第一章 13

「くそったれがあ!」


 自宅に戻った奥村は、自室に入るなり、背広を床に叩きつけて憤怒の形相で怒鳴った。


 昼間のショーは最悪だった。岸部凛が早々に戦闘放棄するわ、雪岡純子達も何故か途中で帰るわで、前座だけで終わり、非常に盛り下がってしまった。

 客の反応も最悪で、ブーイングと皮肉の嵐。未だ上司である大幹部からの連絡は来ていないが、叱責を受けるのは間違いない。最悪、処罰も有りうる。


(とりあえずあいつらで遊んでウサを晴らすか)


 シャツを脱ぎ捨て上半身裸になって、内線のボタンを押す。

 奥村は自宅に、人身売買で海外より仕入れた少女を五人ほど飼っており、帰宅せずに外で女を買う日以外は、それらを弄んでいた。

 そのうちの二人を呼び、いつもより激しく嬲って、この怒りを覚まそうと思ったのだが、


「何だ? どうしてお前ら全員で来ている」


 家にいる五人の少女が全員同時に部屋を訪れたことを怪訝に思う奥村。少女達はいずれも十代前半で、日本人ではない。十歳前後と思しき者までいる。

 彼女らの目つきがいつもと違う事に、奥村はすぐに気がついた。いつもは怯えていたり死んだ魚のようになっていたりする目に、明瞭な敵意が宿っており、しかもそれが奥村へと向けられている。


「何だ、お前達、何だ……」


 五人の少女より一斉に向けられた敵意に気圧され、後ずさりする奥村。


 少女の一人に変化が起こった。口が大きく裂け、鋭く尖った牙を剥き出しになる。驚く奥村めがけてその少女が跳躍し、奥村の肩に少女の牙が突き立てられる。


「うおっ!? うお! おおっ!」


 甲高い声で悲鳴をあげ、少女を必死にひっぺがす奥村。


 さらに別の少女が突っ込んできて、蟷螂の鎌のような形に変化した指が、奥村の顔を斜めに薙いだ。片方の目が潰され、顔から激しく血が飛び散る。

 残りの三名もそれぞれ異形へと変貌を遂げている。奥村は転倒し、投げ捨てたシャツへと這いずると、取り付けてあるホルスターへと手を伸ばす。その奥村の手を、少女の一人が刀剣のように変化させた手でもって貫き、床へと繋ぎとめる。

 奥村の中で死の恐怖が鎌首をもたげる。崩壊した現実。虐げる側から虐げられる側へと、突然の立場の逆転。悪夢のような現実。疑問と、たっぷりの恐怖と混乱が、奥村の中で渦巻く。


「あれあれー? 随分と懐かれてるんだねえ」


 聞き覚えのある弾んだ声がして、奥村は部屋のドアの方を向くと、果たして予想通りの人物がそこにいた。


「おまっ、おまのしわ、しわじゃ」


 怒りと混乱のあまり呂律のまわらない奥村に、純子はにっこりと笑ってみせる。


「昼の件を謝罪に来たよお。あ、この子達をこうしたのは、ほんのサービスだから気にしないでねー」

「何がサービスだああああっっっ!」


 生まれてこのかた、これ以上の声を出したことは無いのではという程の、張り裂けんくらいの大声で叫ぶ奥村。


「あ、いらないのー? お気に召さなかったってことは、いらないってことだよね? じゃあ私がもらっていくねー。責任もって故郷にちゃんと帰しておくよー。まあ、そういう約束で、この子達には私の作った薬を飲んでもらったんだけれどねえ。御主人様の許可も取ったことだし、うん、道理に合うね? 何も問題無し、と」


 這いつくばったまま怒り心頭の奥村を楽しそうに眺めながら、一人で勝手に話を進めて納得する純子。


「何しに来た! 何の用だ! 何のつもりだ!」

「君達、ちょっと席を外しておいてねー」


 純子に促され、五人の少女は部屋を出て行く。奥村が立ち上がり、顔の傷口をタオルで抑えて、残った一つの目で純子を睨みつける。


「レナードさんと話したんだけれどねー。今日のショーがいまいちだったし、次はもっと盛り上げるために、奥村さん自身にも頑張ってもらおうと思ってね」


 と、懐からカプセルの詰まった瓶を取り出して奥村に見せる純子。


「これはね、改造手術とかしなくても人間以外の生物の力とかが備わって、簡単にパワーもりもりになる、すごい薬なんだー。今の子達に飲んでもらったものと大体同系列だけど、こっちのがずっと効果高いんだ。今までに何人もの人に、実験台として協力してもらった末に出来た逸品だよー。副作用がひどいから使い捨てだし、商品にはできないのが残念だけど。で、これを飲んで、奥村さんにも戦闘要員として戦って欲しいの」

「な、何で私がそんなことをしなくちゃならんのだっ!」


 そんなことは人身売買で購入した奴隷か、部下にでもやらせれば済む話だ。支部長たる地位の自分がしなくてはならない理屈など、あろうはずがない。


「んー、もうレナードさんともナシがついてるし、決定事項だからねー? 今日のショーを盛り下げた全責任てことで。うん、道理には合うよぉ? すぐにレナードさんからも連絡くるんじゃないかなあ」


