第一章 17

 十夜は考えこむあまり、あまり眠れぬまま朝を迎えた。


 十夜の心は大きく揺らいでいた。本当にこの世界で生きていくつもりなのか? 単に晃と離れたくないから、晃の力になりたいというだけの理由で、なし崩し的に晃の後をついていっているだけではないか。

 晃に依存する自分。晃を勝手に支えとする自分。ここにいる動機はただそれだけだ。そんな気持ちで、果たしてこの先もつのか?

 昨夜に芽生えた小さな不安と迷いは、今や十夜の心の中で大きく広がり渦巻いている。


 翌朝、再びホルマリン漬け大統領第七支部へと向かう四人の姿があった。道中に晃と純子と真は会話を交わしていたが、十夜はほとんど言葉を発さなかった。


「十夜君、大丈夫? 気分悪いの?」

「ちょっと緊張してるだけだよ……」


 そんな十夜を案じて声をかけてくる純子に、適当に誤魔化す十夜。


「それならいいけれど、改造した体への負荷とか思ってさ。ていうか、来る前にもう一度しっかりメンテナンスしとけばよかったねえ」

「メンテナンスって……」


 まるでモノ扱いじゃないかと、我が事ながら思わず笑みをこぼす十夜。


「ヒーローショーもいいがな。ここに捕らわれている者も解放しておこう」


 ホルマリン漬け大統領第七支部に到着した所で、真が言った。


「捕らわれている者?」

 晃が尋ねる。


「ホルマリン漬け大統領のアジトには、ショーの役者として無理矢理使われている者が、必ず何人かストックされている。人身売買で仕入れられたり攫われたりしてきた者だ。気の毒だから、いつも支部襲撃の際、ついでに解放しているんだ」

「なるるる。相沢先輩いい奴なんだねっ。それでこそ不良の鑑っ」

「だから何で僕が不良ってことになってるんだよ。しつこいぞ」


 茶化す晃に、いつものペースで返す真。


「あれま、やっちゃったー。すっかり失念していたねー。それ」

 笑いながら顔を抑える純子。


「多分その人達はもう――」


 純子が言いかけた時、建物の入り口から何十人もの老若男女が沸いて出るようにして次々と現れた。

 目の前に現れた集団に、十夜も晃も絶句していた。いずれも牙や角や翼や尻尾が生えたり腕が四本になっていたり体表が変色していたりと、半ば別の生物と混ぜられた化け物のような姿だ。いずれも怒気と狂気に満ちた顔で、四人に殺意を孕んだ視線を注いでいる。


「衣服や年齢からして、ここの構成員では無いな。つまり捕らわれていた連中に、化け物になるおかしな薬を飲ませたってわけか」

 真が呟いて、純子を一瞥する。


「それだけじゃなくて、何かヤバい違法ドラッグとかもうったと思うよー。私がここの支部長にあげた薬は、単に肉体を変化させて怪人を作るだけのもので、あんな風に正気を失ったりはしないもの。まあ、一番強い薬だから副作用もあって、怪人から人間に戻ったら一週間近く衰弱状態になっちゃうけど」

「やっぱりお前の仕業じゃないか」


 他人事のように解説する純子に、真が険悪な声で突っ込む。


「いやいや、わかっててわざとしたわけじゃないよー。私はここの構成員の人達用にって思ってあげたつもりだったけれど、量が多すぎたのが不味かったかなー。あははは」


 いつものように無邪気に笑う純子。


「つーか、そもそも何で敵にそんなものやったのさ」

 呆れた口調で十夜。


「そりゃ君達の売り込みのためと、十夜君の実験のためだよ。盛り上げるためにも、怪人の群れとか作ってみた方が面白いかなーと思って。それにさ、こないだも言ったけれど、あの組織と私は裏で繋がっている間柄だしね。互いに本気で潰し合いしているわけじゃないから、場合によっては援助もするよー」


 笑顔のまま答える純子。面白いだの盛り上げるだののために、人間を半ば化け物にするような薬を敵組織に使わせて笑っているという神経は、改めて普通ではないなと十夜は思い、その見境の無さに魅力を感じる。


「でもさー、敵も味方も純子が作ったとか、考えるとおかしな話だよねー」

 微笑みながら、のん気な口調で晃。


「じゃあ三人とも、頑張ってあの怪人達をやっつけてねー」


 純子が言った直後、目の前の集団が一斉に動き出し、四人めがけて猛然と突っ込んでくる。


 真が二挺の銃を抜き様に撃ち、先頭にいた老人と少女が同時に胸部を撃たれて崩れ落ちる。

 敵であれば相手が何であろうと躊躇なく撃ち殺す真に、十夜は慄然とする。躊躇っていれば自分が殺されるのだから、これは当然のことだと理屈では理解しているのだが、感情でも全て受け入れられるかと言われれば、そうではない。


「あ、そうだ。変身しないと」

 バッグを開き、十夜は中にある衣装を取り出す。


「数が多いし、どんどん片付けるぞ」

「う、うんっ」


 真に促され、晃も銃を抜いて構える。

 手は微かに震えている。初めての殺人でも戦闘でもないし、コンセントを飲んで精神を研ぎ澄ませてはいるが、それでもなお恐怖は殺し切れていない。最初に比べればマシにはなったが。


「怖くて当然なんだよ。殺し合いなんてな」


 晃の怯えを見抜いて声をかける真。さらに銃を続け様に何発も撃ち、撃った数だけ、怪人へと変わり果てた者達が倒れていく。


「逆に考えるとさ、怖くなければ楽しみも薄れる。スリルが無いと戦いは楽しくない。楽しめ。お前が今から臨むのは、この世で一番楽しい遊びだ」


 何人も殺されているというのに、怪人化した者達はまるでひるむ事なく向かってきている。撃たれて死ぬかもしれないという恐怖はおろか、まともな判断さえつかなくなっている様子だ。


「今からの時間に、お前が生きてきたこれまでの経験と想い、全てを乗せろ。そして、殺して生き残れ」


 真から放たれた言葉に、晃は息を呑み、その表情が決意と殺意で彩られた。


 晃と真が同時に銃を撃ち、撃った数だけ倒れていった。何発も何発も撃ち、その度に確実に一人ずつ倒れていく。すでに殺す事への抵抗は晃の中から消えている。自分が生き残るために必死だった。


「着替え完了」


 全身緑ずくめの格好に変わった十夜が、晃の横へと進み出る。


「ちょっとちょっと十夜君、ちゃんと変身ポーズと名乗りあげをしないとー」

「いや、一昨日したからもういいじゃん……」


 軽く抗議する純子に、自分でも意味不明だと思う言い訳を返す十夜。


「じゃあ、行くよ」


 短く告げると、十夜は迫り来る怪人達めがけて突っ込んでいった。


「メジロ張り手!」


 できるだけ力を抑える努力をし、同時に力を殺さないよう意識して攻撃を繰り出す十夜。殺到する怪人達を全て両手の張り手のラッシュだけで、次々と倒していく。


「んー、絵的にちょっとどうかと思うなあ……。もうちょっといろいろ技使って欲しいんだけれど、ひたすら張り手だけって……」


 純子が苦笑気味に呟く。怪人ら相手に十夜が無双状態になったため、真と晃はやることが無くなって銃を収めた。


「前座は終わりか」


 十夜の周囲で気絶している怪人達を見て真が言い、建物の方へと足を踏み出す。他の三人もそれに続く。


 建物の中へ入ると、エントランスに矢印つきの看板が二つ立っている。

 エレベーターの前には、希望と書かれた矢印の看板。一階の奥へと続く通路の一つの前には、絶望と書かれた看板があった。


「どちらかに進めってことかー。僕は希望がいいな」


 戦闘の高揚が醒めやらぬ晃が、エレベーターの方を見る。


「んー、挟み撃ちって事も考えられるし、二手に分かれようか」

 純子が提案する。


「私と十夜君が絶望の方へ。真君と晃君は希望の方へ」

「ベテランとアマチュアのセットという組み合わせ方ね」


 十夜が言った。純子にはわりと気が許せる一方で、真は苦手だったので、十夜はこの組み合わせにほっとしていた。


「私はアドバイスしかしないし、こっちは戦うの十夜君だけだよー」


 しかしこの言葉を聞いて、安堵も消えた。自分が危なくなった時も全く手助けしてくれないのだろうか? 真であれば間違いなく助けてくれそうではあるが。


「十夜、気をつけろよ」


 エレベーターの中に入ってから振り返り、晃が声をかける。

 十夜は無言で親指を立てて微笑んでみせる。

 晃も微笑み反し、真と共に建物の奥へと向かう。


 恐怖はスーツの性能で抑えられているし、精神高揚作用のせいもあるのだろうが、今のリアクションは自分のキャラには合わなかったかなと、十夜は思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る