第七章 28

 町を出て街道を歩いている最中、累と綾音は先程の黒衣の娘と遭遇した。


「遅かったねー」


 フードから素顔を露わにして、真紅の双眸を累へと向けて少女は微笑む。


「いろいろと聞きたいことは……あるのですが、何から聞きましょうか……」


 チヨを背負ったまま綾音は身構えていたが、累は全く無警戒な様子で少女と向かい合う。


「まず貴女は如何なる目的で、右衛門作に悪魔造りの秘儀を……伝えたのです?」

「好奇心かなー。この国の術に触れるためでもあったけれど。私が右衛門作さんに教えたのはあくまでデーモン造りの基本だからねえ。ほとんどは自己流に改良した術で造っていたみたいだし、私もそれが狙いだったんだ。基本を教えただけなら、応用でどんな術を用いるか、見ることができるじゃなーい。右衛門作さんの場合、絵を描いて絵の中に霊魂を封じることによって造るっていう、効率こそ悪い方法だったけれど、その分、質はよかったと思うしー」


 少女の言葉に嘘は感じられなかった。回りくどい方法ではあるが、異国の術に触れるための対価として、まず己が術を伝授するというやり取りも、わからなくはない。累が右衛門作より絵を学ぶため、彼に妖術を教えたのと同じことだ。しかし――


「それだけではないでしょう……?」


 意味深に問う累。何を言わんとしているか、相手には伝わると確信していた。


「貴女に感じる、強烈な魂の残り香は、私がよく知る人物のもの。しかしながら、貴女はその人物の生まれ変わりには非ず」

「んー、そうだねー。私も最初君を見て同じことを疑ったよ。私のマスターが言うには、私はこの国の生まれなのか、私の親の片方がこの国の人らしいんだよねえ。それでこの国に来たって理由もあるけれど、偶然にもマスターの輪廻がこの地に行き着いていたことがわかっちゃったんだ。つまり……」


 少女の微笑みが少し変化した。懐かしむような、どこか寂しげな、儚げな笑みへと。


「私は君の魂から、私が捜し求めていた人の匂いを感じた」

「私も……ですよ」


 累には少女の気持ちが痛いほどわかった。当然のことだ。彼女は自分と同じだ。同じ魂を持つ者を愛し、長い時を歩き彷徨い、探しているのだ。


「やっと巡りあえたと思ったけど、どうやら違うみたいねー。でも、完全にハズレというわけでもなかったかな。うん、大きな収穫だよ」

「縁というものは確かに存在します。そしてそれは……偶然などではない。運命の導きが、確かに……存在します……」

「どうするー? 手を組んで一緒に探してみる?」

「それはお断りします」


 少女の申し出に累は即答した。


「先に見つけ出し、親しくなった方のもので……よいではないですか」

「そっかなー? 手分けして探して、共有財産ていう扱いのがいいんじゃない?」

「モノではありませんよ。あくまで人です」

「人だからこそ、そういう扱い方もできるわけじゃなーい」


 累にしてみれば、御頭の来世を先に見つけて独占したい。相手にそれをやられたとしても、奪ってしまえばいいと思っている。

 この少女は自分にとっては競争相手のようなものだ。馴れ合う必要性など感じない。少女の方は全く逆の考えのようだが、累はそれを受け入れるつもりも無かった。


「あ、名乗るのを忘れてたねー。私はシェムハザ。世界の謎を解かんとする者……とでも言っておこうかなあ。真実の探求者でもいいけれど」

「切支丹の書に記された堕天使……ですか。人に……多くの知識を与え、魔術を指南したものの……人の娘と結ばれ、逆吊りの刑に処された……」

「んー、博識だねえ」

「異国の書物に興味がありましてね……それなりに仕入れたもので。しかしその天使は人間の女性に心を奪われたのだから、男なのでは? 天使には性別が無い……という説や、守護する相手によって逆の性になるという説がありますが」

「私がつけた名じゃないし、女なのにこの名もちょっとおかしいけどねえ。でも一部は似たようなものだから、その辺からそういう名で呼ばれるようになったのかもね。ま、昔から時代によって名前がころころ変わるし、たまに飽きて別の名にしたりするけど」


 シェムハザと名乗った赤目の少女の笑みが、苦笑気味なものに変わる。


「私の名前は雫野累。こちらは私の娘です」

「雫野綾音と申します」


 チヨを背負ったまま深く頭を垂れる綾音。


「もうひとつ聞きたいことが……。貴女は耶蘇会に追われていると伺いましたが、如何なる経緯で?」


 この質問は単純な好奇心だった。正直どうして敵視されているかは大体察しがつく。ただ単に世間話程度の軽い気持ちでの問いだ。


「理不尽なことに、この世の謎を知ろうとすることそのものが、罪という扱いにされちゃうんだよねえ。私がこないだまでいた土地ではさあ……」

「こらーっ、シェムハザ! とうとう見つけましたよ~。もう逃がしませーん!」


 シェムハザが喋っている最中に、遠くから間延びした声がかかる。見ると灰色の着物姿に赤い髪の女性が、頬を膨らませてこちらに走ってきている。


「捕まえて異端審問しておしりぺんぺんして、魔女裁判してまたおしりぺんぺんでーす」

「あれま、シスター。しつこいねー。ちょっとやばいから逃げるねー。それじゃ、またー」


 笑顔で軽く手を振り、その場を逃げ出すシェムハザ。

 それを追っていくシスターが累の横を通り過ぎようとした際に、累はシスターの足に自分の足を引っ掛けて転ばせた。


「お仲間ですかー。貴方も異端審問にかけておしりぺんぺんですよー」


 シスターが起き上がり、悪戯っ子を叱る程度の怒りの視線を累へと向ける。


「貴女がシスターですか……。星炭闇斎殿から……聞いています。私は雫野累、こちらは娘の綾音です」


 話の途中で邪魔をしてくれた事への礼のつもりで、さらに足止めを試みる累。


「オーウ、心配で私も来てしまいましたが、雫野右衛門作との戦いはどうなりました? ミスター闇斎ともう一名はどうなされましたー? 姿が見えないということは、まさか……」

「闇斎殿が負傷しましたが、大事には至っておりませぬ……。右衛門作は……成敗しました」

「そうですか。私達は何のお役に立てず、ソーリー極まりないですー」


 累の言葉を聞いて、深々と頭を下げるシスター。


「それはともかく何で足引っ掛けたんですかー」

「覚えてましたか……」


 また怒った目つきに戻って問うシスターだったが、累はそしらぬ顔で呟いた。

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