第八章 13

 真と累は悠々と本院の中へと入る。

 大理石の床や謎の彫像等、いかにも金のかかった宗教施設といった感じの広いエントランスだが、一つだけ真が興味を引いたものがある。緑の多さだ。そこら中に植木鉢が並べられて置かれ、様々な種類の観葉植物が統一性無く生えている。中には背丈を越えるほど育った木まである。

 エントランスはかなりの人数の信者達が行き交っていた。皆私服姿だが、たまに法衣のような衣服を着た者もいる。エントランス自体がかなり奥まで続いており、左右にも奥にも等間隔に無数の通路が伸びている。


「ここで待っていればいいのかな」


 真が呟く。行き交う信者達は入り口に立つ真と累に皆一瞥をくれている。


「何だか……目立ってません? 皆こっちを見てくるような」


 居心地悪そうにもじもじとしだす累。人の多い場所は苦手であるし、この気まずさがあると予想できたから来たくは無かったのに、まさに今、累が最も苦手な空間で待つ事になってしまった。これなら寒くても外の方がよかったと、累は思う。


「男同士で寄り添って歩いて、目立たないと思うのか?」

「でも、こんな場所で離れるとか、ちょっと僕には……耐えられないです……。人多いですし」

「僕はいつも、お前に人前でくっつかれるのを堪えてやっているんだがな。もう慣れたけどさ」


 小さく息を吐く真。


「ここにいる奴等だってある意味カタギとは言えないから、平気と捉えられないか?」


 累が恐れるのは表通りの人間だ。不特定多数の普通の人間――それが何故か苦手らしい。その一方で裏通りの住人は安心できるとのことである。


「違い……ます。裏通りの住人とか、軍人とか、あるいは根っからの犯罪者とかなら……僕の同族と認識できますが……彼等のような人種は違います……。彼等は一般人と何も変わりません。少なくとも……僕の認識では」


 累の認識では一般人と変わりない者達が、宗教テロを起こしているという話が、おかしく感じられた。


「精神波が建物の中に不規則的に飛ばされています」


 おどおどしていた累が急に真顔になり、警告を発する。


「ソナーのようなものと言えばいいでしょうか。厳密には違いますが、精神と物質の狭間からの探知というか。もしこれにひっかかれば、教祖に害意のある者は、容易に教祖に悟られてしまいます。暗殺者が何人も返り討ちにされているのも頷けます」


 淀みない口調に変わった累の言葉を聞き、真は数秒思案する。


「お前は術で防げるとして、僕はどうすればいい?」

「害意や敵意を持たなければいいので、真は特に問題ないかと……」

「なるほど」


 そうは言うものの、いくら真から事を起こさなくても、ここには教祖を狙った刺客も潜入しているというし、突発的なトラブルに巻き込まれた場合はどうにもならない。その時は察知されてしまうであろうと、真は心に留めておく。

 察知され、侵入者として教祖に認識されてしまった場合は、厄介な事になるかもしれない。戦闘行為中にさらに教祖から刺客が放たれる可能性がある。


(さっさと教祖と面会して、累の用事に付き合ってもらえばそれで済むんだが)


 いきなり教祖に会わせろと言うのも無理があるし、どうやって警戒されずに接近するか、思案所だ。


「あのー、ひょっとしてここは初めてですか?」


 入口にいていつまでも動かない真と累を不審がったのか、信者の青年が声をかけてきた。


「はい。受付の人に、幹部の方が来るのを待てと言われたので」

 真が答える。


「なるほど。でも今のタイミングだと時間がかかるのではないでしょうか。もうすぐプリンセスの演説がありますよ。あちらの超聖堂で。幹部の方々も皆演説を拝聴するはずですし、その前に来られればよいですが」


 青年が奥の通路を指す。ちょうせいどうという言葉の意味を聞いた時点ではわからなかった真だったが、すぐに超聖堂であると理解する。


「超聖堂とか凄いネーミングですね」


 無礼を承知で本音を口にしてみる真。いかにもな教祖様ラブの新興宗教なら、これで信者は頭カンカンだろうなと思ったが、相手の反応は全く違った。


「あははは、失礼なことを仰られますな。名付け親はプリンセスですよ。まあプリンセスなら笑って許してくださるでしょうが、他の信者達には冗談の通じない人もいますから、くれぐれも気を付けてください」


