023
フェニックスはアリゾナ州最大の都市だ。当然ながら人口も多く、仮にモリスがあとを追ってきたとしても、そうカンタンにはローラたちを見つけられない。木を隠すには森のなかだ。
モリスと付き合ってあれだけの酒量を飲んだ直後に、長時間の運転はさすがにムリだ。ひとまず一晩休んで酔いを醒ましたふたりは、カフェで軽い朝食を摂っていた。のんびりしている余裕があるわけではないが、だからと言って必要以上に焦ってもしかたがない。休息は必要だ。
「それで、これからどうするの? 目的地がどこかは知らないけれど、フェニックスにはスカイハーバー国際空港があるから、たとえ国内だろうと国外だろうと、どこへでも行けるわ」
「さすがに財宝の隠し場所はアメリカ国内だよ。飛行機も使わない」
「なんだ。もうけっこう近くまで来ているのね」
「早とちりしないで。別にそうは言ってないから。ローラって追うばっかりで、追われることに慣れてないんだね。飛行機を使ったことがバレると、こっちの行き先がかなり絞られちゃうでしょ」
「ああ、なるほど。……けれど、本当にモリスは追って来れると思う? この広大な北米大陸で」
「どうだろうね。でもまァ、用心するに越したことはないっしょ」
「…………」
よくよく思い出してみれば、あの男はキンスキーとの戦いのあと、逃げたローラをアッサリ見つけ出していたのだった。そもそも賞金稼ぎを名乗るからには、人捜しには最低限長けているのである。けっして油断すべきではない。
もっとも、ローラとて賞金稼ぎなのは同じだ。ローラは逆の立場になって推理してみた。自分がモリスだったら、どうやって彼女たちを追跡するのか――「とりあえず、車はまた乗り替えたほうがいいわね」
「もちろんそのつもり」
アストンマーチンはもったいないが、背に腹は代えられない。とはいえ、さすがに車種だけで居場所を特定するのは難しいだろう。向かった方角さえバレなければだが。その点、フェニックスへ来たのはあまり賢い選択とは言えない。なにせ大規模な国際空港があるのだから。目的地が遠ければ利用する可能性はかなり大きい。
イングリッドは肩をすくめて、「ホントは隠し場所へまっすぐ向かわないほうがいいんだよね。まったく逆方向へ行ったり遠回りしたりしたほうが、向こうを撹乱できて都合がいいんだけどなァ」
「あいにくだけれど、それは却下させてもらうわ。わたし自身の忍耐がもちそうにないし。それに――」
それに行程が長くなればなるほど、イングリッドに逃げられてしまうリスクが増す。手綱を放さないよう、しっかり握りしめていなければ。
「とにかく、あの男が追って来るなら、見つからないうちにさっさとズラかるとしましょうか」
会計を済ませてふたりは店の外へ。さっそく路上駐車のなかから、新しい車を適当に見繕う。さすがに州都だけあってよりどりみどりだ。
「――これにするわ」
ただし、今度ローラが選んだのはオートバイだった。
モトグッチのエルドラド、サイドカーつき。ちょうどよくヘルメットもふたつ置きっぱなしだ。
「もしかして、験を担ごうってわけ?
