第九章 19

「バイパーと麗魅がやってくれたか」


 メールで二人の報告を受け、梅津は心底感謝と敬意の念を込め、御礼の返信を行う。


(特にバイパーには助かったぜ。多くの信者に、テロ自体を思い留まらせてくれたっていうんだからな。おかげで人員を割かずにも済んだ)


 一方で麗魅の報告による爆破テロには、それなりの人員を割く事となった。それも手早く行う必要があった。すでに何ヵ所かには爆弾が設置されてしまい、爆弾処理のためにさらに多くの人員を投入してしまっている。


(ま、贅沢は言うまい。あいつら二人のおかげで、多くの命が助かったんだ。いや、三人だったな……)


 個別の信者達のテロ行為も、麗魅と杏が信者達を調査して、ある程度の情報を事前に流してくれていたため、ある程度防ぐ事が出来た。

 だが全て防げたわけではない。何しろ個別に動いている者も数多くいるがため、全ての信者の復讐動機及び復讐行為を知る事など、とてもできなかったとの事だ。事実、これまでの先走り組と同様に、個人で暴れている信者とその被害の報告があちこちで入っている。


「事前に警察内で独自の連絡網を築いておいたのは正解だったね」

「ですね」


 髪の毛が真っ白の年配刑事が梅津に向かって言い、梅津もそれに頷く。警視庁の上層部の洗脳により、解放の日当日の警察機能の麻痺を狙ったのであろうが、上に頼らず横の連携を強化しておくことで、テロ対策の指揮系統を失わずに済んだ。


「警視総監、副総監は現在治療中なんだって?」

「ええ、警察庁長官と次長もね。政府お抱えの妖術師達が十数人がかりで、何日も術の解除に努めているとか。とうとう今日までは間に合いませんでしたが」

「その事実だけでも、我々の敵――薄幸のメガロドンの教祖とやらが、よくよく恐ろしい敵だったという事がわかるね」


 年配刑事の理屈はわかるが、合理主義者の梅津には敵の力を認めても、それに必要以上に畏怖の念など抱かない。国が抱える術師達をも上回る力を持っていようと、一回の警察官達が正義感に駆られて上の命令を無視して市民を守ろうとした団結力までは、砕けなかったのだから。それは感傷的になって誇っているわけでもなく、純然たる事実だ。


「ま、君みたいに規則に捉われない型破りが中心になって動いたからこそ、そんな凄い奴にも対抗できたと言えなくもないがね」


 故に年配警官の褒め言葉にも、梅津は何の感慨も無かった。


(あとは、あいつか)


 麗魅達の報告にある残り一人の幹部――伴大吉を意識し、梅津はテレビをつけた。

 立体映像画面にその伴の顔がアップで映し出されたのを見ても、梅津は全く驚かなかった。何故なら――


***


 その男がずっと思い描き、待ちわびてやまなかった絵図が、今、現実のものになろうとしている。

 伴は震えていた。震える理由を言葉に表すとどうしても陳腐化してしまうが、その震えは、これまで何もできなかった自分が、ようやく望んだ夢をかなう事に対しての歓喜と興奮と、そして言葉で言い表せない何かだ。


 作戦は驚くほど順調に進んだ。テレビ局に二十人以上の信者で突入し、午後二時から始まる生放送のワイドショーの乱入に見事に間に合った。

 武装した集団に乱入されて、放送は一瞬お花畑に切り替わったが、すぐに元に戻った。別働隊が主調整室に入り、放送を再開させた。副調整室からはディレククターらのスタッフを何名か縛り上げて、スタジオへと連れ出した。


 生放送中のスタジオに突如現れた武装集団。彼等が手慣れた動作で出演者を次々と拘束していく様は、そのままばっちり全国放送され、お茶の間を震撼させた。が、これはあくまで開幕にすぎない。ショーの本番はこれからだ。

 スタジオで横一列に並んだ武装集団は、銃器とガスマスク以外は私服だった。彼等の前には、全身がんじがらめに縛り上げられた司会者、コメンテーター、ディレクター、プロデューサー、脚本家等などが無雑作に転がされている。

 襲撃者全員がカメラの映る場所で並んでいるわけではない。何名かはスタッフに銃をつきつけて、下手な動きをせずそのまま番組の進行を行うように見張っている。あるいはただ待機しているだけの者もいる。


 一人がガスマスクを外し、素顔を露わにする。伴だ。マイクを装着し、カメラが伴へと向けられる。当然、カメラの後ろにも銃を持った男がいて、指示を出している。


「我々はァァーッ! 薄幸のメガロドンである!」


 テレビカメラに向かって朗々たる声で、伴は宣言した。


「すでにお茶の間の愚民の皆さんも御存じの通り、解放の日は前倒しされて実行されている。各所で我等の同胞が、この糞壺のような世界に解放をもたらしている。ここにいる我々もその一環である」


