第一章 18
エレベーターから降りた先での待ち伏せを警戒していたものの、敵のお出迎えはなく、真と晃は肩を並べ、廊下を歩きだした。
歩いているうちにいつの間にか、真が先導して晃がその後ろをついていく形になる。敵の奇襲を想定して、その際に真が晃を即座にかばえるかのように。
自分に懐いていて思想的にも同調している晃とは、真から見ても相性がよく馴染みやすい。その辺を考慮した純子の采配であると理解する一方で、十夜のことが気がかりでもあった。あちらは悪いことに、純子に惹かれているようだからだ。
(あいつに深く入れ込むとろくなことにならないからな)
心の中で、大きく溜め息をつく自分を想像する真。
「ねえねえ先輩、何で純子なんかの下で殺し屋やってるの? 先輩の性格からすると、ああいうのとは合わない気がするんだけど」
真がそう思った矢先、晃がストレートな疑問をぶつけてきた。
「僕はあいつの監視役みたいなもんだ。妨害役も兼ねてるが。雪岡が人間を実験台にするのは止められないが、側にいて雪岡の悪事の邪魔をすれば、あいつのくだらん遊びの巻き添え被害も多少抑えられる。ここに入る前の連中を見ただろ。あいつは善人悪人見境無く害をなす奴だからな」
「んん……だからさー、何でわざわざそんなことするの?」
なおも問う晃に、真はうるさそうにかぶりを振る。
「それが僕の存在意義みたいなもんだからだ。そこまで言わせるな」
「うーん、わかんない」
とぼけているのか本当に察する事ができないのか、どちらともつかない口調の晃。
「お出ましだ」
殺気を感じ取って真が告げる。廊下には誰もいないが、晃もコンセントの影響で感覚が研ぎ澄まされているがため、真が言ったのとほぼ同じタイミングで、前方左手側にある扉から、殺気を感じ取った。
扉が開き、先程と同様に、異形と化した者達が現れる。
毒々しい体色やら牙やら角やら触手やらが生えているのは同じだが、一つ違う点があった。彼等の手には拳銃が握られていることだ。その数は七人。しかし扉の中にはまだ何人もいる気配がある。
「武装しているという事は、こいつらは組織の者だな」
怪人化した第七支部構成員との、遮蔽物の一切無い廊下にて銃撃戦。自分は生き残る自信があるが、ルーキーの晃には明らかにハードルが高い相手であると、真は危ぶむ。
(うまくこいつをかばいながら撃ちあうしかないか。晃を狙った奴をできるだけ優先して殺すようにして)
正直な所、晃を気遣った立ち回りをしないで済む分、自分一人の方がまだ楽が出来る。
(十夜みたいに改造されたわけでもない僕が、こんなのに勝てるわけがないって、この戦いの様子を見ている連中は思うんだろうなー。だからこそサプライズになるぜ)
一方で真の危惧など露知らず、晃はやる気満々で、歯を剥き出して不敵な笑みを浮かべて銃を構えた。
晃の動きに反応して、第七支部構成員らも一斉に銃口を向け、その引き金を引く。
晃が弾かれたように横に飛んだ。空間の細部までが澄み渡って見える。怪人らの俊敏な動きすらはっきりと見えるうえに、足腰の動作から次の動きに至るまで、予想できてしまう。
(さっきは余裕だったけれど、裏通りの住人同士の戦いとなると、相手もコンセントを飲んでいるんだよな。こっちの動きも予想しているだろうねえ)
晃も当然それは理解していた。
晃が先程までいた空間を銃弾が何発も飛んでいく。さらには晃の回避先近くにも何発か撃たれていたが、幸いにも晃には当たらなかった。
晃が回避する一方で、真の撃った銃弾の三発が、ほぼ同時に三人の怪人を仕留めていた。晃の動きを正確に読んでいた三人だ。
相手の目線まで真は読み取ったうえで、優先して撃ったのであるが、晃は真がそんな風に神経を使ってフォローしていた事に、全く気付いていない。
