東京10年、20分。

@takanabe

第1話

 気がついたのは地下鉄が行ってしまった後のことだった。徹夜続きでぼんやりしていたら、一番大事なデザイン案を網棚に忘れてしまった。プレゼンまであと20分。嫌な汗がどっと出た。ああ、くそ。だから地下鉄は嫌いなんだ。


 窓の外ののっぺりとした暗闇。壁に跳ね返る途切れない騒音。地下鉄に乗るときの僕は、いつも何かに急かされイライラしている気がした。芸大受験で上京して以来、卒業、デザイン会社入社と、この東京メトロに乗りまくった。そうか、10年になるか。


 駅員を見つけ、声をかける。事情を察した駅員は僕が降りた車両の位置を確認すると、すぐに2つ先の駅に連絡を取り、荷物を預かる算段をつけてくれた。


「無事お荷物は保護できました。◯◯駅にはここと同じような係員室がございますので、そこで受け取って下さい」


 その手際の良さに僕は心底ホッとして頭を下げた。次に来た車両に乗り、すぐに降りられるようにドア付近に立つ。プレゼンにはまだ間に合う。一度目を閉じて息を整える。


 ガタタン…ガタタン…


 いつもは騒がしいだけのノイズが、上がった心拍数や、テンパった頭の温度を徐々に下げていく気がした。苦いようなあの匂いも、浮ついた自分をなだめているようだ。


「助かりました。もし終点まで行ってしまっていたら間に合いませんでした」

「こちらこそ、すぐに回収できて良かったです。どうか、お気をつけて」


 階段を登った先は夕暮れ時の芝公園。小さな丘の向こうにライトアップされた東京タワーが望んでいた。紫に沈む夕闇に、どっしりと、それでいて突き刺さるようなオレンジ色。その堂々とした姿に僕は笑顔で励まされている気がした。駆け出すつもりだった僕はそこで立ち止まり、草いきれのする初夏の獰猛な外気を胸いっぱいに吸い込んだ。


 大丈夫、落ち着いていこう。

 

 東京10年、もう新人じゃないんだ。



(終)

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