003

「世のなかには2種類の人間がいる。首にロープをかけられるヤツと、そいつを切るヤツだ」

 天井の梁に結ばれたロープに、男が自分の首をかけている。載っているイスは小さく、今にも倒れそうだ。そうなれば男は死ぬ。男が勝手に抜け出せないよう、キンスキーはピストルで脅している。

「正直に吐けば、このロープを切ってやる。てめえだな? てめえがおれの居場所をバンパイアハンターどもに売ったんだな?」

 男はキンスキーの古い仲間だ。数年前に銀行強盗で大金を稼いだ。そもそもこの街に来たのも彼に再会するため。

 そう、キンスキーがこの街にいるのを、彼だけが確実に知っていた。

「何かの間違いだ。仲間を売るなんて、俺はそんなこと――」

 キンスキーがイスに足をかけて揺らす。まだ首が絞まっていないにもかかわらず、絞首台の男はすでに失禁している。

「もう一度言うぞ。正直に吐けば、このロープを切ってやる。だが、嘘をつくなら――」

「わ、わかった! 言うよ! ……情報を売ったのは俺だ。すまない」

 キンスキーはピストルでロープを撃った。自由になった男はバランスを崩してイスから落ちる。

 尻を痛めながらも、安堵の笑みをこぼす男に、キンスキーは告げる。「ところで、俺は裏切り者を絶対に許さない。そんなことはご存じのはずだぜ。なァ兄弟?」

「ヒィイッ――」男は腰を抜かして、立ち上がれないままあとずさる。

 約束したのはロープを切ることだけだ。命まで助けると言った憶えはない。

「悲しいなァ。実に悲しい……。友達に裏切られるのがどれほど悲しいことか、てめえにわかるか? わからねえだろう。わかるはずがない。なんせ裏切られたのは俺であって、てめえじゃないんだからな。……友達をバンパイアハンターに売って、いったいいくらもらったんだ? 銀貨30枚か? はした金で何を買う? パンを買うのか? 買うならせめてダイナマイトにしてくれよ。それで金庫の扉を吹っ飛ばせ」

「た、頼む。命だけはっ」男は必死で懇願する。「今度ガキが産まれるんだよ。だから金が、金が必要なんだ」

「そうかいそうかい。嫁とガキのためだとぬかすか。そりゃアそうだよな。友達より家族のほうが優先に決まってる。けど、だからって友情をないがしろにするのはいただけねえなパパ。俺は嫉妬に狂ったあまり、ママの愉快に膨らんだボテ腹をかっさばいて、なかのガキを引きずり出したくなる」

「うぐっ――なァ、お願いだ。助けてくれ。見逃してくれ。頼む、このとおり。俺に出来ることならなんでもするから。もう二度とおまえを裏切ったりしないから。俺たち、友達だろ?」

「そうとも。友達だ。俺だって本当は嫌なんだぜ。友達を殺すなんて、ましてや一方的に処刑するなんて、そんな残酷なことにはとても耐えられねえ」

「だ、だったら――」

「ああ、だからてめえにもチャンスをくれてやる」

 キンスキーは、奪っていたピストルを男に返した。途端、男の顔が今まで以上に蒼褪めていく。

 そして取り出したるは懐中時計。フタを開くと機構が作動し、流麗なオルゴールの音色が流れ出す。

「ルールは憶えているよなァ? 曲が終わったら撃て」

 それなりに長く付き合いのある者ならば、みな知っている。キンスキーが決闘を挑むのは、フェアな条件で殺し合いをするためでも、伊達や酔狂からでもない。確実に相手を仕留めておきたいとき、彼は好んでこの手段を使うのだ。

 事実、彼が早撃ちで負けたことは一度もない。鉛を心臓に撃ちこまれて死ぬのは、いつも必ず相手のほう。

 徐々に遅くなる恐怖のメロディ――。男の額から汗がこぼれる。対してキンスキーは涼しげな顔。いつもと同じく、お気に入りの葉巻をふかしている。

 もはや勝負は決まっていた。ただ死を待つだけの時間。人生を凝縮したような濃密な瞬間。

 オルゴールの旋律は、無慈悲に遅くなっていく。徐々に、徐々に。足音を殺して、背後へゆっくり忍び寄るように、殺しが静かにやってくる。

 そしてついに訪れる、大いなる静寂グレートサイレンス……。

 静けさは、ほんの一瞬に過ぎなかった。しかしそのわずか一瞬に、男は最大限の恐怖マックス・シュレックを味わい尽くす。

 1発の銃声が虚空に響き渡った。

 キンスキーの手にピストルがにぎられている。銃口から煙が上がっている。

 裏切り者は指一本動かすこともできず、胸から血を流して倒れた。もうその心臓の鼓動も聞こえない。静寂だ。静寂が彼を包み込んでいく。

あばよ友達アディオス アミーゴ。最期は勇敢だったと、てめえの女には伝えておくさ。そのあとぞんぶんに犯して殺すけどな」

 キンスキーは大口を開けて、高笑いを上げた。

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