 理想としては終始真顔で演説を行いたい所であったか、堪えきれずににやけてしまう伴。


「何のための電波ジャックか、それは今から順を追って話そう。糞のつまった耳と脳とで、しかと聞き届けるように!」


 この辺の糞連呼はみどりを意識しているが、どうにもうまく決まらないと、伴自身も思ったので、控える事にする。


「俺は何をやっても駄目な人間だった。努力は全て空回りし、失敗に終わった。そして俺がドン底にいるのは全て自己責任……との事だ。俺の努力が足りない。俺の要領が悪いから悪い。俺の性格が悪い。偉そうに説教垂れて、そして俺を見下し、嘲笑う。テレビの前のお前ら、何の取り柄も無い、何をしても駄目な人間がどんな気持ちで生きているか、考えたことあるか? お前が悪い、お前が悪いと周囲からなじられ、追い打ちをかけられる惨めさなど、知りようがないだろう。わかるか? その惨めさを考えられるか? いや、多くは考えたことなどないだろうし、考えることもできないだろう。それどころか見下して悦に入る者も多いはずだ。駄目人間だと軽蔑して唾を吐く者もな。もちろん、俺に共感できる立場の者もいるだろうが」


 声のトーンを落として、これまでの人生の出来事を思い起こしながら語る伴の苦渋の表情が、ずっとカメラに映しだされている。


「そんな底辺にいる何も無い奴は、誰からも必要とされない、認められない、あるいは見向きもされない。一方で、才能のある奴、運のいい奴は、全く逆の扱いだ」


 そこまで喋った所で、陰鬱だった伴の顔が一変し、喜びの色に輝いた。


「ところが今、立場逆転! 立場逆転であーるっ! ははははっ! お前らの命はゴミそのもの! 俺が指にちょっと力を加えるだけで終了であーるっ! うわはははははっ! お前らの人生ぜーんぶこれで台無し台無しーっ!」


 銃を抜き、床に転がされている番組司会者へと向けられる。司会者の表情が引きつり、目が血走る。


 しかし伴は銃をすぐに下ろし、カメラの外にいる信者の一人を指した。

 カメラが、伴が指した信者の方へと向けられる。彼の足元には、何かが複数つまっていると思しき、大きな黒いビニール袋が置かれていた。伴の指示に従い、信者がビニール袋の口を開け、中に手を入れる。


 取り出されたそれがカメラに映し出され、お茶の間は再び震撼することになる。

 現れたのは血まみれの生首だった。目玉を片方潰され、歯を何本か抜かれ頭髪も皮ごと三分の一ほどむしられている。耳には太い串が刺さっている。皮がめくれて頬骨まで露出していた。唇には幾条もの切れ目が走っている。

 凄惨な拷問を受けたであろう事が一目でわかるそれは、人の顔としての体裁は留めており、その人物を知る者が見ればわかるように、うまいこと壊されていた。


 信者が綺麗に切断された生首を床へと置く。その後も袋から別の生首を一つ一つ取り出してはカメラに向かって掲げて見せて、一列に床へと置いていく。やがて生首の列が展示される状態となり、その構図もまた、カメラによってお茶の間へと送られた。

 袋の中の全ての生首が置き終わると、伴がその一つを足で思い切り踏みつけた。


「まずこの間抜け面は、俺の高校時代の同級生。いつもいつも俺をキモいだのウザいだのと、けなしていやがった。からかって喜んでいやがった。殺す時のリアクションは笑えたぞ? 俺を拝んでコロサナイデーコロサナイデーと泣きすすってな。最っ高っだったぁっ!」


 気持ちよさそうに高らかに叫ぶと、踏みつけていた生首をおもっいきり蹴り飛ばす。


「次にこいつ!」

 と、隣の女性の生首を踏みつける伴。


「このあばずれは、俺の従妹だ。俺の家に遊びに来た時、無職ニートがいるなんて親族の恥だなんだと、わざと俺に聞こえる声でぬかしやがった。俺を罵って、さぞかし気持ちよかっただろうな! ああ、でも俺も気持ちよかったぞ。俺を罵った奴が俺に殺される時に、小便洩らしながらぴーぴー泣いていた姿を見るのはな!」


 女性の首を蹴り飛ばし、また隣の生首を踏みつける。


「次はこいつ! 俺は面接を受けに行って尽くはねられたが、その面接官の中でも最悪だった奴だ! 俺を汚いものでも見るかのような目で見て、ネチっこく嫌味たらたら。最後は『何したんですか? 無駄な時間取らせるために君は来たんですか?』だとよ! お前の時間もこれで無駄になったな!」


 笑いながら中年男性の首を蹴り飛ばす。


「そしてこいつ。こいつは叔母――今の従妹のアホ親だ。俺の人生がうまくいってないのは、俺の責任以外の何物でもない、全て自己責任だと、御高説垂れてくれた。じゃあお前が俺に殺されたのも、自己責任以外の何物でもないな? 俺に殺されないくらいの力を身につければよかった。いや、それ以前に俺の事を傷つけ……怒らせなければよかったんだからな! さあ、責任を取れ! 糞同然の命で詫びろ! 全て自己責任! お前が招いた不始末だ!」


 最初の三人よりさらに力と憎悪を込めて、憤怒の形相で、伴は太った中年女性の生首を蹴り飛ばした。

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