第八章 12
いつもの闇タクシー、顔馴染みの初老のタクシードライバーと雑談を交わしながら、真と累は安楽市の北部へと向かっていた。
安楽市の北部は森林山岳部になっている。裏通りの組織のアジトが幾つもあるがために、真も幾度か北部に来ているが、
「いつもと違う道だな」
後部座席に座った真が呟く。ちらほらとだが人家や畑等が見受けられる。同じ北部でも、人気のある場所に来たことは無い。裏通りの組織の建物が点在する場所に人家は無い。
「私もこないだまで、こんな道通る事は無かったんだけどねえ。ここ最近はこの道を何度も通っているよ」
白黒混じった髭をいじり、意味ありげに言うタクシードライバー。
「正直あまりいい気分しないんだ。同じ客に帰りの道で呼ばれた事が一度しか無いからね。いつも逆の道は一人だ。頼むから君達はちゃんと帰り道で呼んでくれよ」
当然彼が乗せているのは、堅気では無い者達ばかりだ。裏通りの住人は元より、海外からの者や政府筋の者まで含まれていると思われる。表通りのメディアでも話題が持ちきりであり、多方面からこの教団は敵視されている。
「その一度が綾音……ですかね」
真にぴったりとくっついて寄りかかった累が言う。
間者にせよ刺客にせよ、薄幸のメガロドン本部に潜入して無事で帰ってきた者はいないという事だが、綾音はちゃんと帰ってきている。教祖の暗殺に行ったわけではないし、雫野流の同門であるから、無事に帰されても不思議ではないとも言える。
「綾音も教祖と連絡取れるようにしてもらっておけばよかったのにな。そうすれば堂々と教祖にアポを取って近づけるだろう」
同門とはいえ無事に綾音を帰したからには、話のわからない人物というわけでもないと真は見る。
「ええ……。綾音の話を……聞く限り、教祖とその周辺の警戒はかなりもので、接近するのも苦労した……そうですし、綾音ももう少し気を回してくれれば……よかったですね」
父親の方は娘よりもずっと気が回らないけどなと思った真だが、口にはしなかった。
タクシーが止まる。車から降りて辺りを見回す二人。森の中に、城壁のようにそびえる高いコンクリート壁がどこまでも続いている。壁の向こうが教団の敷地なのであろう。相当な敷地面積だ。
わざわざ壁で取り囲んでいるにも関わらず、門は解放されていた。一応受付はあるようなので、信者でもない者が素通りできるとは思えない。
「おい、お前も刺客かよ」
聞き覚えのある声に振り返る真。
「梅津――」
「梅津さんだろ」
安楽市警察刑事課裏通り班に所属する梅津光器が、真の顔を見てにやりと笑う。警察官の多くを苦手としている真だが、その中でも梅津や芦屋は気が置ける相手だ。
「違う。僕はただの付添いだよ」
言って、パーカーのフードをかぶった累の頭の上にぽんと手を乗せる真。累は無言で、梅津に軽く会釈する。
「で、あんたはこんな所で何してるんだ?」
「おいおい、何してるは無いだろ。警察は何もしてねーと思ってんのかよ」
苦笑いを浮かべ、闇タクシードライバーよりさらに白髪の多い薄い頭を、ぼりぼりと掻く梅津。
「何の用か知らんがな。もしもここにお前らの知り合いがいるなら、さっさとこんな宗教辞めさせた方がいいぜ。ここにいたら命の保障はできねーからな」
「皆殺しにでもするのか?」
梅津の言葉に不穏なものを読み取り、真は問う。
「そうしてやりたくてうずうずしてるがな。国家権力は下手に使うと、守るべき市民様達から怒られちまうもんだからな」
冗談めかして言った直後、梅津の顔から笑みが消え、鋭い目つきで真を見た。
「何の用かは聞かんが、くれぐれも気を付けていけよ。いくらお前でも、今回ばかりはやばいかもしれねーぞ。もう両手どころか両足の指まで使っても数え切れないほど、筋者曲者共がこの中に入っていったが、無事に出てきたのは一人だけだ。それに、ここの教祖に肩入れしている裏通りの猛者もいるからな。まあ、自分の目で確かめてこい」
「その出てきた一人の知り合いだから、多分大丈夫だ」
自分でもわけのわからない理屈を口にして、真は梅津に背を向けると、受付の方へと歩を進めた。もちろん累も真に寄り添って付いていく。
門に取り付けられた受付部屋に人の気配はあるが、窓かには離れている。その気になれば門を素通りしてくぐれるのではないかとすら思えるが、監視カメラ等の存在も考えれば、そういうわけにもいかない。
「すみません。入信希望なのですが」
使い慣れない敬語で真が受付の窓に声をかけると、中でこたつに入ってテレビを見ていた初老の女性が、窓までやってきてにっこりと微笑んだ。
「どうぞどうぞ。おやおや、お二人とは珍しいですね。それもこんな可愛い子がまあ」
美少年二人組という組み合わせを見て、女性がわざとらしく驚いた風なリアクションを取って見せる。初対面の笑顔といい、若い頃は美人で可愛い人だったのではなかろうかと、何となく思う真。
「二人で入信するのは珍しいのですか?」
「んー、大抵一人よねえ。で、貴方達もやっぱりプリンセスを見たの?」
女性がぶつけてきた唐突な質問に、真はどう返答するか迷う。言葉の意味する所は何となくわかる。だがもしここで話を合わせる形で肯定した場合、余計に意味不明な内容の会話に発展する可能性もある。
「いや、何のことかわかりません。ただ単にここの教義に惹かれて来ただけです。プリンセスを見たとは?」
「あれま。プリンセスを見たわけでもないのにここに来る子が、今の時期にいるなんて。ますます珍しいわ。今幹部の方に連絡しておくから、入っていいわよ。でも最近は警備が物々しいから、武闘派の人に目をつけられないように気を付けてね」
にっこりと笑うと、初老の女性は次の真の言葉を待たずに奥へと引っこんだ。おそらく早くテレビの続きを見たかったのだろうと、真は察する。
「あっさり入れたけれど、あの質問は何だったと思う? 入信する以前に教祖と会ったかどうかという質問から察するに、ここにいる奴等は教祖から天啓でも受けて集められたのか?」
門を抜けて敷地の中に入り、歩きながら真が累に話しかける。
「多分その読みで……間違ってないでしょう。雫野の術は……他人の精神への干渉にも長けていますし、教祖様にはうってつけ……です」
累が答える。
「見たと答えておくべきだったかな。でも怪しまれているほどでも無かったか。第一、他の刺客達もあの受付チェックなら、入るのは容易だな」
おそらくはわざと侵入しやすくしているのであろうと、真は察する。入信希望に紛れて入る事が可能という形が取れるならば、わざわざ壁を越えて入るような目立った真似をしなくてもいいし、何より教団の人間に犠牲を出す事も無く済む。上手いやり方だと真は感心した。
しかもそれでいて、侵入者は綾音を除いて尽く撃退しているというのだから、一筋縄ではいかない。
「幹部が出迎えてくれるのか? ここで待っていればいいのかな」
「ここじゃ寒いですよ……。建物の中に入って……いいんじゃないですか。きっと向こうの方で探してくれるか、建物の入り口で待っているとかではないでしょうか。いくらなんでも……ここで放置して待つというのは……」
「そうするか。とは言っても幾つも建物があるが――あれに入るか」
真が目を付けたのは本院だった。他の建物がただの生活住居のような代物であるのに対し、その建物だけやたら巨大かつ豪奢なデザインで、いかにも教祖がいそうな気配だ。教団の中枢施設であるのも間違いないであろう。
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