第九章 10

 薄幸のメガロドン初代教祖姫島悟が交通事故で他界した際、教団内部では後継者問題が真っ先に浮上した。


 候補としては三名挙がっていた。姫島悟の友人にして幹部であった犬飼一、教団の事務管理を引き受けていた実質的にナンバー2だった人物、そして実の娘である姫島みどり。

 犬飼とナンバー2だった人物は辞退し、あっさりとみどりが二代目教祖となった。まだ小学生の彼女が教祖となれば、流石に新興宗教の信者達も、お飾りの教祖にしかならない事くらいは察せられた。


 だがみどりはお飾りの教祖様にはならなかった。自分の元に転がり込んできた教祖という地位を最大限、楽しむ道を選んだ。彼女にはその知恵があったし、それに適した術と能力が備わっていた。

 子供と思えない利発さと人生観を信者達の前で余すことなく披露し、さらにはその愛らしさと人懐っこさで、たちまち信者達の心を虜にしていった。

 雫野の術で精神を分裂させ、備わった能力で他者の心へと干渉し、社会に絶望している者達を新たな信者として引き入れ始めた。


 この時点においては、みどりはただ教祖様として信者達を獲得をし、彼等の心を救うことに真面目に取り組んでいた。最初から宗教テロを画策していたわけではない。そういう方向性を目指していたわけでもない。

 みどりの心の中にも、確かに破壊への欲求があった。信者の多くは社会の抑圧によって絶望した者である。彼等が己の命を花火として打ち上げたなら――どうしてもその考えが頭の中にちらついていた。

 みどりが本来持つ思想。みどりの大好きなバンドであるメギドボールの思想と最期。それらと、今ある状況を組み合わせたらと妄想していた。


 その妄想がある日、現実味を帯びていく。教団内で広がる噂が、みどりの耳にも入った。解放の日という噂。教祖であるみどりが定めたこの日に、俗世に恨みを持つ者は己の命を復讐の刃と変えるという噂。

 みどりはそんな計画など立てていなかったし、どこからそんな噂が広まったのかも、その時点ではわからなかった。

 けれどもみどりはそれを否定する事も無く、噂に乗る形で信者達にそれを勧め、破壊の思想を説きだした。さらにみどり自身が積極的に、社会を呪う者達を集め始めた。


「一体どういうつもりなの?」


 解放の日の話を耳にした杏は、わざわざ教団にまで赴いてみどりを責めた。


「あばばばば、渡りに船って奴よ~」


 怒りを滲ませた杏の顔を見上げ、みどりはいつものように笑った。


「みどりが否定するのは簡単だったけどさァ、みどりの心にもそういう気持ちはあったもん。だから止めなかったんだ」

「私にもあるわよ。でもこんなことをしたら貴女の身が危険でしょう?」


 杏の最大の心配はそこだった。数少ない友人を失いたいとは思わない。みどりがどういう存在なのかは知っている。そう遠くないうちに、理解不能な理由で別れが訪れる事も知っているが、だからといってそれ以前に別の形で失う事を黙って見てはいられない。


「麗魅も怒ってたわ。彼女は私と違って真っ直ぐな気質だから、殺人教祖なんかになる事の方が許せないみたい」

「麗魅姉はそーだろうね~。悪いことしたなって思ってるよぉ~」


 信用を裏切るような形になってしまったことに関して、みどりは本気でそう思っていた。


「でもあたしさァ、たまにはそういうことが世の中にあってもいいと思うんだわ。前世紀に実際にあったけどさァ。あれとはまた違うんだわさ。みどりぷろでゅーすの宗教テロは、もっと大真面目に命の花火をあげまくる祭りにしたいの。殺す方も死ぬし、殺される方もそれだけの事をしたから殺されるって形でね。通り魔みたいなことする奴もいっぱい出てくるだろうけれど、それもまあ、社会悪の因果応報ってことで」


 無関係であれば、事件としては確かに面白いと杏も思ってしまう。人は人の不幸を楽しむものだ。人の命が大量に失われる大事件は、嘆きながらも話のネタにしてしまうし、興味津々にかぶりつく。どちらにしても楽しんでしまう。