「悪い? わたしは験を担ぐのが大好きなの。そもそもこの尼僧服だって、験を担いでいるようなものよ」
「別に悪くはないけどさァ……ただ、バイク運転できるの? 言っておくけど、アタシはできないからね」
「問題ないわ。ところでバイクを嫌がらないってことは、やっぱり目的地はそこまで遠いわけではないのね」
「……さァて、それはご想像におまかせしようかな」
手早く電気配線を弄ってエンジンをかけると、持ち主が戻ってくる前に急いで走り去った。
――数秒後、空いたスペースにシトロエンが駐車する。
「あそこにカフェがあるぜ。ちょうどいい、朝飯食ってかねえか?」
「そんな余裕あるか。さっさとふたりを見つけなきゃならんのに」
「聞き込みのついでだ、ついで。それに、日本のことわざにもこうある――腹が減ってはいくさはできぬ」
「……しかたねえな。ただしとっとと済ますぞ。それと」
「それと?」
「俺はあっちの店がいい」
「手作りのレモンパイが食えるなら、おれはどの店でもかまわんさ」
時間帯のわりに店内は混んでいた。2人がけのテーブル席へ。少し時間がかかって、ローラースケートを履いたウィイトレスが寄ってきた。
「ご注文は?」
「レモンパイはあるかい? 店で手作りのヤツ」
ウェイトレスは外を指さして、「向かいのケーキ屋のがすごく評判いいわよ。買って来れば?」
「おれは客だぞ」
「知ってるわ。だから親切に教えてあげたじゃない」
モリスはそれ以上何も文句を言わず、席を立って店を出た。まっすぐケーキ屋へ入っていく。
キンスキーはひとりメニューを見る。「俺はコーヒーとサンドイッチ。――このフォーチュンクッキーってのは何だ?」
「そんなことも知らないの? クッキーのなかが空洞になってて、今日の運勢が書かれたおみくじが入ってるの」
「そのくらい知ってる。だがフツーは中華料理屋で出すモンだろ」
「オーナーが中国人なの」
「なるほど。ひとつもらおう」
「注文はこれで全部?」
「おれもコーヒー」レモンパイを抱えたモリスが戻ってきた。「それとフォークをもらえるか」
「手で食べれば? ……ジョークよ」
まず先にフォークが届くと、モリスはコーヒーがくるのを待たずにレモンパイを食べ始める。
コーヒーとサンドイッチを待つあいだ、キンスキーはヒマつぶしにほかの客の様子を人間観察する。すると隣のテーブルの若いカップルが、何やら
「いいかいハニー? 銀行なんか狙うヤツはバカだ。通報装置が設置されているし、銃を持った屈強なガードマンもいる。大金は手に入るかもしれないが、そのぶんリスクも大きくなる」
「じゃあ強盗はしないのダーリン? それじゃアいつまで経っても、あたしたちお金持ちになれないじゃない」
「ハニー、ひとの話はちゃんと最後まで聞けって。銀行よりも狙い目の穴場がある。そう、ここだ」
「ここ?」
「カフェには通報装置なんかないし、ガードマンもいない。そのくせ売上金やらつり銭やら、それなりの金額がゴッソリ置いてある。おまけに客からもサイフを巻き上げれば一石二鳥だ。金持ちとまではいかないが、なかなかの稼ぎになるぜ」
「すごいわダーリン! よくそんなこと思いつくわね。あなた天才っ」
「よし、そうと決まれば」カップルは同時に立ち上がってピストルを抜いた。「てめえら動くんじゃねえ!」
ウェイトレスが悲鳴を上げて、お盆を落とす。そこに載っていたコーヒー2杯とサンドイッチ、フォーチュンクッキーが床に落ちてしまった。
「やれやれだぜ」モリスは食事の手を止め、イスから立ち上がった。
「おいコラ! そこの金髪、誰が勝手に立っていいなんて言っ――」
モリスが二挺拳銃をかまえると、カップルはそろって硬直した。
「どうしたボニー&クライド? 顔色が悪いぜ。医者を呼んでやろうか」
「ダーリンっ」
「ひ、卑怯だぞコノヤロー! .44口径なんか持ち出すなんて」
「おいおい、そんなにほめるなよ。さすがに照れるだろうが」
「こンのっ――クソッタレ! 憶えていやがれ!」
「ちょっとダーリン! 待ってよ! あたしを置いてかないで!」
カップルは脇目もふらず逃げ出した。床に落ちていたサンドイッチとフォーチュンクッキーを踏みつけて。
モリスは砕け散ったフォーチュンクッキーに近寄って、なかに入っていた紙片を拾い上げた。
「おみくじを忘れてるぞ。本日、願い事かなわず……」
テーブルに戻って、モリスはふたたびレモンパイを食べ始める。
直後、外からカップルの叫び声が聞こえてきた。「ない! オレらのバイクがないじゃねえか! 盗まれた!」「ウソでしょ! こんなときにィ」
その言葉に、モリスとキンスキーは顔を見合わせる。
「どうやら神様はおれたちに味方しているらしい」
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