1章

三途の川

 死んだ記憶はある。だけど、何故か意識はある。

 辺りは真っ暗で何も見えない。周囲からは誰が歌っているのかわからないが、容器な音楽と車のエンジン音が聞こえてくる。どこかに連れられているのだろうか。

 車の揺れを考えると、あまり整備されている道路とは思えなかった。


 (あれ、俺……生きてる?)


 人生一度の自殺を経験したと思いきや、実は夢でしたというオチだけは勘弁してもらいたい。と考えているとエンジン音が止まり、女性の声が聞こえてきた。


 「お兄さーん。ちょっと何時まで寝てるんですか?もう着きましたよー。」

 「……え?」

 右肩を揺すられる感触と共に早人は瞼をあけた。目の前にいたのは黒髪ショートの紅色の目をした女の子。見た目は俺と年が一緒か、もしかしたら年下くらいの少し小柄な可愛い系の女の子だ。

 「あ、やっと起きましたか?到着しましたよ。」

 服装もタクシードライバーの制服のような、黒スーツに赤ネクタイ、そして黒帽子につばがプラスチックというなんとも少女がするようなファッションではない。だが、それ以上に早人が気になったのは少女の頭だった。

 「ちょっと聞こえてます?お兄さんってばー!」

 「は、はい!聞こえてます!!」

 少女の頭には帽子があるが、何故かぴょこぴょこと動いている。

 「あ、あの……」

 早人は恐る恐る少女の帽子を指さす。

 「ん?あぁこれ?」

 少女は帽子を取ると、頭の上には人間にあるはずのない物体。獣の耳があった。見た目からして猫の耳だ。本来人間の耳が在るべきところになく、その代わりに少女には頭に猫耳が在る。

 アニメ、ゲームなんかでよく見られる猫耳少女だが、現実リアルの少女にリアル猫耳があるというのは奇妙である。


 「……うわあああああ!?」


 ほんの数秒の沈黙と共に早人は大声をあげて車から出ようとする。

 「くそっ!!ロックがかかってやがる!!だ、出せ!!」

 「ってちょっとお兄さん!!今外出たら危ないって!!」

 「ち、近づくな!!俺は食べてもおいしくないぞ!!」

 「とりあえず外の景色を見てください!!」

 しかし、聞く耳を持たない早人は車内で大声を出しながら暴れている。すると外から車の窓を激しく叩く音。早人は驚き音がした窓を見ると、白い和服の中年の男が焦った顔で何度も窓を叩いている。

 「た、頼む!中に入れてくれ!!」

 中年の男は何かに怯えるように車の中に入りたがっていたが、車の持ち主である少女は聞く耳をもっていなかった。

 「あー……これはまずいですね。お兄さん。また動かすんで、シートベルトの装着をお願いしますよ。」

 何がまずいのか見当もつかなかったが、早人は外の様子を見てハッキリとわかった。早人がいたのは河原だった。それもただの河原などではない。川石がきれいに並べられていて、歩車道の境界ブロックの代わりに小石が何千、何億と並べられている。いや、並べられていた。小さな子供が小石を積んでいた。見張り役に怖そうな男が子供たちの積んだ石を監視し、出来の悪い物を足で蹴っていた。

 中年の男はまだ車の窓を叩いている。その音の所為なのか、次々に白い和服の人たちが集まってきた。百、千、まだまだ集まってくる。

 まるで、誰もが命乞いをしているようだった。

 そして白い集団の後ろの背景には海……のように見えるとても大きな河。


 白い和服を着る人々、とてつもなく広い河原、子供が積み上げている石、それを蹴飛ばす怖そうな男……そしてとても大きな河。

 早人の少ない知識で本当にこの解で合っているのか不明だが、そう思わずにはいられなかった。


 ———此処って……三途さんずの川じゃね?


 早人の思考と共に少女は車が走り出した。

 白服の人々を押しのけて……というより、

 断末魔の叫びをあげる白服の人々は赤黒く染まり、少女はフロントガラスにこびり付いた汚れをワイパーで汚れを伸ばしていく。

 

 「……な、なんで跳ねたんだよ!?ってかここはどこだ!?」

 早人は精一杯の恐怖を抑え、少女に話しかけた。

 「えー?だって車は前進か後進しかできないんですよー。ちなみに私は後進は苦手でして……

あと、此処がどこという質問ですがー、ご自分が一番理解できているんじゃないんですかー?」

 少女の質問にドキッとする。それは早人の推察を少女は肯定しますよーと言っているようにも聞こえたからだ。

 「……じゃあ此処は三途の川……か?」

 「ピンポーン♪正解でーす♪景品はないんですが、10ポイント差し上げましょう。」

 「ふざけんじゃねぇよ!じゃあどうして俺だけタクシーに乗って他の人はひいてるんだよ!!」

 「また質問ですかー?んー……どこから説明するべきか……あんまり説明しちゃうと私が怒られちゃいますしねー……。うん。まぁいっか。」

 少女はぶつぶつと独り言を言って自分で問題を解決したようだった。

 「じゃあお兄さんがタクシーに乗っている理由から説明させていただきますね。お兄さんは確かに死にまして、現在三途の川にいます。」

 少女は淡々と早人に説明していく。

 「お兄さんは選ばれたんですよ。そしてそんなVIPなお兄さんを私がその先まで送っているんです。」


 意味がわからない。

 

 「あ、あれ……?言い方まちがたったかな……?えーっと……うん。このまま乗ってたらわかるよ。」

 少女は自分で納得して車を進める。もちろん人をひきながら。


 「そういえば、行先はまだ、教えてなかったですね。それは先に教えておきなさいって言われていたんでした。」

 「……行先?」

 早人は今置かれている状況と、外から聞こえてくる叫び声から逃げるように少女に問いた。

 「……三途の川の次は閻魔様の裁判だろ?」

 「裁判?あー……すみませんねぇ。私、そちらの死後の世界は管轄外でして……。」

 「管轄外?どういうことだ?」

 少女は笑顔で答える。

 「はい。私は黄泉國よもつくにの専属タクシーなので、それ以外の世界の情報は全然入ってないんですよ。」

 「よもつ……くに?」

 早人は聞きなれない言葉に頭を傾けた。

 「いやぁ、やっぱり知らないんですか?日本神話は勉強しておきましょうよー。学業も大事ですが、やっぱりご自身の国の神話は覚えていたほうがいいですってー。」

 「……よもつ……あ!黄泉の国か!?」

 「ほうほう。お兄さんは博識ですねぇ」

 「いや、俺も全然神話とか知らないんだけど……ってか死後の世界がある事すら疑ってたし……。」

 「見た事ない物を信じようとしない。人間らしいと言えばそうかもしれませんねぇ。……っと」

 少女は話している途中で急にブレーキを踏んだ。

 「え?どうしたんだよ?」

 「着いたんですよ。お兄さんがこれから生きる世界に。」

 そして、少女は遊園地の入場口にいる案内役の如くこう言った。


 「ようこそ。イザナミ様の支配される有限の世界。黄泉國へ~。」

 

 


 

 

 

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