005

「棺桶ってのは死体を運ぶためにあると思うんだが」

「なにをバカなこと言ってやがる。臭いがついたらどうするんだ」

「……あいよ、今回の分だ」

 賞金首のバンパイアと引き換えに受け取った札束を、モリスは鼻唄まじりに数えると懐にしまった。「まいどあり」

 バンパイアというのは実際のところ、そう難しい獲物ではない。不死身と怪力はそれなりに厄介だが、しょせん銃で心臓か頭を吹っ飛ばせば片づく。普通の人間相手のときでも、確実に仕留めたければそうするものだ。別段特殊なことではない。

 それゆえバンパイアハンターにパンバイアが多いのは、仕事の危険度が高いせいではない。ニーチェが言う“怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない”なんてご大層なハナシでもない。バンパイアハンターという職業が、表社会に生きられぬ不老不死の身で合法的な稼ぎを得られる、数少ない手段のひとつというだけのことだ。

「にしても……今回はまたずいぶん稼いだなダンナ。でも気をつけたほうがいい。金は稼ぐよりも、使うほうが難しいんだ」

「そりゃアごもっともだが、おれの場合使うほうに興味はないんでね」

「なんだって? 使わないでどうする。せっかく命懸けで手に入れた大金だろ」

「そうとも。命懸けで稼いだ金だから、大事に大事に貯蓄しておくのさ。老後に備えて」

「バンパイアに老後がやって来るころには、とっくにその札束はただの紙切れになってるだろうよ」

「それまでには実物資産と換えておくさ。金塊とかな」

「そういうことなら、とりあえずオススメの銀行を紹介してやろうか?」

「そこは強盗しやすいかい? ――ジョークだよ。今はそれよりも、新しい賞金首の情報が欲しい」

「まったく、日本人並みに仕事熱心だねえ。アンタは一度、『モモ』を読んでみたほうがいい。ミヒャエル・エンデの」

「ご心配には及ばねえ。読んでないヤツはもぐりだろ。おまえさんにはおれがそう見えるか? こうして葉巻を吸っているのに」

「“時間どろぼう”を気取るなら、何よりまず服装を灰一色にすべきだ」

「そこまでする必要はないさ。どうせおれたちの人生は灰色で、死ねば灰になるまで燃やされて土に還る」

「……手配書ならそこに貼ってあるだろ。勝手に見てけ」

 壁一面に並ぶ顔、顔、顔。どいつもこいつもブサイク面をこれみよがしに。だがモリスを始めとしてバンパイアハンターが気にするのは、当然その下に記された賞金額のほうに決まっている。ついで条件が生死を問わずデッドオアアライブかどうかは重要だ。生け捕りなんて面倒はごめんこうむる。死体のほうがおとなしくていい。

 しかしその男に関しては、まずその人相に引きつけられた。

 美男と言えばそうかもしれない。醜男と言えばそうかもしれない。何とも形容しがたい異相だった。だがあえて例えるならば、ヘタクソなギリシャ彫刻といったところ。全体的にバランスが悪いものの、一方で造り物めいた美しさを備えている。さしずめフランケンシュタインの怪物と紙一重。

 そしてようやく賞金額へと視線を移す。「――ほほう、10万ドルだって? こいつはすげえや」

「さすがお目が高いねえダンナ。――クラウス・キンスキー、通称〈ドブネズミ〉。罪状は殺人、傷害、放火、死体遺棄、強盗、強姦、結婚詐欺、何でもござれ」

「へえ。いくら件数が多いにしたって、こりゃアさすがに破格じゃねえのか? 普通この額の賞金首って言ったら、ちょっとしたギャングのボスとか、テロリストとか。いくらバンパイアとはいえ、一介の犯罪者につける値段じゃアない」

「おいおい、バカにしちゃアいかんよ。確かにケチな小悪党かもしれないが、市民にとってみれば、むしろ危険なのはこいつみたいなクソッタレだ。放置しておけば、これからもずっと罪を重ね続けるだろう。それにやたら逃げ足も速いし、射撃の腕もピカイチだ。かつて早撃ち勝負でコイツに勝ったヤツは、ひとりもいない。ひとりもな」

「そりゃアそうだろ。誰かに負けてたらとっくに死んでる。――まァどっちでもいいさ。久々に歯ごたえのありそうな獲物だ。腕が鳴る」

 そううそぶいて、モリスは壁からキンスキーの手配書を剥がした。

「親切心で一応教えとくが、最近そいつのことを訊いたヤツはほかにもいる。下手すると鉢合わせるかもな」

「どこのどいつだ?」

「凄腕のバンパイアハンターさ。シスター・ローラ――人呼んで〈アラワシ〉」

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