第九章 20
その後もそんな調子で、伴は生首の解説をしては蹴り飛ばしていったが、やがて並べられた生首の半分を蹴り飛ばし終えた所で、一列に並んでいる信者の方へと顔を向けた。
「俺の分はこれで終わりだ。次は君だ」
「はいっ」
指された信者が返事をし、ガスマスクを脱ぐ。小太りの少女だった。前に出てきて、伴から渡されたマイクを装着すると、生首の一つを左手で拾い上げ、カメラの方へと抱え上げてみせる。
生首は同年代の少女だった。これまた一際ひどい拷問がくわえられていて、顔の半分に針がびっしりと刺されたうえに、火であぶられている。鼻も半分そぎ落とされ、歯も半分抜き取られていた。
「彼女は学校で私をいじめていた主犯です。私のことブスだと散々言ってたけれど、今はよりこの子の方がブスですよね?」
生首を自分の顔の横へて掲げて、並べてみせながら小気味よさそうに笑う少女。
「よし、次は君だ」
「はい」
伴に指された別の信者がまたガスマスクを取り、生首を拾い上げ、殺した動機を解説する。それがその後も何度も行われ、やがて並べられた生首も無くなり、またマイクを装着した伴へとカメラが向けられる。
「言っておく。我々薄幸のメガロドンのした行いは、この社会にとっては害であろうが、普遍的な視点から見れば、断じて悪ではない。我々の行いもまた、正当なる復讐の権利を行使したまでのこと。人から恨まれる事をした者、人を傷つけた者は、殺されても仕方がないのだ。法律が守ってくれると思って油断したか? 相手が命がけで復讐する事は全く考えなかったのか? 愚かだな。まさしく死に値する愚かしさ也!」
高らかに断じて、小気味よさそうににやりと笑う伴。
「我々のしたことを悪と否定する者達に告ぐ。我々を否定するのは、我々から己が世界を守りたいと思うのは、きっと世界に愛された幸せな奴等であろう? つまりは我々にとっての敵だ。憎むべき敵だ。敵の言葉など知らぬ。敵の命の価値も知らぬ。貴様等敵の命など糞にも劣る! 敵の魂の安寧も知ったことではない。これは戦争だ。恵まれた者と恵まれぬ者、否定する者と否定された者のな。そして我々はこの通り、勝利したあっ!」
叫び、両手をひろげて、満面に嬉しそうな笑みを広げる伴。
「見ろよ……あの時の俺」
左手は広げたまま、右手を己の胸へとあて、笑顔のまま涙がこぼれ落ちた。
「俺を……ゴミを見るみたいな目で見ていた奴等、みーんなみーんなブチ殺してやったぞ。仇を……取ってやったぞ。どんな気分だ? あの時の俺よ」
室内で惨めにうずくまる過去の自分に語りかけ、伴は感無量であった。
「とはいえ、ただ嬲り殺して死刑にしてやっただけだからな。大した刑罰でもない。最も残酷な刑罰は……俺に生まれ変わって俺と同じ人生を歩ませる事だからな。俺とこれまで味わったのと同じ苦しみを味あわせる――これほどひどい罰は無いだろうさ。でもな、今俺は幸せだぞ。何をやっても駄目だった男が、最後の最後に望みをかなえる事ができたのだからな。最高である。世界で一番幸せだ。糞虫共を地獄に送り、その様子をお茶の間の糞虫の皆さんにお届けする事ができた。歴史に残る偉業を成し得た。何をどう頑張っても失敗して嘲られていたこの俺に、それができたのだ! ざまーみろだああああぁっっっ!」
腹から渾身の力をこめて伴は叫んだ。その後カメラに顔を向け、カメラの方に勢いよく指差した。
「このテレビを見ているお前ら! 命を持て余しているお前ら! 命を絶とうとしているお前らも! 貶められ、辱められ、傷つき、呪っているそこのお前! お前に向かって今俺は呼びかけている! お前に向かってこれから問う! 悔しくないか!? 悔しいなら俺のように命を燃やせ! お前の命を使って、お前を馬鹿にした奴等を、お前を食いものにした奴等を、社会という糞壺を蝕んでいる糞虫共に食らわせてやれ! 今、俺がしたように! 侮辱した奴等に、その罪、その命で贖わせろ! 殺せ! 今すぐ殺しに行けえッ! お前が命をかけて執行するその裁きは、あらゆる法をも上回り、誰にも止められぬパワーであるッ! お前の中にあるその正義はあらゆる価値観に勝る!」
この伴の訴えを耳にして、多くの人間が覚醒し、それよりさらに多くの人間が恐怖に震えた。実際この放送が終わった後、放送に影響を受けた者による殺人事件や傷害事件が無数に発生する事となる。
伴の視線が、転がされていたコメンテーター、司会者、スタッフらに向けられ、彼等は一斉に恐怖に震えた。何故ならこの番組ではかつて何度も薄幸のメガロドンの特集を組んで放送し、その内容は、全てにおいて否定的であり、コメンテーター達は愚弄し、茶化していた。