 だが最初から関係しているとあれば――ましてや当事者となれば話は別だ。


「きっと貴女を狙ってくる者が現れる。計画だって秘密裏に進めるなんて無理でしょ」

「皆撃退するよォ? みどりにはそんくらいの力あるもん」

「それでも護衛はつけた方がいいわね。麗魅と――バイパーもね」

「護衛という名の監視ね~」


 にやにやと笑いながらみどりが皮肉っぽくそう言ったが――


「最期というなら、護衛という名目で、皆で時を過ごしたいとも思ってね」


 杏のその一言にみどりの顔から笑みが消え、申し訳なさそうな表情になる。


「信者を死に向かわせるのではなく、生きる喜びを説くことは考えないの?」


 当然とも言える疑問をぶつける杏に、みどりはさらに苦しそうな顔になり、少し思案してから答えた。


「最初はもちろんそれやってたけどさァ、今となってはどーなのって話。だってこういう流れになっちゃったじゃん?」

「もし可能なら、自殺テロする信者達に、生きる価値も説いてあげられない? 今でなくてもいい。貴女の能力を使って、彼等が死ぬ直前に彼等の心に直接触れてね」


 杏の要望に流石の、流石のみどりも絶句する。


「そいつは……残酷だぜィ、杏姉。今際の際でそれまでと180度逆のこと言うとか、絶望して死なせるに等しいじゃんよ」

「いいえ、残酷なことでもないし、絶望させるためでもないわよ。その瞬間だからこそ、そして彼等が信奉する貴女の言葉だからこそ、ただの自殺テロで満足させては終わらせない。そうしないと不公平じゃない? 貴女は生きる価値や悦びを知っているのに、最初は信者達にそれを説いてもいたのに、今集めている信者達には死を促しているだけっていうのは不公平だわ。信じる教祖の言葉だから、彼等も納得して死ねる。もちろん自殺テロ祭りなんて辞めるのが一番いいけどね」

「ふえぇ~……一瞬で死んで魂が冥府に飛んで行ったら、それも無理かな。今際の際に喋るだけの時間が出来た人限定になるけど……。ま、杏姉がそうしろってんなら、できるだけやってみっか。それに……全く無意味な行為ってわけでもないかな。みどりの言葉が魂の記録に刻みつけられれば、魂の成長が促されて、来世にもう少しまともな人生送る事ができるかもしれないし~」


 みどりは杏との約束を守り、分裂させた己の精神を先走り組の信者達の死に際の精神へと自動的に放つようにし、死までの余裕がある際は、生きる事の価値も説くようにオートセットした。

 時間的余裕が無く看取るだけのケースも多かったが、最期にそれを告げる事ができた場合、杏の予想通り、絶望する事も無く、みどりを信じて納得して死んでいった。


「そっか……杏姉の狙いがわかったわ。やっぱ残酷だわ」

 ある時、みどりは杏に言った。


「信者達の死に様を全てあたしに見せたかったんだ。あいつらと別れのやりとりをさせたかったんでしょ。しかも命の肯定という価値観の逆転――掌返しまでしてんのに、それでもなおみどりを信じて逝くあいつらを見せた。すげー残酷だよぉ~。あたしにとってね。ひどいよ、杏姉」


 みどりの指摘は当たっていた。杏の狙いは正にそれだった。みどりがそれを何も感じない無神経な人間では無い事もわかっていたからだ。


「貴女を信じて逝く人達の重みを――みどり、貴女はしっかり背負うべきなのよ。これは法では裁けない貴女に、私が与えるささやかな罰。だからみどり……貴女はそれを背負ったまま生きてほしい」


 みどりを真っ直ぐ見つめ、真顔で訴える杏だったが、みどりは微笑みながらかぶりを振る。


「ごめん。あたしは決めた通りの償い方をするさァ。杏姉の心遣いも嬉しいけどね」


 みどりの決意が変わらない事に、杏はあからさまに暗い面持ちへと変化した。


(本当、ごめん。あたしもこう見えて、実の所すげー頑固で不器用なんだわ。杏姉と一緒でね)


 それを見て心の中で再度謝りながら、言葉に出さずに告げるみどりだった。

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