 青年は笑顔でそれだけ言うと、真達から離れていった。


「ここの教祖はいろいろと規格外みたいだな。せっかくだから演説とやらも拝聴してみようか。どんな奴かもわかるし。演説の後に幹部が来るのなら、今ここでただ待っていても仕方ないし……って」


 右手の通路の一つから見知った顔が二つ現れ、こちらに向かってくるのを見て、真は言葉途中で切らす。


「おーう、久しぶりじゃん、ホモボーイズ」


 樋口麗魅が朗らかな笑顔で片手を上げて、声をかけてきた。


「ホモはこいつ一人だよ。誤解されるのは仕方ないけどな」

 諦めきった風の真。


「誤解されても仕方ないじゃない。いつもそんなにくっついてたら」

 呆れ口調で杏が言う。


「拒絶すると部屋に閉じこもってスネだすから仕方ない。で、何でお前らがここに?」

「年長者にお前はやめろっつってんだろ」


 笑顔のまま、こつんと軽く拳骨で真の頭を叩く麗魅。


「それはこっちの台詞よ。何で貴方達がここにいるの? まずそちらの方から聞きたいわ」


 サングラスに手をかけ、雲塚杏が不審げに尋ねる。真とも累ともよく知る間柄の二人だ。特に真と杏は特別な仲でもある。


「僕はただの付添いだけどな。目的があるのはこいつだよ。教祖様と同門の妖術流派なもんで、顔合わせしたいというか術合戦したいというか、そんな目的らしい」


 教祖を止める目的に関しては告げない。この二人が何故ここにいるか不明だからだ。教祖を暗殺しにきた刺客なのか、教祖を守る側なのかわからない。そもそもそれ以前に、累がどうやって教祖を止めるつもりなのか、真は聞いてもいないが。


「何だ、この前も一人そんなのが来たな」

 と、麗魅。無論、綾音の事を言っているのだろう。


「で、あんたらは?」

「年長者にあんたらはないだろう。貴女達は、だろう。んー?」


 麗魅が両手で真の頬を軽くつねっていじくりまわす。麗魅のこういうコミュニケーションの取り方は、実の所真はあまり嫌いでも無いので、好きな風にさせておく。


「ひょっとしてあんたらが出迎えの幹部なのか? 演説があるからその後とか言われていたけれど」

 尋ねる真。


「出迎えは当たっているけれど、あたしは幹部ってわけじゃないよ。信者連中は一部勝手にそう思ってるぽいけどさ。今の時期にプリンセスと会っていない入信希望者だってことだから、万が一に備えてあたしが出張ってきただけよ」


 麗魅のその答えに、真は大体二人の立場がわかった。


「やはりここの関係者って事だな。それもそんな役目を担うからには、幹部と言わなくても要職なんじゃないか? 例えば教祖の直々のボディーガードとか」


 真の指摘に、麗魅は渋面で杏を見る。


「大体見抜かれちゃった後で言うのもなんだけどさ、そちらの目的も全部言ってもいいんじゃない? 例えば本当の目的が、薄幸のメガロドンの教祖を止める事とか」


 と、杏。こちらも確信をついてきたが、特に真はうろたえる事も無かった。


「だったらどうする? ここでドンパチするか?」


 その気は全くないが、あえて口にする真。相手がそれにのらないのを見越したうえでの軽口だ。


「もう腹の探り合いしても仕方ないでしょう。別に私達は貴方達を止める気はないわよ。教祖の命まで取ろうとしないかぎりは、ね」


 そう言って息を吐く杏。真は累を見る。


「僕もそこまでする気は……無いですよ。同門ですし、前世の縁もありますし……」

 と、累。


「敵が増えたってことでもないし、安心していいだろ。で、あいつの演説があるようだし、あんたらも聞いていくか? 中々笑えなくて面白いぜ」


 と、麗魅。笑えなくて面白いとはどんな意味なのかわからなかったが、その台詞を口にした時の麗魅の表情が一瞬曇ったのを、真と累は見逃さなかった。


「ああ、教祖様がどんな人物か見させてもらうよ」

「こっちよ」


 杏が促し、真達に背を向けて歩き出す。麗魅が後に続き、真と累もついていった。

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