004

 フランク・モリスは大きな棺桶を引きずっていた。周囲の人々は無遠慮に奇異の視線を向けるか、忌避して視線を逸らす。ふさやかな金髪で身の丈6フィートを優に超える色男となれば、よけいに目立つ。たとえ彼が厳粛な喪服に身を包んでいたとしても、あるいは牧師であったとしても、それは明らかに異様な光景だった。

 しかしそんな人々のうっとうしい視線も、やがてひとつ残らず消えた。ひとけのない裏路地へ入ったからだ。空気のよどんだ暗がり。カタギが足を踏み入れるべきでない裏社会への通り道――。彼の目的地はその先にある。違法なギャンブルを行う裏賭場が。

 入口の前に立つ用心棒が、警戒心剥き出しでこちらを見つめる。モリスは気にせず店内へ入ろうとするが、目の前に立ち塞がられて通せんぼされた。

「おいチョット待ておまえ。その棺桶はなんだ?」

「おれのベッドさ。おれはベッドが変わると眠れないタチなんだ」

「ジョークならもう少しマシなのを考えろ」

「エイハブ船長がベッドは棺桶だと言ったが、逆もまたしかりだ。世のなかに棺桶以上のベッドはないぜ。なにせ最後の審判まで死人がゆっくり眠るためのものだからな」

 用心棒は引きつった笑みを浮かべる。「ああ、そうかい……。けど、だったらなおさらそいつをなかに持ち込む必要もねえだろ。寝たいんだったらよそへ行け。何ならオススメの墓地を紹介してやってもいい。いや、ホテルか」

 世のなかにはギターケースに大量の銃器を隠したり、ギターケースに偽装したマシンガンやロケットランチャーを持ち歩いたりする連中もいる。用心棒が警戒するのもムリからぬことだ。

「……しょうがねえなァ。ちゃんと見張っといてくれ」

 モリスは玄関脇に、通行の邪魔にならないよう棺桶を置くと、賭場のなかへと足を踏み入れようとする。けれども、ふたたび用心棒に呼び止められた。

「いいかげんにしてくれよ。まだ何かあるのか?」

「いいや」用心棒は懐からアメリカンスピリットを取り出して、1本くわえる。「よかったらちょいとライター貸してくれないか。オイルが切れちまって」

 モリスは葉巻シガリロの煙を吐き出して、「悪いが持ってない」

「はぁ? もしかして今どきマッチか」

「マッチもない」

「おいおい、それじゃあ自分のはどうやって火を――」

「ほら、これでいいだろ」葉巻から直接火を分けてやると、今度こそモリスは賭場のなかへ入った。

 賭場では普通、カード遊びやルーレットなど様々な遊びを楽しむものだが、ここで行われているギャンブルは、たったの1種類だ。どちらかといえば競馬や闘鶏の類。自分が勝負するのではなく、勝負に対して観客が賭けるゲーム。

 コロシアムの中心には、1卓のテーブルが置かれている。それを挟んで向かい合う、頭に赤いバンダナを巻いた闘士がふたり。あいだに立つのはレフェリー。

 レフェリーが観客へ示しながらリボルバーピストルに弾丸を1発篭め、テーブルの上に置いてコマのように回す。回転が止まったとき、銃口が向いていたほうの男がピストルを手に取ると、自分の頭に突きつけて引き金を引く――不発。向かいの男にピストルを手渡した。渡されたほうも同様に繰り返す。

