第九章 6

 薄幸のメガロドン本院の会議室――いつもの武闘派幹部、伴、エリカ、グエン、それに教祖のみどりの四人が席に着き、解放の日の具体的なプランを決める重要な会議が行われようとしていた。


「あの蛆虫男が殺し屋だったとはな。俺には全く想像できなかった。怪しさ全開ではあったが、危険な雰囲気は全く感じなかったからな」


 伴が唸る。以前ここで会議をしていた際、突然部屋の中に現れて意味不明な台詞を口走っていたのを、伴達三人と犬飼は目撃している。


「信者達に注意喚起しましたが、敷地内で見かけた報告はありません。もう外に出たのではないでしょうか?」


 と、エリカ。杏が写真に撮ってあったので、教団内で葉山の姿が確認されればすぐに通達されるはずだ。


「信者達の安全も気になるぞ。それに信者達の間で不安も広がる。今まであらゆる殺し屋を発見次第に返り討ちにしていたというのに、初めて討ち漏らしたとあっては」


(さっちゃんも勘定にいれれば、実際には二人目だけどね~)

 伴の言葉に、みどりは声に出さずに呟く。


「んでさ~、誰が何人くらいの人員が必要か、誰の指揮に誰を入れるか、さっさと決めようよ」


 みどりが言い、エリカと伴は頷く。が、グエンだけ話を聞いていないかのように、どこか気の抜けた顔で虚空を見上げている。

 みどりだけがグエンの様子に気が付いたが、あえて何も言わなかった。グエンはまだ躊躇っていた。解放の日に復讐を実行する事を。


「私の場合は広範囲に何ヶ所も同時に実行したいと思っていますので、かなりの人員が欲しい所ですわ」

「人手が欲しいのは全員同じであろう。理由をつけてお前の所だけに多めに割くなど認められん。与えられた人数でやりくりするしかないぞ」


 エリカの要望に対し、露骨に不機嫌そうな面持ちと喋り方で伴が制する。


「そんなつもりで言ったわけではありませんけど」


 にっこりと笑ってみせるエリカ。しかしみどりだけが、エリカが内心で激しい苛立ちを覚えているのを感じ取っていた。本心は自分の所に特別に人を増やしてほしいと望んだのだ。それをいきなり駄目出しされて、機嫌を損ねていた。


 解放の日にエリカがやろうとしている事は、信者二人一組で幼稚園及び保育所を回らせて爆弾を仕掛け、昼間に一斉に爆破する予定だ。

 直接暴れて人を殺しまくるわけではないので、訓練不足の信者や、戦闘練度の低い信者達を率いる事が出来るのが強みである。そういう意味では人数的な融通は一番利く。


「俺は人数少し削ってくれてもいいよ。やれるだけやればいいって感じだしさー。削られすぎちゃっても苦しいけどね。でもまあ最低でも、うちの近所の奴等と青年団の連中は殺してやりたいかな」


 元気が無く、これまで発言もなかったグエンがやっと口を開き、微苦笑をこぼす。


 グエンの目的は、生まれ育った村の住人の虐殺だった。もちろん自分の家族は外す予定でいる。今まで散々自分達を苦しめてきた村への復讐。そのためにはやはり人手がいる。一人で暴れた所で、殺せる人数は知れたものだ。あの村には、殺してやりたい奴が沢山いる。


(ひょっとしてプリンセスが幹部に据えたここにいる三人て、復讐心が特に強くて、復讐目的には人手が必要だから、あえて幹部に据えて、大勢の信者を率いて指揮できる立場に置いたんじゃないかな?)

 グエンは密かにそう勘繰っていた。


「ていうか、人員が欲しいのなら、個人で目的が決まっている人達もこっちに回してもよくないかな? 後で手伝えばいいんだし」


 と、提案するグエン。幹部の元につける信者達は、解放の日に暴れられさえすればいいという、特に明確な目的が無かった者達だ。個人レベルで明確に目的が決まっている者達は、個人で勝手に暴れてもらう手筈になっていた。


「悪くない、と言いたい所であるが、直接姿をさらすわけではないエリカや、人の少ない場所で行うグエンはともかく、俺の方は無理だな。俺が目的を達成した後は、俺も、一緒に参加した者も、とてもじゃないが生還できるとは思えん。場所が場所、やることがやることだけにな」

 腕組みして偉そうな口調で伴が言う。


「俺はそれでいいから、予定の無い人達は、伴さんとエリカさんの方に多めに回してもいいぜ」

「ありがとう、グエン」


 グエンの申し出にエリカは微笑んで礼を告げたが、伴は小さく鼻をならした。


「俺は予定していた人員を確保できればいい。お前達の世話にはならん」

「いや、世話とかそういう問題じゃないと思うよ~」

「ぐむっ」


 みどりに突っ込まれ、伴は顔を引きつらせて唸る。


「ぶっちゃけ信者達の復讐を一人ずつ手伝うのは大変だと思うわ。あいつらが務めていた会社や、大学のサークルメンバーやら、親族やら、相手も動機も様々だけど、一人ずつ順番に復讐していくとかよりも、それぞれが一斉に暴れないと駄目ってしょ。固まって行動してたら、時間が経つにつれて一網打尽にされちゃう可能性あるし~、そうすると順番後回しにされた信者の分はかなわぬままになっちゃうしね」

「むう、なるほど……流石はプリンセス。よく考えておられる」


 みどりの指摘に、今度は別の意味で唸る伴。


「ところでプリンセス。俺は単に人数だけが欲しいだけではなく、あんたの助力も欲しい」


 みどりに真剣な眼差しを向け、伴は言った。


「厚かましいことだとはわかっているが、これだけはどうしても成功させたい。これまでの人生、何をやってもうまくいかなかった俺だが、今度という今度こそ、うまくやり遂げたい。しかしどうしてもそれにはプリンセスの力がいるっ」

「ふわぁ、プランだけでも聞かせてみてよ。あたしの興味が沸いたら、力貸すよォ?」


 伴だけが、未だ己の目的も計画も語っていなかった。


「実は――」


 伴は己の目的を話した。エリカとグエンは驚きと興奮が混ざった表情へと変わり、みどりも興味深そうに笑った。


「中々面白そ~」

「頼む。最後に、せめて最期にどうしてもやり遂げたいんだ! 俺の命を使って、成し遂げたい! 命を燃やしつくしたいんだ!」


 頭を勢いよく下げ、懇願する伴。


「でもさァ、それってみどりが力貸しちゃったら、伴さん達の力でやり遂げたとは言いづらくな~い? あたしの力は人外のそれだぜィ。そんなもんの手助け前提ってのもズルだと思わね? エリカやグエンにも、依怙贔屓みたく思われちゃうかもよぉ?」

「言われてみれば、確かにそうだ。うん、そうだな。正論だ。しかし……どうしても時間を取られるし、邪魔が入った場合に対抗できる確信が無い」

「その確信のためにあたしの力か~。警察が強行突入できないようにね。うん、そのくらいならいいか。面白そうだし、力貸しちゃお。あばばばば」

「ありがたい!」


 みどりの承諾が下りた喜びに思わず拳を握りしめ、また勢いよく頭を下げる伴であった。

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