第七章 エピローグ

『アメリカ最大のギャング組織となった『戦場のティータイム』による、CNM放送乗っ取り事件に対し、アメリカ政府が声明を出しました』


 テレビから流れるニュースを、ソファーに腰掛けた累は興味深そうに見ていた。


『これ以上戦場のティータイムへの干渉は避ける。我々の判断は間違っていた』


 チキンと評判の卑屈な顔の大統領が登場し、文字テロップが流れる。


「まさかギャングが軍隊を退けるなんて、誰にも想像できなかっただろうな」

 累の真横に座った真が言う。


 アメリカの裏社会はつい最近まで、アメリカ全土の裏社会掌握を巡って壮絶な戦争状態にあり、最後の戦いにはアメリカ政府が軍隊を用いて鎮圧を計ったが、あろうことか投入した部隊がギャングに返り討ちにあうという前代未聞の憂き目にあった。

 とはいえ、退けたのはあくまで一つの部隊に過ぎない。その後も軍や警察に攻撃され続けてはひとたまりもないため、アメリカの裏社会の覇権を取った組織『戦場のティータイム』は、ニュース番組をジャックし、今後は裏社会が表社会へ過度の干渉を行わず、裏社会との繋がりのある政治家の名前を全て暴露し、麻薬の売買等も一切破棄することを努めるなどのスピーチを行い、自分達の正当性をアピールした。


 それが本気の弁であるはずがないと、累も真も見なしているが、スピーチの効果は覿面で、アメリカ人の多くは戦場のティータイムを支持しだした。そしてこの大統領声明である。


「まるで漫画……ですね。いや、リアリティ無さ過ぎて、漫画にもできそうにない……」


 累が呟いた直後、来客を知らせるベルが鳴る。


「来たみたいだぞ」


 真が言うのとほぼ同時に累は立ち上がり、部屋の外へと出る。真は無言でディスプレイを呼び出すと、映し出された雪岡研究所の所内マップの入り口を人差し指で押し、研究所の出入り口を開ける。


 廊下を小走りに駆ける累。その先からよく知った少女が姿を現してこちらに向かって歩いてきているのを視界に捉え、累は喜色を露わにした。

 自分より背の高い少女に飛びつくようにして抱きつき、胸に顔を埋める累。少女――綾音もたっぷりと想いと力をこめ、累を抱擁する。


「何ヶ月ぶり……でしょう」

「三ヶ月ぶりです。いつも三ヶ月ごとに来ているでしょう」


 累の娘――雫野綾音は可笑しそうに答えた。


「ああ……そうだったんですか……。言われるまで気がつきませんでした」


 何百年と生きているうえに、ヒキコモリ暦も長かったので、時間の感覚がおかしくなっている累であった。


「父上、この前お会いした時に比べて、お元気になられているようで」

「わかり……ますか」


 至近距離で娘と顔を見合わせて、照れくさそうに笑う累。


「御頭と……ようやく出会うことが出来たおかげで、僕は徐々に……人の心が戻ってきています。まだ……罪に怯え、同時に……世界を憎む気持ちは残っていますが……」

「しかし何度聞いても違和感がありますね。父上の、僕という話し方は」


 綾音が小さく笑う。


「僕はちゃんと……時代に合わせるよう、心がけていますから……。今の時代で、貴女の父上という呼び方は……他人が聞いたら……どうかと思われますよ」

「私はこれで慣れてしまっているので、もう修復不可能です」


 互いに離れ、しかし手だけ繫ぎあい、肩を並べて研究所の廊下を歩く。


「また無理矢理父上を連れだしたい所ですね。復旧作業中の東京ディックランドの特設アトラクションでもどうでしょうか」

「ついこの間行ってきたので、別の場所で……というか、人の多いところは勘弁してほしいのですが……」

「そうでないとリハビリになりません。ところで、今日は大事なことを直接告げたくて参りました」


 綾音が笑みを消し、真顔になる。累はただならぬ気配を感じ、足を止めて綾音と向かい合う。


「実は、雫野の術の使い手に出会いました」


 雫野の妖術師との遭遇は、別に珍しいことでない。累と綾音は数百年に渡って、幾人もの才覚のある者に雫野流妖術を伝授していた。

 他の妖術流派は一子相伝ないし、門下生を大量に囲うのが主であるが、雫野流妖術は流派としての縛りが非常に緩い。


 妖術流派雫野流は、開祖が生み出したものを基礎として、伝授された者が自由に改良し、自由に他者に伝えるというやり方で進化していくべきものである――というのが累の信条であり、伝統やスタイルなどにこだわる必要は無いとしていた。

 そうして一人歩きさせて変化した雫野の術を用いる雫野の術師と遭遇した際、雫野の術師は術試しを行う。術比べという名目で命を奪わぬ程度に戦闘を行い、互いの術の良い点を見習い、己の術を改善させるのだ。


「彼女は……何代か経たチヨの転生です。一目でわかりました」


 その名に驚愕する累。御頭の転生である真と出会い、その後さして時を置かずして、さらには綾音がチヨと出会うことになろうとは、思ってもみなかった。


「チヨだった頃の記憶は持っていませぬが、チヨと同じ読心の力を備えております。運命操作や死の予言はできないようですが。何の因果か、私達が見つける前に彼女の方から、雫野に縁を持とうとは……」

「不思議では……ありませんよ。輪廻の縁とはそういうもの……です。運命の糸がどこかで繋がっていて、必ずめぐり合うよう……できています」

「その力はチヨとは比べ物になりませんでした。私は術試しの末、敗れたのです」

「お前が敗れるほどの……」


 唖然とする累。妖術師としてはかなり上位にある綾音に、敗退を余儀なくさせるほどの相手となると、確かに累自身が見極めなくてはならない。


「私が案内したいところですが、すでに私は面が割れて、教団内部でも警戒されていますが故。何と言うか、何を考えているかわからないうえに、何をしでかすかわからない人物ですし、彼女の今置かれた立場も……世間の話題の渦中の人物ですが故」

「教団? 渦中の人物……? どういう人なのです?」


 累の問いに、綾音は小さく息を吐いてから答えた。


「現世でのチヨの名は、雫野みどり。通称、プリンセスみどり。昨今において世間を騒がせている彼のカルト宗教団体――『薄幸のメガロドン』の教祖となっております」


第七章 たまには江戸時代で遊ぼう 終

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