「お前達、番組内で散々薄幸のメガロドンを馬鹿にしてくれたな。その罪、命で支払ってもらうぞ!」
信者が彼等を拘束したまま立たせていき、猿轡を外す。
「何か最期に言いたいことはあるか?」
一人の頭に銃口を突きつけ、伴は問う。
「殺すなら殺せ。この社会の負け組の底辺が!」
「応っ!」
毅然と言い放ったのは、番組ディレクターだった。直後、伴は敬意と称賛の意を込めて叫び、銃の引き金を引き、頭部を横から撃ち抜かれた彼は崩れ落ちた。もちろんその様子も全国放映されている。
「次」
「たたた助けてくだちゃーいっ。命だけはああぁ~」
涙、鼻水、小便といろいろな体液を流し出して命乞いをする司会者だったが、伴は容赦なく引き金を引く。
「最期の一言なんだし、歴史的放送なのだから、少しは気の利いた台詞を言え」
小馬鹿にした顔で死体を見下ろし、伴は吐き捨てた。
***
「伴さん、とばしてんなー。あばばばばば」
自室でソファーにふんぞり返り、伴に番組ジャックされたテレビを見ていたみどりが、楽しそうにけたけたと笑う。
「世の中ってさァ、誰も彼もがお利口さんに生きられるわけでもないし、器用に立ち回れるわけじゃないよね~。何かのはずみで、レールから物凄く外れちゃった人や、うまく生きられなくなっちゃった人、ものすごく弱い人もいるしさァ。それは自己責任だけれど、そうした人が社会からつまはじきにされ、虐げられ、行き場を無くした結果、ブチ切れて社会を破壊する側にまわったとしたら、それはそんな人間を生み出してフォローもしない社会の責任ってことでいいよね~。だからさァ、みどりはちっとも同情する気にならないのよォ~。どちらも等しく自業自得だわさー」
信者達に責任が無いとは、みどりも思っていない。彼等にそれを言った所で、追い詰めるだけにしかならないので口にはしない。その一方で、彼等だけに責があるとも思っていない。
「一体何が皆を不幸にしたのかな? あいつらの周囲にもう少し救いがあったら、あるいはそういう者が現れたら、さもなきゃ社会がもう少し優しければ、こうはならなかったかもしれない? いや、みどりが救いになる者なのかなァ? 救って終わりにしとけばいいものを、本来なら拳を振り上げる事もできないくらい弱いあいつらを、焚き付けたあたしも大概かねえ。でもまあ、これも何度も言ってるけど、傷ついた者や弱者に優しくない社会に一発ぶちかましてみるのも、たまには悪くないよね。つーか、みどりだったら花火の日って名づけたのにな~」
普段の会話と同じ喋り方で、独り言を続けるみどり。
ふと、自分は誰に喋っているのだろうと考える。ここの所ずっと、いつもこの部屋には喋り相手がいた。しかもみどりが本音でいろいろと話せる相手がいた。みどりと抜群に相性のいい人物が。
彼女がさもそこにいるかのように意識して、ずっと一人で喋っていた。
(あたしもヤキが回ったのかなァ。ていうか何度も転生してて、周囲は子供ばかりで、みどりは頭の中は大人になっていたから、本音で語り合うことのできる人間が、元々あまりいなかったのよね。その反動もあったのかな)
せいぜい顔の見えないネットでくらいしか本音が吐けなかった。しかしそれでは当然物足りない。実際にリアルで面と向かって、対等につきあえる友人が欲しいという欲求があった。
(そーいやネットの反応はどーかなー)
テレビの横に新たにディスプレイを開き、匿名掲示板の書き込みを閲覧する。
真っ先に飛び込んできた書き込みは、『警察は何やってるんだ』という代物だった。それを見て、みどりも疑問に感じた。
「ふわぁ~、確かにおかしいよ~? 何で警察来ないんだろう~。ポリが来たらあたしがマインドジャックして抑える予定だったのに。いくら上層部抑えてるからって、下の連中が正義感で動くのまで止められないし、すでに動いている連中は多いのにな」
みどりはテレビジャックによる放送が最後まで行われるようにするために、テレビ局や電波塔の人間への精神干渉を伴に頼まれていた。
さらにもう一つ、警察の妨害の阻止も頼まれていた。警察が来たら伴達から連絡が入り、テレビ局や電波塔に入る前にみどりが片付ける予定であったにも関わらず、その連絡は一向に来ず、放送もつつがなく行われている。
「単純に警察は他が忙しくて手がまわらないのかな? でも一番目立って派手にやってるテレビジャックを放置っておかしいよぉ~?」
殺人の生放送など、真っ先に止めに来て然るべきであろう。にも関わらず放置されている理由は、みどりですら見当がつかなかった。
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