025
「……銃声にはそれぞれ個性がある。聞けば誰の銃かわかる」モリスはワインを舌で転がすようにつぶやいた。
「なんだって?」
「間違いない。今のはローラのウィンチェスターだ」
その言葉を聞いて、キンスキーは意気揚々とアクセルをさらに踏み込んだ。今朝のカフェでは妙なことに巻き込まれたが、どうやらようやく運が巡って来たらしい。フェニックスで新たに乗り換えたミニ・クーパーSがうなりを上げて、グランドキャニオンの険しい坂道を登っていく。
進行方向の空にひと筋の煙が上がっていた。その付近まで近づくと、ちょうど崖下から男がひとり、よじ登ってくるところだった。よく見れば保安官だ。
保安官のそばで車を停車させる。「大丈夫か?」
「おお、いいところに来た。すまないが、ふもとの保安官事務所まで乗せて行ってくれないか」
「それは別に構わないが」
「ありがたい。助かった」保安官は後部座席に乗り込む。
「気にしなくていい。しかし災難だったみたいだな保安官。いったい何があったんだ? よければ聞かせてくれ」
「情けないハナシさ。暴走するバイクと銃撃戦をしながらカーチェイスしていたら、うっかり下へ落っこちちまってな。おかげで大事なパトカーがオシャカだよ」
モリスは驚きのあまり目を丸くした。「おいおい、それでよく無事に済んだな。不死身か」
「なァに、あの程度でくたばっているようじゃア、アリゾナ州の保安官は務まらんさ。もちろん、あのまま車ごと落ちていたらヤバかったが。間一髪、車から岩壁に飛び移れなかったら」
「おまえさん、ホントはハリウッドのスタントマンか何かだろ」
キンスキーが咳払いして口をはさむ。「ところで、もしかしてアンタが追っていたバイクに乗っていたのは、若い女のふたり組じゃないか。しかもそのひとりは、シスターの恰好をしていたんじゃないだろうな」
「んん? ――ああ、そうだが」
期待どおりだ。モリスはキンスキーとアイコンタクトしておたがいほくそ笑む。黄金郷へと着実に近づいている。
「なんだ、もしかしてあいつらはアンタたちの知り合いか?」
「まァそんなところだ」
「だったら今度会ったときに伝えておいてくれ。今回は見逃しておいてやるが、次また同じことをやったら、今度こそぶち込んでやるから覚悟しておけ――ってな」
「わかった。憶えておく」
ブタ箱へぶち込むのか、それとも弾丸をぶち込むのか、ふたりともあえて確認しようとはしなかった。どちらの意味であろうと関係ない。彼女らを保安官のもとへ連行するまでもなく、自分たちが好きなだけぶち込むだろうから。
この調子ならあと少しで追いつける。目前に控えた勝利を、ワーグナーの『ワルキューレの騎行』が盛り上げる。「……いや、どこから聞こえてるんだ? このBGMは」
キンスキーは露骨に顔をしかめる。「まさか、嘘だろ」
徐々に近づいてくるワーグナー。振り返ると、後方からオートバイの集団が現れた。グランドキャニオンをところせましとツーリング。
「もしかして、てめえの友達か?」
「どっちかというと、俺のファンかな……」
間違いない。アリゾナ砂漠でキンスキーを襲撃した、あのバンパイアハンターたちだ。考えてみれば最後の4人以外、バイクを破壊したり転倒させたりしただけであって、直接トドメを刺したわけではない。とはいえ、よもやこれほど生き残りがいるとは、しかも新たなオートバイを用意して、ここまで追ってくるとは。
「なんだなんだ? 暴走族がぞろぞろと。保安官の目の前で好き勝手しやがって。全員タイーホだ」
保安官はリボルバーを抜いて窓から身を乗り出し、オートバイ集団めがけて容赦なく発砲するが、マシンガンによる猛烈な一斉掃射を受けた。
「クソッタレこのホモ野郎! ひとのケツに思う存分ぶち込みやがって!」
車は穴だらけになったが、まだどうにか走れている。保安官も右肩に被弾したが、文字には起こせないような罵倒語を連呼する程度には大丈夫だ。
モリスに運転を代わらせて、キンスキーが反撃に出た。前回のようにタイヤと燃料タンクを確実に撃ち抜く。狭い峠道なため、転倒したオートバイが次から次へと谷底へ落ちる。その一方で、さっさとコースを外れて脱落してしまうため、周囲を巻き込む率は低いようだった。
相変わらず敵の数は多い。前回の150台よりは少ないだろうが、それでも一向に終わりが見えない。このままだと全滅させる前にまた弾切れになる。3人の弾薬をかき集めても足りるかどうか。
むろん敵が何人いようと、こちらにはドラキュラがいる。その気になれば負けるはずがない。だが手間取っていると、イングリッドたちが遠くへ逃げてしまう。
「いっそのこと、この車を炎上させてみるか。それで道をふさげば追って来れなくなるはずだ。アシは連中のバイクを奪えば何とかなるだろ」
「いや、それで一時的に足止めできても、また追いついてくる可能性は充分ある。それこそ黄金郷までついてこられたら最悪だ」
イングリッドの財宝は黄金だから重くてかさ張る。手に入れたからといって、すべてを一度に持ち出せるわけではないだろう。ゆえに隠し場所がバレてしまったら、カンタンに横取りされかねない。
「だったらどうする? モリス、ほかに何か手があるのか」
「とにかく
そう告げるや、モリスは車の窓から顔を突き出して、葉巻を吐き捨てると、口を大きく開く。深く深く息を吸い込む。
そして、真っ赤な火を吐き出した。
――
圧倒的だった。あっというまに、グランドキャニオンは灼熱の炎に包まれた。世界が夕暮れのごとく朱色に染まる。気温が一気に20℃は上昇した。
やがて火が消えると、そこには何も残っていなかった。オートバイの集団が跡形もなく消えた。灰さえ見当たらない。ただただ荒涼とした谷が広がっているだけ。焼け焦げた臭いが漂うだけ。
「“朝のナパーム弾の臭いは格別だ”」
モリスは懐から新たな葉巻を取り出し、端を噛み切ってから、口から吐いた炎で火を点けた。
すさまじい。あまりにすさまじい。これがドラキュラというものか。もはやバンパイアとは別種の存在だ。
味方のうちはいい。だがいずれ敵になるのは明らかだ。キンスキーは惑わされない。誰よりもドラゴンに近いこの男が、財宝を山分けにするわけがないのだ。黄金郷へたどりついてしまえば、モリスは間違いなくキンスキーを始末する気だろう。
けれども、思い通りにはさせない。キンスキーには秘策があった。
むしろ、なかば確信してさえいる。世のなかでおのれだけが、ドラキュラを退治しうるのだと。
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