第九章 7
信者達を誰の指揮下に置くかまでの編成を具体的に決めた所で、武闘派幹部達の会議は終わり、四人は会議室を出た。
「あ、バイパーの兄貴。丁度いいや」
会議室を出たすぐの所で、みどりの護衛のために待機していたバイパーの姿を見て、グエンが声をかける。
「兄貴ぃぃぃぃ! うおおおおおっ!」
突然、グエンの後ろにいたみどりが、気色の悪い声で意味不明な雄叫びをあげたが、全員無反応。それを見てみどりは肩を落とす。
「そのアニキって呼び方やめろって」
「聞いてよ。俺、解放の日に何やるか決めたんだ。やっぱりあいつらに復讐しにいく。俺達の家族をいたぶった村の連中を殺しまくる」
苦笑していたバイパーだが、グエンの言葉を聞いてすぐさまその笑みが引っこみ、真顔となる。
「でさ、よければバイパーにも一緒に来てほしいんだ。兄貴がいると俺も心強いし」
少し躊躇いがちに声のトーンを落とし、グエンは言う。
「お断りだ」
不機嫌極まりないドスの効いた声を発するバイパーに、グエンは鼻白む。
「お前がその村の人間に復讐して、お前はハッピーになれるのか? お前の家族はそれで報われるってのか? お前の家族はそいつを知って、よくやったとお前を褒めるのか?」
声だけでなく表情も視線もあからさまに怖い代物になっていたので、グエンは完全に委縮してしまい、押し黙る。
「お前はそれをずっと気にしていたんだろ。お前はその気持ちを捨てちまったのか? そうでもないんだろ。まだ迷っているんだろ。なら絶対に協力なんてしてやらねーよ」
「ふえ~、じゃあ、迷いを捨て去れば協力してくれるのぉ~?」
助け舟とも茶々入れともつかぬ言葉を投げかけるみどり。
「そういう問題じゃねえよ。お前は黙ってろ」
それを一蹴するバイパー。
「へーい、先に言ったのはバイパーじゃんよォ。あんたにけちょんけちょんに否定されて、グエンしょげちゃって、可哀想だよ~」
みどりにそう指摘され、バイパーはばつが悪そうな顔をする。
「バイパーが俺と一緒に来てくれるなら、迷いは捨てられると思ってたんだ」
うつむき、グエンは小声で言った。
「お前なあ、甘ったれるのも大概にしろよ」
言葉とは裏腹に、今まで聞いたこともないような優しい声音に、グエンは驚いた。
「気持ちはわかるけどな。だがそれを聞いたら尚更応えてやれねーよ。俺が認めればお前は間違った方向も信じ込んで突っ走れるなんて、そんなもん認めてやれるわけがねえ」
「やっぱりバイパーは、俺は間違っていると思ってるの?」
「あのな、別に復讐自体を悪いって言いたいわけじゃねーんだよ。復讐したいって気持ちは俺にだってわかるわ。やられたまんまでいるのも癪だろうしな。復讐ってのはな、それ以外の全てを捨て去る行為じゃねーんだよ。でもお前は、捨てちまおうとしてんだよ。自分の命も捨てる形で復讐するなんてのは馬鹿らしいわ。俺もそれに近いことやっちまったことあるから言えるんだがよ。お前の命はそんなに安物なのか? 自分の命を安値で売りとばしてでも復讐したいものなのかって話だ。俺の言ってることわかるか?」
グエンの問いに直接答えずに、バイパーはこんこんと諭す。
「バイパーはさァ、グエンに手ェ汚して欲しくないのよ。仲良くなったグエンのことだけ、特別に想って心配しているってわけ」
グエンの肩に手を置いて、みどりが言った。
みどりの視線の先はバイパーへと向けられていて、バイパーの照れて憮然とした顔を見て、にやにやとおかしそうに笑っている。
「まあ……ぎりぎりまで迷ってみるのもいいんじゃねーか? そうしたらまた話そうぜ。俺もお前を見て、どうするか決めるわ」
みどりの視線とにやけ笑いを見て嫌そうな顔になりながら、落ち込み気味のグエンに対するフォローのつもりでバイパーは告げる。
(俺なんかが復讐の虚しさ説くのがそんなにおかしいってのかよ。復讐の片棒担ぎも、代役も、散々やった俺がよ)
そして自身もみどりに復讐の代役をしてもらった過去があるので、みどりを前にしてはひどく話しにくい。
「で、エリカと伴は何する予定なんだ?」
すでにこの場にいない二人の予定を訊ねる。詳しく聞き出して麗魅と杏にも情報を流して、妨害できれば理想的ではある。
すでにみどりは麗魅の裏切りを看破していたし、バイパーもそれを知っていたが、みどりの性格を考えると、それでもあっさり情報を漏らしそうだし、何よりグエンが話しそうだ。
「えっとね……」
予想通りグエンが口を開き、その内容を全て語った。
(ふざけた奴等だ……。しかし、麗魅経由で警察に報告したとして、たとえ事前に奴等の動きがわかったとしても、警察が全て抑える事できるのか?)
