間奏曲Ⅲ
自分は走っていた。なんのために? 築地京華を助けるために。
そう、そうだ。自分はこうやって死んだのだ。京華を助けようとして、急に身体が動かなくなって、死んだ。確かに、こんなものは殺人以外のなにものでもない。
意識が覚醒し、自分の身体を自分で操れるようになったのは、京華の目の前に辿り着いたときだった。状況が理解出来ていないであろう京華を雨宮紫苑は抱き締め、思い切り地を蹴った。
あのときは助けられなかった。それに、向こうの世界では一度殺している。今度こそという想いだった。
全身を擦りむいて、傷が痛むけれど、自嘲げに笑って心の中でつぶやく。
——これがハッピーエンドかよ。いいセンスしてんじゃねぇか。
紫苑は立ち上がり、混乱したまま起きて来ない京華に手を差し伸べる。
「大丈夫か? 初めましてだな、京華」
「え、あ、うん。えっと、え、夢?」
言って、京華は自分の頬をつねる。
「いひゃい……。あっ!」
つぅっと京華の頬を涙が伝った。
「おいおい、どうした? 大丈夫か——」
紫苑の言葉を遮って、京華は紫苑に抱き着く。そして——慟哭した。
「ごめん、ごめんね……っ! 私、全部っ、押し付け、た——」
思い出した。思い出したのだ、全て。余すところなく、失っていた記憶を取り戻した。彼が全部なんとかしてやると言ってくれたことも。この手で彼を殺したことも。
「俺が好きでやったことだぜ? どこに謝る必要がある」
「だってっ! そんなの、つ、辛くないっ、わけ……ないのにっ」
「いーや、辛くねぇよ」
「で、でもっ、痛かった、でしょ……?」
「痒くもなかったね」
「く、苦しかった、はずっ!」
「お前を幸せに出来るんだぜ? 楽しくねぇわけねぇだろうが」
「な、んで……紫苑は、いつも、そう……っ!」
いつも、いつも、いつも。彼はいつも助けてばかりで、自分はいつも助けられてばかりで。
「私ばっかり得して! 逃されて、甘やかされて、楽なことばっかり……そういうの、すっごく、悔しいっ!」
「言ったろ? ——逃げろ、甘えろ、楽をしろ。お前は気にせず笑ってりゃそれでいい」
「笑え、ないよ。笑えっこないっ……! だって、私——」
そうなのだ。それだけが目標で、それだけが欲しくて、そのためだけに頑張ってきたのに、結局なにも返せなくて、なにも出来なくて、追う背中は遠過ぎて、その隣は高過ぎて、指すら届かなかった。
「私ね——紫苑のことが、好きなの。ずっと、好きだった。だから、紫苑の隣に立ちたくて、それなのに、紫苑はいつも……いつもっ! 私を置いてけぼりにするっ……!」
間違っているのだと分かっていた。本当は、ありがとうと言うべきなのだ。きみのおかげで幸せになれたよと。理性では分かっていたけれど、感情がそれを許さない。
「紫苑が傷ついたら悲しいっ、紫苑を苦しめたら辛いっ、紫苑が辛いと苦しいっ……隣で一緒に戦えないと、すごく、虚しい……っ」
「俺は傷ついてねぇし、苦しんでもいねぇ、辛くもねぇ、本当だぜ? それでな——お前がいたから戦えたんだ」
紫苑にぐっと抱き締め返され、京華はどくんと心臓が跳ねる。近い、これ以上ないほどに。
「隣じゃなくてここにいろよ。格好つけさせろよ。俺も男の子なんだぜ? 俺にお前を守らせろよ」
「……本当、ずるい」
そんなことを言われてしまったら、なにも言い返せないではないか。
「——ごめんね、ありがとう。私ね、向こうの世界では、割と幸せだった。紫苑のおかげで。でもね、なんか物足りなかったの。だから——」
京華はくしゃくしゃな笑顔で、今が一番幸せだと言わんばかりの笑顔で、告げる。
「私を、幸せにしてください」
京華の願いを断る理由も、断るつもりもなかった。それが、紫苑の目的なのだから、紫苑はただ、笑って応える。
「——任された」
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