022
恐怖と暴力で村人たちを支配したキンスキーは、ある提案をした。
皆殺しにされたくなかったら、毎週ひとり若い娘を差し出せ。
それが嫌なら代わりに金を払え。
こちらの要求した額だけ払い続けているかぎり、けっして村人たちに危害を及ぼさない。娘をおとなしく差し出しているかぎり、ほかの村人たちの無事は絶対に保証する。神に誓って。
村人たちは必死になって金を採掘し、毎週決められた量の上納金を盗賊団へ納めた。多めに採掘できたぶんは村人の自由にしてかまわないが、万が一、金の採掘量がラインに届かなかったら、そのたび涙を呑んで娘を差し出さなければならない。
叛逆者が出れば即座に始末するつもりでいたのだが、キンスキー自身も意外なことに、たとえ娘が最後のひとりになっても、そんな者はいっさい現れなかった。娘の父親も、兄弟も、恋人も、無抵抗の羊に過ぎなかったのだ。根こそぎ毛を刈り取られ、丸裸で貧相な羊。
結局、羊たちの沈黙が破られたのは、娘も金脈も尽きてようやくのことだった。村人たちがなけなしの金で雇った七人の用心棒によって、キンスキーたちはその村から追い出された。
キンスキーは今でも不思議でならない。最終的には叛逆するしかなかったのなら、なぜもっと早く行動を起こさなかったのだろうか。そうすれば娘たちは犠牲にならず済んだというのに。いずれああなるしかないことは、最初からわかりきっていたはずだが。
「人間ってのは不条理な生き物なのさ。たとえどうするのが合理的か理解していても、臆病風が邪魔をする。だから酒を飲むんだ。罪悪感ってやつを消毒するために」
無事釈放されて、返却された私物を確認するモリス。といっても数は多くない。ホルスターとピストル2挺、葉巻、棺桶――そしてその中身。
「なんだってそんなモノを棺桶に入れているんだ」キンスキーは心底あきれ返った様子で言う。
「なァに、そう遠くないうちに役立つさ」
モリスは葉巻の端を噛み切り、ライターも使わずに火を点ける。なにげない所作だったので見逃しそうになったが、キンスキーは驚いた。「ドラキュラってのはそんなこともできるのか」
「まァな。――で、どうやってふたりを捜すつもりだ? 一応アテはあるんだろ」
「なんでそう思う?」
「カンタンだ。おれがイングリッドたちの行き先について知らないと言ったとき、おまえさんはアッサリ信じて行っちまいそうになった。ほかに手がかりがない状況なら、もう少し粘って尋問するはずだ。だがそうしなかったのは、つまり自力で見つけ出す算段があるからだろ」
その指摘にキンスキーは反論する余地がなかった。ならば口にすべきことは決まっている。とぼけたところでしかたがない。
「……情報によれば、イングリッドが頻繁に目撃されている街がいくつかあってな。ここから近いのは5ヶ所、ヤツらの向かった方角さえわかれば、絞り込むのはそう難しい話じゃない。あと、目立たないようピンクキャデラックの代わりにほかのアシを確保しただろうから、車種も特定しておきたい」
「だったら、運がよければ盗難車の被害届が出てるかもしれないぜ。ちょうどここは警察署だ」
キンスキーは釈放されたばかりのモリスを少し離れたところに待機させて、受付へ向かった。カウンターに眼鏡の冴えない婦警が座っている。いかにもお人よしそう。
「FBIだ」キンスキーは懐から偽造IDを取り出して、これ見よがしに掲げる。「凶悪な殺人犯が車を盗んで逃走したおそれがある。大至急、昨夜の盗難届を見せてくれ。いいか、大至急だ」
「エッ? いや、あの、それは私の一存では、ちょっと……」
「グズグズするんじゃない。こうしているあいだにも、人質の命が危険にさらされているんだぞ」
「ひ、人質っ、ですか」
「万が一彼女の身に何かあったら、キミは責任が取れるのか?」
「うひぃ!? わ、わかりましたァ。少々お待ちくださいっ」
数十秒後、事務員は盗難届のコピーを持ってきた。
「ご苦労だった。ツーソン市警の協力に感謝する」キンスキーはコピーをかっさらうように受け取り、正体がバレる前にさっさと退散した。
「なァ、FBIの身分証なんてどこで手に入れたんだ」
「コストコに売ってた」
歩きながら資料を確認する。昨夜のうちに盗難に遭った車両は三台あった。車種はデロリアン、シトロエンDS、アストンマーチンDBS V12。
