふ……今は、それを全部帳消しに……引っくり返すくらいの幸運が、最後に振ってきたからな……誰よりも幸せな……最高の幸……」


 言葉の途中に、伴は目を見開き、笑顔のままこと切れた。


「死っていいもんでしょ~。何をやっても、死ねば全て御破算だしね~。だからこそ、死ぬ時くらいはいい死に方したいよね」


 みどりの精神分裂体は最後にそう言い残し、本体へと戻っていった。

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