 ロシアンルーレット――この世で最も単純かつスリリングなギャンブル。現代のグラディエーター。敗者には確実な死が待っている。大っぴらに行えないのも当然だ。

 そうして最後の1回分、つまり確実に弾丸が発射される段になったとき――熱狂する観客をかき分け、モリスはコロシアムへと割り込んだ。悠然と中央のテーブルに歩み寄る。

「なんだてめえ、ジャマするんじゃねえよ。死にてえのか」

「ミリタリー&ポリスか。そんな豆鉄砲じゃア物足りねえと思わねえかい? それよりこいつを使うといい」

 モリスはホルスターから、自分のリボルバーを取り出して見せた。銃把にガラガラヘビの象嵌インレイが施されている。

「どうだい。こいつは.44マグナムって言ってな、おまえさんのドタマなんか一発でキレイさっぱり吹っ飛ばしてくれるぜ。運が良ければだが」

 レフェリーが口をはさむ。「悪いが結構だ。下手にそんな大口径使ったら、貫通した流れ弾が観客に当たりかねん」

「しかし、小口径すぎるのも考え物だろ。ロシアンルーレットで負けたヤツが死なないんじゃア、あんまりスリルに欠けるってもんだぜ不死身ダイハード

 そう告げるやいなや、モリスは闘士の片割れを撃った。さらにあっけにとられた対戦相手とレフェリーも撃ち殺す。一撃で確実に仕留められるよう心臓を狙って。別に頭を吹っ飛ばしてもバンパイアは殺せるのだが、人相がわからなくなると賞金首か確認できなくなってしまい、せっかく手に入るはずの報酬がパアになりかねない。

 パニックに陥った観客たちが、われ先にと出入口へ殺到する。それとは逆に賭場のなかへ駆けつける用心棒をモリスは3人撃ち殺して、最後の1人も蹴倒し銃口を突きつける。先ほど煙草に火を貸してやった男だ。

「クソッタレ! てめえ、バンパイアハンターだったのか」

「おれが鹿猟師ディアハンターに見えるか? 眼鏡かけたほうがいいぜ」

「うるさい、よけいなお世話だ。オレはコンタクト派なんだよ」

 用心棒のすぐ脇には、ロシアンルーレットのリボルバーが手の届くところに落ちている。最後の手番で中断された賭け。引き金を引けば、1発だけ確実に弾が出ることは間違いない。

 モリスは愉しげに笑う。「おっと、考えはわかってるぜ。まだおれの銃に弾が残っているのか。やたら夢中で撃ちまくったから、正直自分自身でもわからん。何なら賭けてみるか?」

「……残念だったな。そんなの考えるまでもないぜ。オレはてめえが何発撃ったか、てめえの代わりにちゃアんと数えていたんだよ。そしてそいつはスミス&ウェッソン、6連発だ」用心棒の手がミリタリー&ポリスの銃把をつかみ取る。

「そりゃアご親切にどうも」モリスはホルスターからもう1挺、今度はオートマチックピストルを抜いた。「こいつは.44オートマグ、7連発だ」

「この野郎ォ――」

「西部劇のガンマン風に言うと……『ぬきな! どっちが素早いか試してみようぜ』というやつだぜ……」

 用心棒がリボルバーをかまえて引き金を引こうとするが、間に合わない。モリスはもったいぶらず7発全弾ぶち込んでやった。

「さて、と」モリスは自分の作り上げた死体の人相を、手配書とひとつひとつ照らし合わせて数えはじめた。「1000ドル、2000ドル、3500ドル――」

 ゾウもネズミも寿命は違うが、実のところ体感時間は変わらない。主観的には一生の長さは同じなのだ。ゆえにゾウとっての1秒は一瞬の出来事、ネズミにとっては永遠にも等しいと言える。これがバンパイアの場合にはどうなるか。半永久的な寿命を持っているものの、油断していると時間は一瞬で過ぎ去ってしまうことになる。時計の針を眺め続けてでもいなければ、せっかくの時間を満喫することはできない。

 けれども、時間を数えたところであまりに不毛だ。何の価値もない。だったら同じ数字でも、金を数えているほうがいい。ずっといい。金を数えていれば、時間が確かに積み重ねられているのだと実感できる。まさしく時は金なり。

 ――いや、この飢餓に似た狂おしいまでの欲望は、あるいはドラゴンの呪いなのかもしれなかった。金を稼がずにはいられない黄金狂エル・ドラコ

「8000、9000、10500――10500?」

 おかしい。事前に得た情報によれば、この場にいるはずの賞金首を足すと、懸賞金の合計額が13000ドルになる予定だったのだが、あと2500ドル足りない。情報が間違っていたのだろうか。それとも逃げたか?

 ――モリスの背後で、テーブルの陰に隠れている賞金首がいた。ピストルでモリスの背中を撃とうとしている。モリスは計算が合わないことに首をかしげていて、まだ気づいていない。

 賞金首は勝ち誇った笑みを浮かべて、引き金を引いた――。

 モリスはすぐそばにあった用心棒の死体から蕃刀マチェテを奪い取り、振り向きざまに背後の敵へ投擲する。見事に心臓を串刺しに。

「――13000。これでピッタリだ」

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