「シトロエンは除外していい」キンスキーは断言した。
「何か根拠でもあるのか」
モリスがいぶかしげに問うと、キンスキーは目の前に路上駐車してあるシトロエンを指さす。「犯人は俺だ」
「なァるほど。となると、デロリアンとアストンマーチンのどっちかが正解か。どっちだと思う?」
話しながらモリスはシトロエンのルーフに、棺桶をロープでしっかり固定する。「オープンカーのほうがラクだったな……」
「普通に考えればアストンマーチンだ。デロリアンなんて生産台数の少ない車は目立ってしょうがない。これから逃げようってときに選ぶとは思えん。だいたいデロリアンは性能的にもイマイチだ。対してアストンマーチンはV型12気筒エンジンで、馬力が比べ物にならない」
「とはいえ、ふたりともかなり酔っていたみたいだからな。そこまで正常な判断力があったとはかぎらないぜ。おれから逃げようとあわてていたことも考えると、目の前にあった車を深く考えずに奪ったとしても、不思議じゃアないさ。むしろ大喜びでデロリアンに乗ったかも。なんせ時間の果てまで逃げ切れそうな車だ」
「ようするに、どっちとも言えないってわけかい。こうなったら、いっそこいつで決めるか」キンスキーは財布から1ドル銀貨を取り出す。「表ならデロリアン、裏ならアストンマーチンだ」
コインを指で弾いて上に飛ばす。クルクルと回転しながら宙を舞って――横合いから銃弾で撃ち抜かれた。
「そこの偽FBI! 動くな!」
どうやら予想していたよりも早く嘘がバレてしまったらしい。しかも最悪なことに、この街の警官はいわゆるダーティ・ハリー症候群らしかった。警告より先に発砲するとは、とことんイカれてやがる。
「早く乗れ! とっととズラかるぞ!」キンスキーは運転席に飛び乗ってエンジンをかけた。モリスも二挺拳銃で適当に威嚇射撃をしつつ助手席に滑り込む。
走り出すと、すぐにパトカーが追いかけて来た。モリスは窓からうしろ向きに発砲するが、なかなか当たらない。
キンスキーが忌々しげに舌打ちする。「ええい、ヘタクソめ。もういい、ハンドル持ってろ。俺がやる」
「おれはフツカヨイなんだが」
「飲酒運転で捕まりたくなけりゃア、死にもの狂いで逃げ切れ」
「やれやれだぜ」
モリスが運転席のほうへ身を乗り出してハンドルをつかむと、キンスキーはホルスターからピストルを抜いた。それを見たモリスは顔をしかめる。
「なァおい、このまえ決闘したときから気になってたんだが……そのデカいヤツって、レバーを切り替えるとフルオートになるアレか?」
「どうやら1932年型モーゼルがお嫌いなようだな」
「本音を言わせてもらうが、冗談じゃないぜ。戦争でもおっ始める気かよ。ましてやすぐ真横でそんなやかましいモンをぶっ放されてたまるか」
「安心しろ。俺はムダ弾は使わない主義だ」
「だといいがね」
キンスキーは狙いを定めて発砲。弾丸はフロントガラスに阻まれた。「防弾ガラスか。こしゃくな」
「あのなァ……いきなり運転手を狙うやつがあるか。警官って連中は仲間を殺されたらしつこいってのに」
「うるさい。てめえはだまって前見て運転しろ」
今度は前輪のタイヤを狙って撃った。見事に命中、パトカーはスリップして横転。さらにもう1台がそこへ突っ込んで空中一回転した。
「今のうちに逃げるぞ」
キンスキーがふたたびハンドルをにぎって、アクセルを思い切り踏み込む。あっというまに街並みが遠ざかっていく。
「このシトロエンも完全に目をつけられちまったな。早いうちに乗り換えたほうがよさそうだ」
「軽く言ってくれるぜ。俺が砂漠のド真ん中でこいつと出会ったときのエピソードを聞かせてやろうか?」
「興味ないね。それより、勢いのまま飛び出して来ちまったが、これからどこへ向かうんだ?」
「北北西に進路を取れ――ってな」
東はもと来たアリゾナ砂漠、南は国境を越えてメキシコ、西はサンディエゴで太平洋へ出てしまう。そしてモリスの言うような、財宝の隠し場所の条件に合致する洞窟のありそうな山が多いのも、やはり北だ。
「とりあえずフェニックスまで行ってみようぜ。あそこにはデカい空港もあることだし、もし目的地が遠けりゃア飛行機もありうるしな」
フェニックス――不死鳥の名を持つ街。
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