(自分の実力だと勘違いされても困るから、後でちゃんと言っておかないとな)
殺し合いの場で他人の面倒まで見るというのは、非常に神経を使う。かつて戦場で駆け出しだった自分に、同様に教授してくれた年配の傭兵達の事を思い起こし、真は心の中で感謝する。
やがて全ての怪人を片付けて、一息つく晃。しかし真の方が全く警戒を緩めずに開きっぱなしの扉を凝視しているのを見て、晃もリロードしながら再び気を引き締めなおす。
「今思ったが、こいつら雪岡の薬飲んで化け物になった意味が無いな。銃撃戦しているだけだし。銃の腕や反射神経が上がった風でもないし」
「気分とか演出の問題なんじゃないのー?」
二人が軽口を交わした数秒後、開いたままの扉の中から、何者かが勢いよく飛び出してきた。
コンセントによって動体視力が飛躍的に上がっているはずであるにも関わらず、晃の目に捉えきれないほどの速度。だが真は正確にその動きに反応し、こちらに向かってくるそれに対し、二発の銃撃を見舞う。
まるで銃弾によって吹き飛ばされたかのように、それは大きく後方へとのけぞり、扉の前まで下がった。
「むー、見るからにボスキャラ。つーか人間の原型ほとんど留めてないし。あれも純子の薬で化け物になった奴なの?」
目の前に現れたおぞましい姿の化け物を見て、晃は呻いた。
長く伸びた鱗に覆われた平べったい胴体は爬虫類を連想させるが、頭部の下からは、甲殻類を思わせる鋭く先の尖った前足が数え切れぬほど生え、後ろ足は無く、数メートルにも及ぶ長い尻尾が伸びているだけだ。それでいて頭部だけ、頭髪が完全に抜け落ちた人間のものだった。先日やりあった、人間を混ぜたバトルクリーチャーのようにも見える。
二人とは面識が無い相手であったが、ホルマリン漬け大統領第七支部支部長奥村誠人の、変わり果てた姿であった。
「あの様子だと、薬を一度に複数服用したみたいだな。お前一人でやれるか? 宣伝目的ならその方がいいが」
「……やってみる」
緊張した面持ちで奥村を見据え、晃は銃を構えた。恐怖はぬぐえないが、その恐怖より強い感情が晃の中にはあった。
「いざとなれば助けてやるが、助ける間もなく死なれたらどうにもならないからな。僕の言ったこと、覚えてるか?」
「まず生き残れ、そして殺し合いを楽しめでしょ。わーってるって」
晃が言った直後、奥村の大きく開いた口から先が槍の穂先のような形状の細長い舌が飛び出し、晃めがけて猛スピードで伸びる。
大きく横に跳んでかわした晃だが、その回避によって晃の体勢が崩れたタイミングを狙い、伸ばした舌が収縮する前に、奥村自身が晃めがけて飛びかかった。
***
「ちょっと……話があるんだけれど、いいかな」
真と晃がエレベーターに乗ってすぐに、十夜は純子に今の心情を打ち明ける事にした。
「んー、何かなー?」
「正直俺、迷っているんだ。晃と……いや、裏通りで生きるとか、俺にできるのかなって」
「迷っている時点でやめた方がいいと思うよー」
いつもの屈託無い笑顔で、間髪置かずにあっさりとそう答える純子。
「どうして?」
「裏通りに堕ちるような人はさー、生まれる前に、人生っていうゲームのハードモードを選択しちゃった人なんじゃないかなーって思うんだー」
「生まれる前に……」
「うん。ノーマルモード選んだ人は普通の社会で普通に生きられる可能性高いけれど、ハードモードを選んだ人達って、社会にうまく適応できない不器用な人が多いと思うんだ。そんな人達の受け皿の一つとして、裏通りはあるんだよねー」
純子の持論を聞いて、十夜の脳裏に浮かんだのはやはり晃だった。晃の性格から考えても、確かに彼は普通に社会の枠組みの中で生きていくような、そんなタマではない。