 純子がそう言った時、実にタイミングよく電話が鳴った。


『はーい、私デース。雪岡嬢がそこにいると思いマスし、すでに聞いていると思いマスが、まあそういうことで頑張ってくダサイな』


 電話を取り、上司たる大幹部に軽い口調で告げられた言葉に、愕然とする奥村。


(ナシがついているとか言ってたが、ひょっとしてこいつら裏でつるんでいるのか? いや、そういうことなんだな。このタイミングで電話がきて、すでに聞いていると思うとか、有りえんだろ……)


 どう考えてもそういうことになる。電話を握る奥村の手が怒りで震える。


「あれが私の失態だと! 岸部と雪岡が勝手に戦闘放棄したのをどうフォローしろと言うのですか!」

『それはわかりマース。だーかーらー私もチャンスをあげるつもりなのデス。雪岡嬢が来ているのなら、君に渡したものがあるデショう? 飲むだけでお手軽に化け物に変身できる薬らしいデース。それを飲んでショーを盛り上げる役者の一人として頑張りナサイと言っているのデス。それで失敗は帳消しにしマス。いやー、私が理解力ある情け深い上司で、ホーントよかったデスナー』


 純子に告げられた事と同じ内容を命じられ、奥村は怒りと絶望のあまり、それまで紅潮していた顔が蒼白なものへと、劇的に変化した。


『第七支部の構成員達にも、同じ薬を渡して飲ませておくといいデスね。うちの組織の連中が次々と怪人に変身して、雪岡嬢の作ったヒーロー系マウスと戦う。オ~ウ、実にグッドな演出デスねー』

「あんた第七支部を何だと思っているんだ! いや、他の支部も幾つもこの女に壊されているんだぞ!」


 過去、組織の他の支部と雪岡純子より刺客として放たれたマウスとの戦いは、全て見世物とされて組織を潤したが、同時に幾つかの支部が壊滅するという痛手も負っている。


『オーウ、気にしなくていいデスよ? 全ての支部が使い捨てでチェンジが利く、雪岡純子との抗争という名のショーの役者でしかないというのが、組織の認識デス。壊滅したらまた新たに人を雇えばいいだけで、大して損はありませン。採算は十分に取れマス。構成員が何人くたばろうが、我々大幹部が潤えばそれでいいのデス。ここはそういう組織なのデス。ハイ』

「ふふふふふざけるなあああっ!」


 あまりの理不尽さと横暴さに、奥村は立場を忘れて怒鳴っていた。


『ふざけているのは君デスよ。今日のショーの失敗で、どれだけ損害が出たと思っていマスカ。組織の信用も大きく損なわれマシた。ああ、次のショーではちゃんと君の口から謝罪を述べてクだサイよ。その時の口上はこうデス。『先日のショーの失敗の責任を取るため、私が命を賭けて今回のショーを盛り上げてみせます』と、そう言った後にその薬を飲んで怪人に変身するのデス。きっと盛り上がりマース。じゃあそういうわけでグッドラッグ。あ、今のグッドラックとドラッグをかけたのわかリマシタ? デハデハ~』


 のんびりとした口調で告げると、大幹部は電話を切った。奥村は電話を落とし、膝をついてぽかんと口を開けて天井を仰ぐ。


「じゃ、私はこれでー」

 薬瓶を奥村の前に置いて、純子は部屋を出る。奥村は虚空を見上げたまま、絶望のあまり全くの無反応だった。


「凛ちゃんの方に発破かけにいくのは明日でいいかなー。あの子がこの二年でどれだけ成長したかも興味あるし、せっかくだから見てみたいよねえ。やっぱ」


 廊下を歩きながら楽しげに呟く純子。

 そこに先程の五人の少女達がやってくる。


「君達は祖国にちゃんと帰してあげるから心配しなくていいよ。そんなに多くないけれどお小遣いもあげておくから。一人五百万円くらいでいいかなー?」


 不安げな表情の少女達を明るい笑顔で迎えて告げる純子。


「五百万円とか嘘ですよね? もしかして、また私達は騙されて売られるのでは……」


 少女の一人がますます不安げな面持ちで言い、他の少女にも不安が伝播する。


「んー、私これでもお金持ちなんだよー。ユキオカブランドっていう武器兵器薬品の独自ブランド築いて、世界中の死の商人相手に売りさばいて儲けてるからねー。だから気にしないでいいよぉ」


 少女の不安を取り除くように優しい口調で言う純子。


「アリガとおございマス。でもどうしてそんな親切ニシテクレルデスか?」

 別の少女が片言の日本語で問う。


「困っている人や苦しんでいる人がいたら、助けてあげるのがフツーじゃなーい? 私も至ってフツーだから助けるんだよ。全然不思議な事じゃないよ」


 少女の頭を撫で、満面に朗らかな笑みを張り付かせたまま、純子はそう言った。

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