黄泉國
「新鮮な野菜だよー!!ほらそこのお姉さん買った買った!!」
「お姉さん!!今日はいいサンマが入ったんだ!!よかったら買ってって!!」
「いやいや!!今日の夕飯はトンカツで決まりだろ!!見てよこの新鮮な豚肉!!」
———黄泉國は賑わっていた。
薄暗いどころか、太陽が照らされていて、街並みの雰囲気は商店街を思い出す。
遠くを眺めてみれば、高層ビルが並んでいる。どこか東京のようにも感じる。
しかし、違う点を挙げるのであれば、住人が皆人のなりはしているが、どこかしら不自然なところがあるというだけだ。
ある者は鴉のような翼を生やし、またある者は頭に獣耳を生やしたり、角が生えている。
某東京の若者の町ならば、そんなファッションの人間がいるかもしれない。
だが、この町の住人は実際に生えているのだ。
「あ、お兄さん!こっちこっち!!此処のパフェは絶品なんですから!!帰りに一緒に食べませんか?」
そんな町にとても馴染む猫耳タクシードライバー少女は車を駐車場に置き、ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねながら町を案内してくれるのだが……。
「……それで?どこに連れていくんだよ?」
「それはまだ秘密でぇ♪」
そう。肝心な目的地を教えてくれない。
キョロキョロと辺りを見渡してみても人間っぽいのしかいない。
逆に言えば、人間は早人独りしか見つからないという訳だ。
それは生きていた時と同じような感覚……。
自分だけ違うという、どこか孤独感を味わってしまう感覚。
「お兄さーん!!着きましたよー!!」
早人は少女の言葉でハッと我に還ったが、目の前には何もなかった。
「……ここが目的地?」
「はい♪」
ニッコリと笑うその姿はとても可愛いが、逆に恐怖を覚えてしまう。
「何も見えないんだが」
「あー。忘れてましたねー。ちょっと待っててくださいね」
少女はごそごそと自分のポケットを漁り始めて手に掴んだ物を早人に渡した。
「よかったらどーぞ♪」
少女に渡された物はカラフルな包み紙で包装されている小さな丸い塊が入っていると確認することができた。
中身を見るために包み紙をひらくと、飴玉が入っていた。
丸いとは言っても完成された丸ではなく、手で持ってみると
色はシンプルに言えば赤だが、中を覗くと気泡が入っていない。そして透明で綺麗だ。
これもまた市販品のような大量生産した物とは違い、ひとつひとつ丁寧に作られているのだろうと思わせる作りだった。
飴玉を見ていると、早く食べろというような顔でこちらを笑顔で少女が見つめてくる。
早人は一口で飴玉を口の中に放り込んだ。
ころころと口の中で転がしていると、飴玉の味が広がりこんでくる。
味は美味しいとは言えないが、程よい甘みがあった。
「さてさて、お味のほうはいかがですか?」
「……普通かな。」
「飴玉が苦いわけないじゃないですかー。では、後ろをごらんくださーい♪」
早人が後ろを恐る恐る覗いてみると、そこには今までなかった建物がそこに存在していた。
外見は神社のようだが、見た目で分かるように広さが違う。神社とは神様を奉るための物であって人間が生活するために作られてはいないが、この建物は生活するのを目的に作られたように見える。
一体この中にいる人物は誰なんだろう。
早人は想像してみるが、神々しい神様か、恐れ知らずの愚か者のどちらかしか思いつかなかった。
そして早人は少女に問いた。
「なぁ。ここって……」
「はい?あぁここですか?ここは黄泉國の頂点の方が住まわれているところですよ。」
「頂点?」
「はい。黄泉國での頂点。お兄さんの世界で言う……ホワイトハウス?ですかね。まぁ外装はまったく白くはないんですけどねぇ。」
少女はただ笑うだけだった。
(ホワイトハウスってアメリカの大統領が暮らしているところだよな……)
考えると少し身震いがした。
「とりあえず、中にどうぞ。お兄さんの事を首を長ーくしてお待ちでしょうから。」
「あ、ああ。」
そして早人たちは神々しいほど不気味な神社(ホワイトハウスみたいな何か)の中に入っていくのだった。
建物の中に入ると、外見の不気味さとは変わっていた。
壁は白を基調とした落ち着いた雰囲気のある色で、クリーム色に近いかもしれない。床は大理石になっており、どこか高級感のある広間だった。
広間からは幾つもの部屋がある。見るだけで10は超えるだろう。
辺りを見回す早人を気にせず少女は一番奥の部屋まで歩き、ドアをノックする。
「失礼しまーす。今お連れしましたよー。」
「ふむ。ご苦労。」
部屋の中から声が聞こえてきた。声からして女性であることは理解できたが、上手く聴きとれないせいで、声を発した人物の性別のみしかわからない。
少女はドアを開くと同時に早人もドアのむこうにいる人物が早く見てみたいと思い、顔をのぞかせる。ドアの向こう側は湯気で何も見えない。
「あ、お兄さんちょっと此処で待っててくださいねー。」
「え?あ、ああ……」
早人の返事と共に湯気の向こう側からの声が返ってくる。
「待たせずとも良い。連れてたもう」
ドアを挟んで聞こえた声よりもはっきりとは聞こえてくるが、なぜか声が反響している。
「わかりましたー。ではお兄さんこちらに……」
少女と共に湯気の中を歩いていくと人影が見えてきた。
それはとても小さな影だが、とても威圧的で、畏れ多い。畏怖の感情が早人の中に一気に流れ込んでくる。
「ようこそ黄泉國へ……。儂がこの国を統べる代表とでもいうのかのう。
イザナミと名乗る女性の影は早人に近づきながら挨拶をしてきた。
近づくにつれて影が薄まり、姿が見えてくるのだが、早人は前が見えない。
見えないのではなく、見れないが正しいのだが、それでも影は近づいてくる。
そして早人とイザナミの視線が交わった。
(……!?)
早人は確かに現在前が見えない。だが、今早人はイザナミの顔がはっきりと見えている。顔どころか全身の肌、つまり裸が早人の目に映し出される。
だが、視線を交えてた女性……否、幼女の姿をしていた。
「なんじゃ?儂の顔に何かついておるか?」
「い、いえ……」
「だったらよいのじゃが……先ほど食べたシュークリームがまだ口についているかと思ったわい。」
顔に何かついているというよりも、幼女は何もつけていない。
普通の人間ならば、異性の人間に対する態度が180°変わっているはずだが、幼女は恥ずかしがる態度も感じない。逆に早人のほうが頬を赤らめてしまうほどだ。
そこに猫耳の少女が察したように幼女に話しかける。
「あー。イザナミちゃま。お兄さん恥ずかしがってますから、せめて大事なところを隠してはくれませんか?」
「ん?儂の身体に恥ずかしいところなんてある訳がないじゃろ。……あぁ。そういうことか。何千年も生きていると羞恥心という物を忘れてしまっていかんのう。」
ようやく幼女は身体を一枚のバスタオルで肌を隠し、一言。
「とりあえず、お前も入れ。ここは風呂場じゃ。」
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