「だからさ、私の意見としては、迷っているのなら、まずはフツーの生き方に一旦戻った方がいいと思うんだ。そっちでダメなら、また改めてこっちにくればいいんだしさ。そもそも君はどうしてこっちに来ようとしたのー? そんで、どうして今になって迷ってるの?」
わかるようなわからないような理屈。自分が裏通りに来た理由は、正直喋りたくない。晃と離れたくないからなどと、そんな理由を異性に告げるのは情けないし恥ずかしい。
「父親にさ、裏通りに堕ちるって言ったんだ。反対された……。いや、それ以前に俺が何日か家を空けたら、心配のあまり泣かれてさ。あの父親が……泣いてる所なんて始めて見て……それで俺……」
「そっか、じゃあやっぱり裏通りで生きるのはやめた方がいいねー」
優しい声音で言うと、純子は十夜の肩に手をおいた。
「迷ったままで裏家業なんて続けてもしんどいだろうしねぇ。残念だけれど仕方ないね。でも気が変わったら、いつでもこっちの世界に遊びに来てもいいんだよ?」
純子は笑顔のまま、あっさりと了承してくれた。一度足を踏み込んだら抜け出せないと脅されるか、殺される事すら覚悟していたというのに。ちょっと拍子抜けだ。そう思う一方、あっさりと認めて手放すあたりも純子らしく思えた。
「ま、表通りに戻っても、私の気まぐれで呼び戻して、実験を兼ねて戦ってもらう事もあると思うけど、その時はよろしくねー」
否――純子は手放す気は無いようだった。しかしその軽くて明るいノリのせいか、十夜は不安を抱くことはなかった。
「純子は何で裏通りに? てか、何でマッドサイエンティストしてるの?」
「そりゃ好きでやってるからだよー。自分が望む生き方っていうか、私は何百年も昔から探求者であり、研究者してるからねえ。私はね、この世の全ての謎を解くために生きてるんだ」
遠い眼差しで純子は語る。
「二百年前には人が月に行くなんて信じられなかった夢物語だったし、三百年前には飛行機で空を飛ぶことすらファンタジーだった。ほんの十年前まで、死後の世界だって科学的に実証されてなかったし――って、これは秘匿されていて公にされていなかっただけなんだけれど。だから私も、解けない謎、解けない法則性など無いと、どんな超常現象だろうと科学的根拠があると信じて、この世のありとあらゆる未知の領域を、生きている限り解き続けたいと思ってるの。人類をより高い次元へと進化させるためにねー」
「好きなこと、やりたいことをやって生きていけるって、すごくいいよね」
将来何になりたいか? 小学校でも中学校に入ってからも、散々学校で出された質問。
十夜の回答は常に「わからない」だった。同級生も大半が同じ答えか、せいぜいサラリーマンだの公務員だの、素っ気無い回答ばかりだったと記憶している。
「やりたいことや好きなことがあってもね、それが出来るかどうかはまた別問題だし、中々望みがかなわないからこそ、人生は面白いんだよー。もし何でも簡単に望みがかなったら、つまらないじゃなーい。ついでに言うと、高望みだろうと望むことがあれば、それに進んで頑張る方が面白いよー?」
笑顔で語る純子だが、今まで厭世的な考えを引きずって生きてきた十夜からすると、そんなポジティブに考えられる事自体が信じられない。
「だからこそ私も無茶な目標いっぱい抱えて生きてきたって面もあるけれどね。それと……私が諦めたくても諦められない、執念深い性格だったって事もあったしねえ。ずっと大昔、私が好きだった人が死んじゃってさあ、諦めきれなくてその人の転生を探し続けたのとかね。千年かかってやっと見つけた時は嬉しかったなあ。真君の事だけどね」
その言葉を聞いて、純子に好意を抱きつつあった十夜は落胆する。しかし真と純子のやりとりを見ていると、恋人同士のようにはとても見えない。
