第五章 35

 鳥山正美は狐につままれたような顔で、周囲の風景を見渡した。

 まばらに雲が浮かぶ青空には、あちこちから黒煙が立ち上っている。正美の立つ丘の下には空と交わるまで延々と森が広がっていた。


「夜だったのに急に昼になってるし、冬だったのに夏になってるし。わけわかんない。誰か教えて欲しい」


 呟いた矢先、簡素な服装の浅黒い肌の小男が現れ、正美を凝視した。手には自動小銃が握られており、正美に警戒の眼差しを向けている。やがて同じような顔つきや肌の色の男達が次々現れて、正美を取り囲んだ。全員武装している。


「わかった! これタイムトラベルだよ! あれ? パラレルワールドなのかも? ねね、どっちなの? 教えて? ちょっと誰かーっ、日本語話せる人いませんかー?」


 自分の置かれた状況に全く物怖じすることなく、声をはりあげる正美。


「ニッポンジン? ワタシニホンゴダメネ」


 正美を囲んだ一人が、片言でそう答える。正美が全く敵意を見せないことと、何よりも日本人であるということで、警戒心が大きく緩んだ。彼等は日本人と馴染みがあったのだ。


「日本語駄目って日本語で答えてるじゃない。って、日本人も外人にアイドントイングリッシュとか答えるあれと一緒か。うん、私冴えてる」


 外人のもっている銃器を観察する。日本では御目にかかれない代物ばかりであるが、銃器の種類を見た限り、タイムトラベルなどはしておらず、現代に思える。


「あ、これきっとテレポートだね。きっと力霊って奴の仕業だね。だったら日本大使館見つければいいか。あー、よかった。異世界に召喚されて勇者扱いされてその世界を救うとかいう、ファンタジー展開かと思って、ちょっとヒヤヒヤしちゃったよ。ファンタジー世界とか、トイレのウォシュレットとか生理用品とか無さそうじゃん? そんな世界飛ばされたらどーすんのって感じだしー。リアルに考えるとキツいよね」


 この女は一体何を喋っているのだろうと、正美を取り囲んだ男達は小首をかしげたり、顔を見合わせたりする。明らかに自分達に語りかけているのではなく、独り言を言い続けているのだということは、言葉が通じなくても、正美の視線や仕草から判別がついた。


 と、何かが飛来する音がしたかと思うと、轟音と共に爆発が起こった。


「ロケット弾? やっぱりここって戦場だよね?」


 身をかがめる正美。男達が銃を構える。丘の下の方から軍服姿の兵士達が岩陰と岩陰の間を縫って、こちらに昇ってこようとしている。統制の取れた動きといい数といい装備といい、全て兵士側が勝っているように正美には思えた。


「でも私がこっちに加勢すれば多分勝つよね。それだけは事実。それは間違いない。確実でーす。でもどっちが善人か悪人かもわかんないし。ていうか、戦争に善とか悪とかあるの? 無いような気がする」


 正美が喋っている間に、たちまち激しい銃撃戦が始まる。正美の側の地面にも幾つかの銃弾が穿たれる。


「でもこの人達は私を見ても撃ってこなかったし、あの人達は、この人達狙っているとはいえ、私まで巻き添えにする勢いだし、この人達不利だし判官びいきしちゃいたい気分かな。あー、そうだ、いいこと考えた。私が加勢してあげるから、その代わりに後で日本大使館連れてってよ。ねね、それでいいよね? ああ、言葉通じないからジェスチャーのがいいか」


 すぐ隣で銃を撃っている男の肩を指でちょんちょんと叩くと、正美は自分を指差し、さらに敵の方に向かって銃を撃つ仕草をしてみせる。


「ごーほーむ! ごーほーむ! これで通じたよね。うん」


 正美はそれで通じたと思い込み、コンセントを改めて服用し、彼等の加勢にまわった。


 堂々と岩陰から姿を現すなり、拳銃でもって一発につき一人ずつ確実に仕留めていく。正美からすればいくら隠れて当たらないようにしていようが、動かない的にすぎない。

 フルオートで夥しい量の弾をはきだれていようと、殺気が自分に向けられた瞬間に、カウンターで即座に狙いを澄まして撃ち、それで仕留めている。

 拳銃一挺で次々と確実に敵を殺していく正美の姿を見て、男達は呆気に取られた。数人が一度に飛び出して正美に銃を向けても、それらがほとんど同時に撃ち殺されているのだ。人間業とは思えない動きだ。

 しかし正美からすればどうということでもない。相手は有象無象にすぎない。真や美香を相手にしていた方が余程張り合いのある面白いゲームに思えた。


 呆気にとられていた男達であったが、当面の敵が掃滅されたことに歓喜し、歓声と共に正美を称える。


「ちょっとー、馴れ馴れしく触らないで欲しいんだけど。ていうか手きたなっ! 嫌になるな、もー。本ト最悪。で、私日本大使館連れてって欲しいんだけど? 早く案内して欲しい」


 肩を手で叩いて称賛してきた男に、正美が話しかけた直後――


「おや? こんなとこに日本人いるじゃんよ。聞いてねーぞ」


 明らかな日本語と共に、迷彩服に身を包んだ髭面の長身の日本人が現れた。アサルトライフルで武装している。


「しかも随分と奇抜な格好をされた方ですね、これ」


 その隣には、それとは正反対に小柄で眼鏡をかけた童顔の日本人がいた。服装や装備は同じようなものだ。


「あ、日本語じゃん。今の日本語だよね? どうしてここに日本人? ていうかここどこ? ねね、教えて? ていうかあなた達誰?」

「ただの通りがかりの革命家ですよ」


 誰何する正美に、童顔の青年が人懐っこい笑みを満面に浮かべて答えた。


***


「君の理屈はいつも勝手すぎる! 僕は君のためを想って言っているのに!」

「何よそれ! いつも最後にはそれじゃない! 私のためって言えばそれで何もかも私が納得するとでも思っているわけ!?」


 興奮した男女の怒声の応酬を耳にして、青島憲太は出るのを躊躇った。


「じゃあ君のために必死な僕はただのピエロですか。あーそーですか!」

「うわっ、小っちゃ! 私がわがまま言ってるように責任転嫁したかと思ったら、今度はそんなこと言うわけ?」

「女性の方が正しいですね。男ならもっと女を包み込んであげる大きさが必要です」


 突然予期せぬ声がかけられたかと思うと、押入れの中から人が出てきたので、室内にいた男女は凍りついた。しかもその手には拳銃が握られていたために、驚愕に恐怖が上乗せされる。


「しかし女も男の配慮に気付いて、それを認めてやる器量という物も必要ですね。それでは失礼します」


 恭しく頭を下げて、青島は扉から外へと出て行く。


「な、何っ!? 今のおじさん!」

「泥棒!?」


 青島が出ていってから、顔を見合わせて叫ぶ二人。


「うう、寒っ」


 外に出るとアパートの二階であった。雪がかなりの高さで積もっている。


「北海道か東北か北陸か……いずれにしても遠くに飛ばされたものですね。いや日本国内だけましだったと考えるべきでしょうか」


 苦笑を零しつつ、青島は雪の中に足を踏み入れた。

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