おぞましい計画内容とそのスケールを知り、バイパーは疑問に思った。
***
そもそも気配だの殺気だのは何なのか? 電磁波なのか、わずかな空気の揺らぎを肌や体毛で感じ取るのか、科学ではまだ未解明な信号がどうしても発生するのか、精神派なのか、それらの全てなのか。
いずれにせよ裏通りではそれらはあるものと認識されているし、完全なる殺気の消去は不可能と言われている。
少なくとも殺意に関しては、みどりは精神派によって確実に感知できる。隠す事は決してできない。精神派であるかどうかは不明であるが、命を奪うという意識が周囲にいる誰かの脳内に発生した瞬間、みどりでなくても感知できる者は多い。裏通りの手練れ達ならばごく自然に身についている。
また、修羅場の経験が豊富なオーバーライフであれば、世界中のどこにいても、己に向けられた殺意は感じ取れる。多くの敵を作りながらも途方も無い長い時間を生き続けてきた彼等は、そういうアンテナを自然と身に着けてしまっている。
だが彼は、麗魅や杏はおろか、精神を操る能力に秀でたみどりにすら、その殺意を悟らせなかった。
「それは僕が蛆虫だからさ。うねうねうねうね……」
葉山はそう考えている。自分は人の形をした蛆虫。自分自身をそう認識している。だからこそ他者に認識されない。殺気も読み取られる事はない。殺気を全く発しないという、暗殺者にとって比類なき才能はそうして手にいれたものであると。
「しかし……僕は自惚れていたようです。正面からいったのは流石に不味かった。嗚呼……これこそ僕の魂が蛆虫のそれである証」
現在葉山は、教団内に写真が出回って行動できず、敷地内の人目につかない場所で引きこもり状態となっていた。
具体的に言うと、粗大ゴミ置き場の中にて、粗大ゴミで簡易住居を組み立てて、その中に引きこもっていた。ぱっと見には、ただゴミが置かれているだけにしか見えないし、中に人がいると考える者はいない。
「まさに蛆虫に相応しい境遇。うねうねうね……」
狭い空間の中で膝を折り曲げて長い脚を抱えて座り、葉山はぶつぶつと独り言を言いづけていた。
「ほとぼりが冷めるまでこうしているしかないよね。いや、冷めないか。どうしよう。顔が知られているのは不味いし……。嗚呼……どうしたらいいんだろう」
ぶつぶつと独り言を続ける葉山。
「これじゃあ僕はいつまで経っても蛆虫のままだ……。強く美しく勇ましい蠅になって、大空を自由に飛び回ることができない……。僕は……蛆虫から脱皮して蠅になるんだ。そのためにここに来たんだ。なのに……」
葉山はその後一日中、うずくまったまま暗い面持ちで、本人にしか理解できない独り言を続けていた。
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