「でも俺のやりたいことではないなら、確かにやめた方がいいね」
改めて十夜は思った。自分の望みの生き方として選んだ道ではない。晃にくっついてきただけだ。
「晃に何て言おうかな……」
「堂々と自分の気持ちを伝えるしかないよー。って、向こうから来ちゃったし、お喋りはまた後でねー」
絶望と書かれた看板が立っている通路の奥から、見覚えのある女性が姿を現す。
「どうやらこっちが当たりだったみたいだねー」
「私からすれば外れよ。あの子――相沢真と遊んでみたかったのに。まあ、約束したんだし、後で遊ばせてくれるんでしょ?」
純子の言葉に、岸部凛はそう言い返し、十夜の方を見て訝しげな面持ちになる。
「何があったのかしら。せっかく綺麗に輝いていた黒い光が消えちゃってる。これじゃ生かしておく価値も無いかな」
凛の言葉に絶句する十夜。
「殺すのもったいないって思ってたんだけれど、これなら悩むこともないわ。うん」
「生かしておく価値無いって……何でそんなこと、あんたに決められるんだ」
気の利いた言葉が思い浮かばず、その程度しか言い返せない事に、十夜は歯がゆく思う。
「他人の生存権は誰もが好き勝手に決めてもいいものなのよ? 人を殺しちゃいけませんなんていう法律がある社会の方が、間違っていると思わない? そもそも死は消滅じゃないわけだし、死後の世界やら来世やらがあるっていうのなら、いくらでも自由に殺し殺されすべきだと思うわ」
平然とした口振りで話す凜に、十夜は啞然とする。
十年前に死後の世界が実証されてから、自殺者が急激に増え、殺人事件も増加した。小さな頃、十夜はテレビでナントカの専門家のナントカ教授が、したり顔で口にしていた台詞を思い出す。
自らの命を絶つことも、他者の命を奪うことも、人生にリセットボタンを押す程度の感覚になる者が増えた、と。
今、十夜の目の前にいる裏通りの住人も、どうやらそんなイカれた思考回路の持ち主らしい。
「黒い灯火の無い人なんて、魂の無い人形が動いているのと変わりないもの。そんなの消したところで、私の良心は痛まないよ? 射撃場の君はあんなに黒く綺麗に輝いていたのに。勿体無い」
「んー、黒い光が無くても面白い子はいくらでも世の中いるよお? 逆に魂が真っ黒けでも、全然面白くもない子もいるけれどねー。大体、殺し殺されの修羅チックなだけの世界より、私はもっと創造性のある世界の方がいいなあ」
純子はいつも通りあっけらかんとした口調であったが、凛は憮然とした表情になって純子を見やる。凛からすれば純子は、自分が認められる数少ない人物だったというのに、自分の考えをあっさり否定された事が面白くなかった。
「じゃあ十夜君、最後の戦い頑張ってねえ。ああ、嫌ならこれもやめちゃってもいいよ」
「……いや、今日だけは最後まで付き合うよ」
凛の前へと進み出る十夜。
今までの敵は全て化け物だったが、今度は見た目が人間の女性そのものなので、殴るのに抵抗はある。しかし相手は本気の殺意を自分に向けている。躊躇したら自分が殺される。
十夜は右に左にとステップを踏み、フェイントをかけながら凛へと接近していく。
どういう能力の持ち主かはすでにある程度知っている。空間を越えた攻撃が可能で、どこから攻撃がとんでくるかわからないので、動きを止めているのは危険であり、動きを読まれても危険だと、真に教わった。
凛が懐に手を入れた。十夜の緊張が漲る。
銃声が響くのとほぼ同時に、十夜は己の身に衝撃を受けるのを感じた。凛は懐に手を入れたままだ。しかし十夜は右足ふくらはぎに銃弾を受けて、体勢を大きく崩していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます