第五章 11
幼稚園児から小学生まで大人気な、世界一下品な遊園地こと東京ディックランドに、十五歳にもなって一人で訪れるのは、二重の意味で中々勇気がいる行為だった。
一応カツラなどかぶって変装しているが、小さい子供ばかりの場所に自分のようなティーンエイジャーが来ると、どうしても浮いてしまうし、日戯威にすぐに見つかってしまいそうな気がしてならない。なるべく人目につかない場所をこそこそと歩き、姉の到着を待つ。
(現地じゃなくて、現地入りする前に合流の方がよかったよなあ……)
二人連れなら怪しまれることもなく、今の状態より安心して行動できただろうにと、今更後悔する。
「瞬一! 無事だったか! よかった!」
変装しているつもりだったが、いとも簡単にバレたようで、姉の方から声がかかる。
「姉ちゃん、その格好何なの」
黒いテンガロンハットを目深に被り、赤いスカーフ、ブラウスの上に袖の無い黒い袖無しのチョッキ、下はボロボロのジーンズといういでたちの美香を見て、呆れる瞬一。
「変装だ! ちょっと寒いけどな! それよりお前の頭こそなんだ!」
金髪に染めて逆立てた瞬一のカツラを見て、顔をしかめる美香。
「一応俺も変装のつもりなんだけどね。一発でバレて不安になったよ」
「姉弟だからわかるのであって、他人にはそう簡単にはバレないと思うぞ!それより遊園地なんて初めて来るから、結構興奮している! せっかくだ! 少し遊んでいかないか!?」
「いやいや……俺からすると少しでも早く解決したいしさ……」
すでに純子に情報は流してもらっている。ブツを受け取った盲霊師がここに潜伏していることも、日戯威がそれを知ったうえで盲霊師の捕獲ないし始末を試み、失敗していることも。あまり猶予は無さそうだ。
「気持ちはわかるけどね。俺等一回も父さんに、どこにも遊びに連れていってもらったこと無かったしさ」
「父ちゃんの事を悪く言うな……あの人は不器用なんだ。父親としての愛情が無いわけではない。お前もわかっているだろう?」
声のトーンを落とす美香。
武道家の父は、ひたすら厳格な教育を子供等に施した。美香がこうなってしまったのもそのためだ。厳格なる家庭教育――それは親にとっては思考停止した実に楽な教育方針だが、子供には様々な負担やリスクを与えるものだと、瞬一は思う。
かつて美香はそんな父親を軽蔑して恨んでいたようだが、今となっては、尊敬と憐れみの両方の念を抱いているようだ。だが瞬一は未だ反発し、心の底から軽蔑しているだけであった。
「悪く言ったつもりはないけどさ。事実だし。ていうか俺も遊園地来るの初めてだけどさ、ここはちょっとおかしいと思うよ」
「そうなのか!? だが私には判別がつかない! きっと私が変わり者なんだろうな! いつもこうだ!」
あからさまに下品なデザインの乗り物や建物やキャラクターであふれかえるこの場を、何のためらいもなく受け入れられる姉の感性に対しては、瞬一にもフォローのしようがない。
「ていうかさー、俺達かなり浮いてるじゃん。周り見ると、子供だけで来てるか子連れの親ばかりだし。平日だから余計あれだ」
「だからこそ自然に振舞うためにも遊園地を楽しむ感じで、調査がいいと私は思うぞ!」
「姉ちゃん、俺の話聞いてる……? すでに俺がここにいるだけで不自然だから……」
「お前こそ私の話を聞いてないのか! それでいて何もしていなかったら余計に不自然だと言っている! さあ! とりあえずあの三角木馬がぐるぐる回る乗り物でも一緒に乗ってみようか!」
叫ぶなり瞬一の手を取って、そのまま引きずるようにして、まるで人気の無いアトラクションへと連れて行こうとする美香。
「ちょっと待った」
「ああ!? 往生際が悪い! いい加減覚悟を……」
瞬一に指された方向を見て、美香は言葉を切って大急ぎで近くの自動販売機の陰へと身を隠す。瞬一もワンテンポ遅れて美香の後を追う。
ホテルへと入っていく純子と真。同様にホテルへと入っていく、場違い極まりない黒服数名。純子と会話している男は日戯威のボス赤木毅だった。
「どうしてボスが……」
それだけならまだしも、純子と毅と肩を並べて夏子の姿があった事に瞬一は驚いた。何故ここに一緒にいるのか。何故ここに連れてくる意味があるのか。
「まさか……ボスは奴等の玩具にされてエロい事されまくっているとか、そんなことないよね?」
想像したくもないが、どうしても想像してしまう瞬一。
「純子がついているから多分大丈夫だろう! ていうか、こんな時にそんなエロい事を考えているんじゃない!」
「多分かよ……もしもそんなことになっていたら俺……」
考えただけで頭と股間がおかしくなりそうで、いてもたってもいられなくなる瞬一。だが冷静に考えてみたら、純子や真と行動を共にしている限り、その危険性は薄いとは思う。
「とりあえず奴等に見つからないように、遊んでいる振りをしながら、盲霊師の居場所を探すしかあるまい!」
「結局そこに行き着くのかよ」
こんなノリでいいのだろうかと、瞬一は不安になってきた。
***
「必ずしもスムーズに進むとは思っていない。雪岡純子があっさりとこちらになびいたのは怪しいもんだ。こういう、うまく話が進みすぎる時は疑ってかかれと、親父も青島さんもよく言ってたじゃないか」
東京ディックランドホテルのスイートルームにて、毅は青島に向って笑いながら語りかけた。
青島憲太は知っている。毅は一見愚鈍に見えて、したたかな一面もあることを。また、傲慢でありながら同時に謙虚さも備えていることを。
「部下にさん付けはよろしくないですな」
「敬語無しでもキツいのに、このうえ青島さんを呼び捨てまでしろってのは流石に勘弁してほしいよ」
「雪岡嬢が我々を疑っているとして、彼女はどう出てきますかな?」
「付き合いの古い溜息中毒を救おうとする、だろう?」
青島の問いに、口の端を吊り上げて皮肉っぽい笑みを浮かべ、当然と言わんばかりに答える毅。
「そうさせないつもりで動けばいい。どんなに雪岡が無茶苦茶をやろうと、世間の目って奴はどうにもできない。俺達を潰しにかかろうとしても、溜息中毒の信用失墜がそれで回復するわけでもない。雪岡が代理で抗争に訴えようものならさらにイメージダウンだ。ま、現時点では互いに膠着状態にあると思うけど。それに――」
言葉を切り、窓の方へと歩いていき、外の夜景を見る。光が踊っている。全てのアトラクションが夜の十時を過ぎた今でも、未だに機能している。
東京ディックランドは夜でも閉園することはない。子供とその同伴の親くらいしか来ない遊園地ではあるが、海外からの客も多いために、ジェットラグなども考慮して、そのまま夜も遊べるようになっている。
「丁度いい落とし所もできちまった。俺が変装した月那瞬一だけがうまいこと逃げ延びたらしいから、こいつに全部罪を着せちまえばいいわけだ。溜息中毒を吸収するための口実としても、都合いい材料にできるじゃないか。雪岡純子がこっちに乗ってきたという部分も重要だ。雪岡にどんな企みがあるにせよ、こちらになびいてきた時点で、溜息中毒は追い込まれている。世間が日戯威に理があると見なすのも時間の問題になる。溜息中毒は信用を失っただろ? 今ある状況を精一杯利用して、抜き差しなら無いように畳み込んでやろうぜ。溜息中毒が日戯威に吸収せざるをえないように、雪岡もこのままうちと契約を結ばざるをえないようにな」
「相手もそれをわかったうえで、手を打ってくると思われますが、具体的なブランはお有りですかな? 失礼します」
青島が言った直後、携帯電話を取り、メールを確認する。
「鳥山正美が到着したようです」
「随分と遅かったな。でも丁度いいタイミングだ。通してくれ」
「もうすぐ雪岡嬢や高城嬢も来る予定になっておりますが、よろしいので?」
怪訝な表情で確認を取る青島。
「構わないよ。先にここに通して。雪岡純子と因縁深い鳥山正美を雇ったことを今このタイミングで知らしめるのは、悪い演出じゃあない」
「なるほど。雪岡嬢のリアクションも楽しみというわけですな」
にやりと笑って、メールを打ち返す青島。この二代目をボンクラだと陰口を叩く声もあるが、青島は決してそうだとは思わない。先代同様仕え甲斐のあるボスだと思っている。
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